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1年巻き戻し法

作者: ぬるま湯

1年巻き戻し法。

この国の政府が、今年最も力を入れたものだ。

12月29日から31日までの年末、国民は一切の労働を禁止され今年に起こったあらゆる楽しいことを再現するという法律。

この法律のためにどれだけの金がかかったのかわからない。

人間に代わって仕事をこなす高性能のロボットが100万体以上製造され、電車やバスなどの公共交通機関はすべて自動運転になった。

12月28日までに準備はすべて整った。

もはや国民の誰一人として働く必要のあるものはない。

あとは年の終わりの3日間、存分に楽しむだけだ。



龍一は大型ショッピングセンターの前で友人たちを待っていた。

12月31日。1年巻き戻し法で遊んで過ごせる最後の日だ。

今日は高校時代の同級生たちと集まって、このショッピングセンターで卒業式の後遊んだ思い出を再現するのだ。

しばらくして約束していた9人が集まった。全員、あの日着ていた高校の制服を着ている。

9人は全員同じ元3年5組の、卒業式の後何も予定がないものどうしで集まって騒ごう、という提案にのってついてきた者たちだった。

言い出しっぺの委員長、雄太と雄太と仲の良かった慎太郎に洋平。いつも2人でいた大人しめな女子の遠藤さんと川村さん。そして俺と、同じハンドボール部だったケンイチに浩二に谷。あの日も思ったが、妙な組み合わせだなと龍一は思う。


「えっと・・・まず何したっけ?」


「雄太しっかりしろよ!晩飯食っただろうが」


「あ、そうだった」


「委員長だったのにしっかりしていないのは今も変わってないんだな」


しゃべりながらだらだらと歩いてショッピングセンターの入り口を抜ける。人はまばらだった。そりゃそうだ、1年巻き戻し法の最後の日なのにわざわざ田舎のショッピングセンターに来る人は珍しいだろう。


「お、誰もいねー。確かここに座ったよな、机ひっつけて」


「そんなのは覚えてんのかよ」


店内は無人だ。それなのにフライドチキンのいい匂いが漂っているのは自動調理機がそれを製造しているから。


フライドチキンのほかにも自動調理機が製造している料理を各自とってきて、しゃべりながら食べた。でもすぐに会話は途切れる。

いくら法律でこうなっているからとは言っても、異常な状況に素直に楽しめないという気持ちが皆少なからずあった。


「・・・なんか静かだな」


「俺たちしかいないからだろ。で、この後どうしたっけ」


「・・・たしか、ボウリングに行ったよ。そのときはるちゃんとかも来て・・・」


「おーおーそうだった!!サンキュー遠藤さん」


この法律は「再現して楽しむ」ものだ。途中から来た人はそれを再現する。


無人の巨大なショッピングセンター内を併設されたボウリング場に向かって歩き出す。


ボウリング場も全自動になっていた。ゲームを楽しんでいるとむこうから制服姿の女子が2人やってきた。


「おー、久しぶり」


「久しぶり!わあ、ほんとにみんな制服だ!」


あの日遅れてやってきた春と陽子がやってきた。

明るくにぎやかな2人が加わって場は盛り上がった。

でもボウリングが終わると、また静かになってしまった。


「あと、3時間・・・だね」


「それ言うなって」


「ごめん・・・・・」


陽子の言うとおり、あと3時間で今日は終わってしまう。

流れている陽気な音楽だけがきこえる。

無言の状態をなんとか終わらせるべく、俺は口を開いた。


「次で最後だろ?ゲーセン行こう」


あの日、最後にゲームセンターでプリクラを撮った。13人もいたからぎゅうぎゅうで、俺は顔が半分切れたり肩しか写らなかったりした。


「ちょっと押さないでよ!!あたしはちゃんと写ってたんだから!!」


「み、みんな危ないよ・・・」


押し合いへし合いの中、カシャっという音が響いていく。

あの日かいたとおりのらくがきをして、出てきたプリクラを切り取った。


「おんなじのが二枚できたね」


「・・・・・」


ここであの日は解散した。時計は22時10分前をさしている。なにもかもあの日と同じ。


「これから、どうする・・・?」


「どうするったって、この後は解散したんだから、解散するしかないんじゃね?」


「・・・・・・・・」


また無言になった。とりあえずゲームセンターはうるさいので出る。

大きな吹き抜けになっている広場のベンチに腰を下ろした。

沈黙を割ったのは、雄太。


「あのさ、・・・・もう、ここでよくね?」


しばらくの間をおいて、慎太郎が返事をした。


「俺は、いいよ。ちゃんと別れてきたから」


「あたしも・・・陽子はどうする?」


「春がいるなら、あたしも」


春と陽子。


「あの、あたしたちも・・・」


遠藤さんと川村さん。


「言い出しっぺが帰るわけにいかんだろう」


雄太。


「俺も」


谷。浩二も一緒に頷いた。


「わりい、オレは・・・帰るわ。」


「・・・ケンイチ」


「うららが待ってるから・・・」


「あー、お前彼女できたんだってな!お前にしては頑張ったんじゃね?」


「っせーな、向こうから来たんだよ。・・・・・・じゃあ、行くわ、、、バイバイ」


「・・・おう」


「じゃあな!」


「ばいばーい・・・」


また沈黙。耐えられなくなった俺は言った。


「俺も残るわ。ここにいるのみんな残るってことで?」


全員頷いた。

ちょうどそのとき流れていた音楽が消えて、電気が一斉に消えた。閉店時間が来たら自動的にそうなるのだろう。


「あのお店、ろうそくとか売ってたから私とってくるね」


遠藤さんが思いついたように言った。川村さんも立ち上がる。


「ありがとう!助かる。あ・・・遠藤さんと川村さんって呼ぶの長いから、ゆうちゃんと美沙ちゃんでいい?」


「うん、もちろん」


「俺らチャッカマンとってくるわ。食料品売り場にあるだろ」


浩二が言った。俺も行くことになった。


そうして明かりを用意してたわいもない話をする。ものすごく盛り上がって、話が途切れることなんてなかった。

でも23時56分、とうとう沈黙がおとずれた。


あと。あと4分。


「だれもしゃべらねえの?」


「・・・委員長、なんか話題」


「ごめ、ん、震えてうまく・・・しゃべれない」


女子たちのすすり泣きがきこえる。

俺も震えていた。


誰だって怖いだろう。


あと数分、日付が変わって新年が始まるとき、彗星の衝突によって地球は終わりを迎えるのだから。


2年前、巨大な彗星が地球にむかってきている、ということが発表された。何かの冗談だと思いたかった。

しかし政府が莫大すぎる金を「1年巻き戻し法」につぎ込んでいくのを目の当たりにして信じるしかなくなった。この法律は最後の三日を好きな人たちと過ごして、楽しかった過去を思い出したまま悔いなく終わることができるようにと作られたものなのだ。

覚悟はしてきた。でも、いざとなるとやっぱり怖い。勝手に体がガタガタ震える。


「あーーーー!!!」


いきなり浩二が大声をあげた。


「こ、浩二、大丈夫か?おかしくなったんじゃ・・・」


「やめようぜこんな辛気臭いの!!!どうせなら笑って最後にしようとか・・・・ムリ、かな・・・やっぱ」


浩二の声が小さくなっていく。それをフォローするように、泣いていた春が鼻声のまま明るく言う。


「そ、そうだよね。よしっ、あと1分くらいだけど・・・なんかしようよ!!」


この場にあまりにも不釣り合いな気軽な言い方に俺は思わず噴き出した。それに合わせて何人か笑う。


「みんなけっこう余裕あんだな・・・」


「円陣、とかどうだろ。体育祭でやったみたいな」


「川村さんナイス!決まりだな。」


みんな頷く。輪になって隣と肩を組んで、時を待った。

肩におかれた浩二と洋平の手が震えている。


あと少しだ・・・あと・・・


自分の心臓の音が邪魔して誰の声かわからないが、誰かが別れの挨拶を言った。


「みんな今までありがとう」


また別の誰かが言う。


「今日は楽しかったね」


「うん。もっと遊びたか・・・・・・・」


ゴオっという耳をつんざくような轟音。


地面が揺れたと思ったら、俺は飛んでいた。


円陣を組んだ手が離れていく。




衝撃とともに、世界が終わった。














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