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天使、鏡の中に入る。

 異世界なんて、ある訳ないでしょ。



   ◇◇◇



 残暑厳しい、どころか一向に秋の気配を感じさせない9月下旬。

 白鳥天音は、ギラギラと照り付けてくる太陽に恨めし気な目を向けた。


 あーあ、絶対日焼けしちゃう。


 この夏、面倒臭い思いをしながらも日焼け止めを塗り込み死守した白い肌を見る。もちろん、今日もしっかりと日焼け対策はしているのだが、キツイ日差しを遮るもの一つない屋外に長時間いるのは辛い。

 重たいランドセルを背負い直しながら、どこかで日焼け止めを塗り直すべきかと、天音は辺りを見渡した。


「はくちょー!はくちょー!!」

「……うわ」


 不本意なあだ名を大声で連呼され、思わず眉間に皺が寄ってしまう。正直、聞こえなかったフリをしてしまいたいが、声の主が諦めないことも予想できたため、渋々振り返った。


「おい、呼んでんだから返事しろよっ!」

「私、“はくちょう”なんて名前じゃないんだけど」

「お前の苗字、“白鳥(はくちょう)”じゃん」

「し、ら、と、り、って読むのよ。こんな漢字も読めないなんて……。アンタ、本当に小五?」

「…っ、よ、読めるし!バカにすんなっ!!」

「あっそ。じゃあ、もう私のこと“はくちょう”って呼ばないでね」


 クラスメイトの高木翔真(たかぎしょうま)は顔を真っ赤にしながら、天音を睨みつけてくる。やり込められたことが悔しいのだろう。尤も、天音と翔真のあだ名についてのやり取りはすでに三度目であることを考えると、彼女のあだ名が変更される見込みは薄かった。


「で、何の用なの?」

「……お前が勝手にいなくなるから、探しに来てやったんだろ」

「ほっといてくれて良かったのに」


 翔真の言葉にうっかり心の声が漏れてしまう。

 彼には悪いが、天音としては自分のことなどむしろ忘れていて欲しかった。忘れてくれていたら、日焼けの心配なんてせずに、さっさと家に帰れたのに。


「次は“ミラーハウス”を調べるんだから、早く来いよ」

「…っ、ちょ、ちょっと!?」


 ぐいぐい腕を引っ張りながら、ミラーハウスがある方向へと走って行こうとする翔真に制止の声を掛ける。 


「ミラーハウスって、昨日完成したばかりじゃない!」

「それがどうしたんだよ?」

「…はぁ。“ちゅんちゅん”がいなくなったのは2週間前なのよ。その頃にはミラーハウスなんてなかったでしょ」

「…………あ」

「バカじゃないの」


 マヌケな顔で固まった翔真に、呆れた目を向けながら天音は辛辣に言い放った。



   ◇◇◇



 “ちゅんちゅん”とは、彼らの通う小学校の音楽教師のあだ名である。ちなみに、天音が日焼けを恐れつつもこの趣味の悪い遊園地に来させられる原因となった人物のあだ名でもあった。 




「なあ、ちゅんちゅん失踪事件の謎を俺達で解明しようぜ!」


 そんな翔真の言葉に、天音は掃除の手を止める。

 6時間目がようやく終わり、後は掃除とHRが終われば帰れるというどことなく浮足立った時間。担当場所である多目的室の床は、天音達の成果か、埃一つ落ちていない。


「しっそー事件って?」


 使っていたちりとりを片付けながら、立花美希(たちばなみき)が首を傾げた。たぶん、彼女は“失踪”の意味が分からなかったのだろう。頭の上に疑問符が浮かんでいる。


「ちゅんちゅんって、男と“かけおち”したんじゃねーの?」


 美希の疑問を無視するように話に割って入ったのは真野絢人(まのけんと)だ。


「ケン、お前知らねえのかよ。ちゅんちゅんは神隠しにあったんだぜ」

「マジかよ。……知らなかった」

「えっ、僕は自分探しの旅に出たって聞いたけど?」

「ちげーよ!失踪事件だって言ってんだろ!!」


 なかなか進まない話に焦れたのか、翔真は大きな声を上げる。そんな、クラスのリーダー的存在である翔真の言葉に他のメンバーはピタリと口を閉じた。

 

「いいか、これは失踪事件なんだ。俺達は“少年探偵団”としてこの事件を解決するぞ!」


 翔真の雰囲気に流されたのか、“おーっ!!”と返事をする班のメンバー達。ひょっとしたら、昨日の夜放送していたアニメに影響されているのかもしれない。やはり“名探偵〇ナン”には小学生なら憧れてしまうのだろう。


「じゃあ、アノ遊園地を調査するから、HRが終わったら全員集合な!」

「おーっ!!」

「りょーかい!」


 いつの間にか決まっていた計画に、皆ノリノリの様子だ。


「ねぇ、天音ちゃんも行くでしょ?」

「私は……」


 一人黙々と掃除道具を片付けていた天音に美希が問い掛けてきた。その瞳は期待に輝いている。天音が断るとは微塵も思っていないようだ。

 美希に見つめられながら、どう断ろうかと言葉を濁した天音に、翔真が強い口調で話し掛けてくる。


「はくちょーも来いよ。全員参加だからな」

「なんでよ。私は“少年探偵団”に入った覚えないんだけど」

「この班の一員だろ。強制的に入団してんだよ」

「強制してるのはアンタでしょ」

「ウルセーな!来ないとパシリにすんぞ!!」


 翔真は“絶対来いよ!”と念を押して、男子達と教室へと走って行った。


「ね、ショーマくんは天音ちゃんに良いとこ見せたいんだよ。行ってあげよーよ」

「そうそう。面白そうだし、行こ?」

「天音、今日は塾ないんでしょー」


 同じ班の女子に囲まれながら、天音は内心溜め息を吐いていた。

 翔真の“パシリにするぞ”発言など心底どうでも良いが、女子からの“来い”という言外の命令に逆らうと後々の学校生活に悪影響が出る。


 ううっ、塾もないから早く帰りたかったのに!


 こうして、天音は音楽教師(ちゅんちゅん)の失踪事件現場である悪趣味な遊園地に行くことになったのだった。



  ◇◇◇



 結局、翔真の“工事中のミラーハウスに入って事件に巻き込まれたかもしれない”という主張に従い、天音はミラーハウスへと行くことになった。

 無駄に広い園内を歩きながら、何となく周囲を観察する。


 ……ホントに、趣味悪い。 


 製作者のセンスを疑ってしまう、ショッキングピンクのアヤシイ観覧車。

 なぜか馬ではなくロバを使用している上、馬車がトマトなメリーゴーランド。

 上がりも下がりもしないというか、むしろ、地面と平行に走っている気がするジェットコースター。

 そして、今から行く“全方向が鏡張り!歪んだ館がアナタを内なる世界へと誘う”というコンセプトらしいミラーハウス。

 

「…………酷過ぎる」


 それしか感想が浮かばなかった。 

 こんなところに七百円も入場料を払ってしまったことが悔やまれる。


「おっ、あそこだ!!」


 そんな天音の後悔も知らず、翔真が楽しそうに前方に見える建物を指差した。……一応、彼の名誉のために言っておくが、別にこの遊園地を楽しんでいる訳ではない。誰だって、好きな子――しかも片思い――と一緒に遊園地に来られれば嬉しいものだ。それが、どれ程アレな遊園地であっても、翔真にとっては素敵なデートスポットに感じられるのだろう。


「あいつら、先に入ってるみたいだな」

「そうみたいね」


 翔真の言葉通り、ミラーハウスの入り口には誰もいなかった。どうやら、他のメンバーは一足先に“内なる世界”へと足を踏み出してしまったらしい。無事に脱出できることを切に願う。


「一人ずつ入るみたいだな」


 入り口の注意書きには“ミラーハウス内は全方向鏡張りとなっています。安全のため一人ずつお入りください”とある。……“安全のため”とは一体どういう意味なのか。

 しかも、注意書きのみで受け付けらしきものもなかった。


「……怪しいというか、不気味というか」

「何だよ、はくちょー。怖いのかよ」

「別に、怖くはないけど」

「怖いなら、お、俺が一緒に入ってやっても良いぜ!」

「だから、怖くないってば」


 顔を赤らめながら手を差し出してくる翔真を無視して、天音はミラーハウスのドアを開けた。


「ちゃんと、時間を空けてから入って来なさいよ」




 ミラーハウスの中はかなり静かだった。

 防音でもしているのか、自分の足音だけが響いている。


「これじゃあ、ミラーハウスじゃなくてホラーハウスじゃない」


 そんな呟きさえ、鏡の中に吸い込まれて行くようで何となく不気味だ。

 全方向鏡張りなのに、一体どこに照明を置いているのか、不思議なほど明るい鏡の通路を歩いて行く。鏡に囲まれている所為か圧迫感はないが、微妙に空間が把握し難い。どこを歩いているのか分からなくなりそうだ。


 鏡の中に入って行っちゃいそう。


 自分の考えに失笑してしまう。

 鏡にものが映るのはただの光の反射だ。鏡に中に入るなんて非科学的なこと、起こる訳がない。

 このミラーハウスにしたって、片方の壁に手を添わせて歩いて行けば、必ず出口に辿り着ける。不思議なことなど何もないのだ。

 だから、先程まで手を付いていた鏡が突然消えてなくなるなんて、あるはずないのに……。 

 

「……えっ!?」


 天音は突然なくなってしまった壁に戸惑いの声を上げた。

 壁を頼りに歩いていたため、前のめりにコケそうになってしまう。


「…っ、あぶなっ!?」


 それを回避しようと天音は一歩前へ踏み出した。



 ―――目の前にあった、鏡の中へと。





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