願いは単純ではないのな。
……蝉の鳴く声が、このビルの立ち並ぶ大都会でも聞こえるような気がするのはなぜだろうか。
現在、俺の耳には幻聴のような本物のような、リアルな蝉の声が響き渡っている。
「あー……暑い暑い。」
「ん、旧未も暑いのかい。奇遇だね。」
「今この場所で『貴方は暑いですか?』と問われて、「yes」と答えない奴の確率はとてつもなく低いと思うがな。」
隣の人間は少し考えて、「それもそうだなー」と言いながら、空を見上げる。
この隣の人間君は俺の体内から生まれて来たという驚きの事実を今の内に脳内に再認識させておこう。
こいつは七間輪廻。俺の体内から俺が3歳の時に生まれてきてて若干中二で「固有四字熟語」は「美人薄命」でふたなり。1つ余計か。
おっと、「固有四字熟語」とは何かと言う事についても、再認識しておかないとな。
世界人類の約1%は、自分の「固有四字熟語」を持つ。
「固有四字熟語」は、四字熟語がそのまま自分の能力になる。
固有四字熟語の能力を人為的に高める事はほぼ不可能だが、何らかの理由で感情が高ぶった時、ごく一部の例では能力が高まっている。
ちなみにこいつ、七間の固有四字熟語は「美人薄命」であり、5分間だけ自身の姿を変えられる。
だが「実際に目で見たもの」でないと変身できないため、場合によってはかなり使い勝手の悪い四字熟語である。
運が良いのか悪いのか、俺、黒崎旧未と隣の人間の七間輪廻は、「固有四字熟語を持った人間」。つまりは「熟語挙者」な訳だ。
再認識が区切りを迎えた所で、七間がゆっくりと口を開く。
「本当に暑いなー。ねぇ、旧未の四字熟語で涼しくしてよー。」
「無茶言うな。……まぁ、願うだけ願ってみるかな。」
「あー、よろしくー。」
そう言いながら、七間は美少女がプリントされた団扇と扇子を同時に出し、また、同時に仰いだ。全く持ってこいつには呆れる。
さて、願ってみるかな……。
その前に、俺の固有四字熟語を再認識してみよう。
俺の固有四字熟語は「盲亀浮木」。奇跡を手にすることができ、人為的に能力を高める事ができる可能性があるただ1つの四字熟語、らしい。ちなみに願えば奇跡は起こるが、「人間にはできない事の一部がランダムにできる」能力のため、どんな奇跡が起こるかは不明。
だが、奇跡は「今まで願ってかなわなかった願い」の中から起こる。
そして、願っても何も起こらない事もある。
また、危険な状況に置かれるほど、何らかの願いが叶う確率が高まる。
連続で願うと、願いがかなう可能性は高まるが、副作用で心臓が締めあげられる。
という、最後の行だけ地味に怖い能力である。そしてある意味運ゲ。
じゃあ、願ってみるかな。
俺はゆっくりと、胸の前で手を合わせた。
そうして念じる……。
雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて
雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて雪降らせて凍らせて寒くしてあ、寒いのはちょっと嫌かも。
……途中で煩悩が入ってしまった、が。
何と言う事でしょう、余計に日差しが強くなってきた。
これを「太陽の精霊のダンス」と形容できる人間は、余程メルヘンチックな人間なのだろう。
そういえば、真逆の事を去年の冬に願ったんだった……。
これだから、この能力は嫌だ、そりゃ役立つ時もあるのだが。ごく稀に、だが。
その日のS区は、全国で最高気温を観測した。
……平穏な日は、この日からしばらく途切れることになるのであろうか?