ある日、天使が舞い降りた。
一気に三話あげました。
もう、力尽きた……。
ハイディングスフェルト王国にある神殿の大聖堂では、白い神官服を纏った男が祭壇の前に跪いていた。
彼の名前はアレン。三人の神官長の一人であり、次期大神官と目されている人物だ。
「………神よ」
そう呟く声は、王都でも噂される程の美声であり、神殿へ彼の説教と讃美歌を聞きに来る信者も多い。
「この国に繁栄と平和を」
敬虔な神の信徒である彼の日課は、仕事前に神に祈りを捧げることである。
大聖堂のステンドグラスから差し込む朝日を浴びながら祈る彼の姿は、どこか冒し難い神聖さすら感じさせた。
「………………」
彼は目を閉じ、静かに祈り続ける。
祈っている間は他の誰も入れないため、辺りは静寂に包まれている。扉の外には護衛である神殿騎士が立っているはずだが、広い大聖堂内では人の気配を感じられない。
「……ふぅ」
仕事の時間が迫っているのか、彼は小さく息を吐き出して立ち上がった。
最後に、祭壇の方へ深く頭を下げてから扉に向かう。
「………っ!?」
しかし、彼が振り向いた瞬間視界が白く染まった。
突然のことに彼は驚いたようだが、すぐに光った方…祭壇に目を戻す。
先程まで何も置かれていなかった祭壇の上には、一人の少女が立っていた。
「…えっ!?………な、何!?」
少女は戸惑っているようだ。
十歳くらいだろうか、この国では珍しい顔立ちをしている。
服装もこの国…いや、この世界では見かけないもので、変わった空色の鞄を背負っていた。
「………あなたは…。……まさかっ!?」
しばらくの間、アレンはいきなり現われた少女に目を丸くさせていたが、何か思い付いたように声を上げた。
「…ええっ、な、何なの!?」
状況を把握していないのか、少女はキョロキョロと辺りを見回している。
顔に困惑が滲む少女に、アレンは優雅に跪いた。
そして一言。
「ああ、天使様!!私の祈りが天に届いたのですね!」
祭壇に立つ少女を見上げる、整った優しげな顔は紅潮し、目はキラキラと輝いている。
どこをどう見たのか、彼の中では“突然現れた少女”は“舞い降りた天使”らしい。
「え゛、ナニこの人……変質者?」
「なんと愛らしいお声でしょう!まさに、天上の音のようです」
少女の声を聞いたアレンは、彼女を褒め称える。内容は聞いていないようだ。
「うわぁ、ヤバイ人だ………」
アレンの奇行に少女はかなり引いてしまったらしい。ゴミを見るような目になっている。まあ、今のアレンの状態は怪しまれても仕方ないレベルだが……。
「…えいっ!」
少女は顔に警戒の色を滲ませ、背負っている鞄に付いていた紐を引っ張った。
『ビィー』
途端、大聖堂に甲高い音が響く。
「………なっ!?」
人の話を聞かないアレンもさすがにその音には驚いたようだ。
「ア、アレン様!?」
「何事ですかっ!?」
音が外まで聞こえたのか、待機していた神殿騎士達が慌ただしく大聖堂の扉を開けた。
彼らは祭壇の上に立つ少女を見ると、緊張を滲ませ腰の剣に手を掛ける。
「その者は、一体……?」
神殿騎士のうちの一人は少女から目を離さないままアレンに問い掛けた。もう一人は辺りを警戒している。
「そ、その人、変質者です!捕まえてください!!」
状況が掴めていないものの、とりあえず少女は目の前の“変質者”を指差した。
しかし、それがいけなかったようだ。
「貴様……っ!!」
「アレン様に対して、何と言うことをっ!」
少女の発言を聞いた神殿騎士達はいきり立った。…神殿の者から、アレンは意外と慕われている。
彼らは剣を抜き放ち、少女に向けようとしたが、アレンによって制される。
「剣を引きなさい」
「……!?し、しかし……っ」
一人はアレンの言葉に従い剣を引いたが、もう一人のやや若い神殿騎士は不満そうだ。
剣を抜いたまま、少女を睨みつけている。
「フィデル」
「……っ」
若い神殿騎士…フィデルは無言で剣を鞘に収めた。
その様子を横目で確認したもう一人神殿騎士は、再びアレンに尋ねる。
「その者は誰です?どうやって、ここに侵入を?」
「天使様です」
アレンは堂々と答えた。
「………は?…はあ」
「………そ、そうですか」
当然だが、アレンの言葉に神殿騎士達は困惑している。
しかし、無情にもそんな彼らにアレンは無茶ぶりをかます。
「お詫びしなさい」
「……?」
「……へ?」
「天使様に先程の無礼をお詫びするので…」
いつかのようにアレンが少女へ謝罪させようとしていると、扉がやや乱暴に開け放たれた。
「アレン!さっきの音はなんだ!?」
現れたのはアレンの幼馴染であり、副神官長のレイナルド。
大聖堂の近くにいたのか、彼もあの音を聞いたらしい。
「レイ。……見てください、天使様が降臨されたのです」
「………ああ?」
アレンの発言に、レイナルドは“またか、コイツ”という視線を向けるが、アレンはその視線には気付かずに言葉を続ける。
「きっと、私の祈りが通じたのでしょう」
「……んな訳ねえだろ」
そうぼそりと呟いて、レイナルドは少女に向き直った。
アレンのことは……面倒臭いから無視することにしたのかもしれない。
「大丈夫か?」
少女の警戒を解くように、ゆっくりと話し掛ける。
そんなレイナルドの様子に安心したのか、ホッとした表情になる少女。
「………え、ええっと、その人が変質者です…」
とりあえず、駆けつけて来てくれたらしい“大人”に事情を説明しようと口を開いた。
……少女の中でアレンは変質者以外の何物でもないのだろう。
こんな状況でも説明をしようとするこの少女は、かなりしっかり者なのかもしれない。
「ああ、それは分かってる。……コレに何もされていないか?」
レイナルドは口を開こうとしたアレンをチラリと見てから、再度尋ねた。…彼の視線の意味は“黙ってろ”である。
「……はい」
特に何もされていない、という意味を込めて少女は軽く頷いたが、彼女の目はアレンへの不信感に満ちていた。
「えっと、ここから下りても良いですか?」
祭壇の上に立ったままの状態は居心地が悪いのか、少女は遠慮がちに質問する。
祭壇自体が大きいため彼女の視線はかなり高くなっているのだが、あまり怖がっている様子はない。“下りて良い”と言えば、そこから飛び降りそうだ。
「ん?…ああ、気付かなくて悪かったな」
レイナルドは少女の両脇に手を差し込み、ひょいと祭壇から下ろした。
「きゃあっ!?」
「驚かせたか?…すまん」
「い、いえ。……ありがとうございます…」
「どういたしまして」
礼を言われるとは思っていなかったのか、少し驚きつつもレイナルドは軽く笑って少女の頭を撫でた。
少女とはかなりの身長差があるので、目線を合わせるために彼はしゃがんでいる。
その所為か、少女の表情が良く見えた。…若干、不満そうな顔をしているのは、子ども扱いが嫌だったのだろうか。
「……私、もう十歳です」
「これは失礼した。……ところで、お前はどこから来たんだ?」
頭を撫でたことに対して不満を漏らす少女に、レイナルドはあっさりと謝った。
神殿には身寄りのない子ども達がいるため、子どもの扱いには慣れている。
「えっと、遊園地にいたはずなんですけど………ここ、どこですか?」
「ハイディングスフェルト王国の王都ベヒトルスハイムだ」
「ハイディ……外国?あの、ここは日本じゃないんですか?」
少女は“何その名前”とばかりに、頭の上に疑問符を浮かべている。
「…ニホン?……まさか、な」
レイナルドには何か引っかかるものがあったらしい。…そして、アレンにも。
「レイ。もしや天使様は……」
「ああ、分かってる」
思わず口を開いたアレンを、レイナルドは片手を上げて止めた。
視線を交わす彼らには、少女について何か思い当たることがあるらしい。
「お前…あー、いや、名乗るのが遅れたな。俺はレイナルドだ。お前の名前は?」
「…天音。白鳥天音です」
少女の名を聞き、天を仰ぐ。
この国ではあまり聞かない名だが、レイナルドには聞き覚えがあったようだ。
いつの間にか彼の後ろに移動していたアレンも頷いている。
「……また、ですか」
「そうみてぇだな。……はぁ、マジかよ」
「あの…?」
二人の話についていけないのか、少女は不思議そうな顔をしている。
その様子に気付いたレイナルドは、彼にしては珍しく少し戸惑ったように言葉を投げ掛けた。
「アマネ。……異世界って、信じるか?」
「全く信じてません。……ええっと、宗教の勧誘ならお断りします」
少女は疑わし気な目をしながらも、キッパリと答えた。
「いや、違う。そうじゃない。…………あー、くそ、何て言えば良いんだ?」
説明しにくいのか、レイナルドはガシガシと頭を掻く。
そんな彼を見たアレンは自分から説明することにしたらしく、少女の方へ一歩踏み出した。
「私が話しましょう。……天使様、魔法は信じておられますか?」
「…………信じていません…」
「そうですか。では、これを見ても?」
そう言って、アレンは宙に浮き上がった。
この国の者なら誰もが知っている簡単な魔法である。
「…ワ、ワイヤー?」
「………………」
「………………」
その後、魔法の存在を証明することに10分程を要した。
少女はアレンの周りをグルグルと確認し、足元に透明な台がないのか疑っていたが最終的には魔法であると納得したようだ。
彼女は十歳にして、かなりの現実主義者らしい。…夢のない子どもだ。
「…魔法があるのは分かりました。じゃあ、ここは異世界なんですか?」
「ええ、おそらくは。……あなたの他にも二人、異世界から来た方がいます」
アレンの頭に二人の女性が思い浮かぶ。彼女達は、わりとすぐに状況を信じて受け入れていたが。
「帰る方法はありますか?」
「今のところ分かっていません」
「私って、おじさん達に“召喚”されたんですか?」
そんなことを言われると思わなかったアレンは目を見開いた。
隣に立つ幼馴染からの視線が少々痛い。
「……いえ、私達はそんな迷惑行為は致しません」
レイナルドが“本当か…?”というようにアレンの顔を窺っている。
信用されていないのか、アレンならあり得ると思われているようだ。
「でも………(変質者の)おじさん、“祈りが届いた”とか言ってませんでした?」
…それは、確かに言い訳できない。
アレンの妄想としか言えない発言は、少女とレイナルドに不信感を植え付けるには十分だったようだ。
「ええ、言いましたね。しかし、私は神に祈りを捧げていただけです。
天使様を召喚するなど……そんな畏れ多いことはできません」
アレンは神を召喚しようと思ったことなどない。
それに世界を越えた転移魔法は発見されていないし、できたとしても、かなり大掛かりなものになるので彼一人では無理だろう。…彼の“神への熱い想い”が天に届いたというなら別だが。
「その“祈り”の所為なんじゃ………。あと、私は天使じゃありません」
「私にとっては“天使様”ですから」
少女にうっとりと微笑み掛けるアレンは怪しい人以外の何者でもない。
疑われていてもマイペースな男である。
「………もう良いから、ちょっと黙っててくれ」
これ以上アレンがしゃべれば話が進まないと思ったレイナルドは、アレンを黙らせて少女に話し掛ける。
「アマネ。……言い難いんだが、俺達は異世界から召喚する方法も帰す方法も知らない」
「………………」
まだ幼い少女には、辛過ぎる現実である。
「“アレンの所為”という可能性も捨てきれないし、ここでの生活は神殿が保障しよう」
本気かどうかは分からないが、レイナルドはまだアレンを疑っている。
神官長の不始末ということで少女を神殿で預かることするらしい。
「………はい…」
「まあ、来れたんだから帰れるさ。観光に来たとでも思ってりゃいい。
……こんな状況じゃ仕方ないが、あまり落ち込むな」
落ち込んでしまった少女をレイナルドが慰めた。…少し、気休めっぽい。
実際のところ、王宮も神殿も調べているとはいえ“異世界への帰還方法”はまだ分かっておらず、そう簡単な話でもない。
「…はい、お世話になります」
ペコリと頭を下げた少女を見ながら、レイナルドは“面倒なことになった”と内心溜め息を吐いた。
―――こうして、ハイディングスフェルト王国に三人目の異世界人が降り立った。
次からヒロイン視点になります。
結構アレな子。
まあ、前の二人が“ああ”だからね。推して知るべし、だよね。
てか、これ“チャック”知らない人、読んでるんですか?