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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

君が「ありがとう」と言ったから

掲載日:2012/09/15

カーテンを開けたままの窓から、朝の光が差し込む。

俺、和田宏は眩しさで目を覚ました。時計に目をやると、針は7時を指している。

もう一度寝ようと、布団を頭まで被るが目がすっかり冷めてしまったらしい。

仕方なく身体を起こし、窓を開けた。

入りこんでくる涼しい風が、夏の終わりを告げている。

 もう一度時計に目をやった。相変わらず短針は7を指している。

講義が始まるのは、10時から。しかも、大学の決まりで木曜はサークル活動を優先する日だと決まっているため、1コマしか講義がない。ちなみに俺が入っているサークルは土日を活動日としているため、木曜日は休みだ。

たった1コマのために、大学に行くのかとため息をつきながらも、俺はどこか浮かれている。

その証拠に、朝食をつくり始めた俺は無意識に鼻歌を歌っていた。



ざわつく学生たちの声を俺は、机に伏しながら聞いていた。

目だけで周りの様子を伺う。

これだけいれば、座る席も見当たらないだろうな、と早目に来て自分の席を確保していた俺は他人事のように思った。

単位が取りやすい上に面白い。それがこの講義を去年受けた先輩の感想だ。先輩とさほど仲がいいとは言えない俺が進められたのだから、他にも同じような人間がいると考えても不思議はない。

しかも、ただでさえ座れる席は少ないのに、隣と1つ席を開けた間隔で座りたがるから質が悪い。

空いているように見える席でも鞄やペットボトルで予約がされている。だから、俺の座っている後ろ側の席は、全滅だ。

そんな俺の隣にもペットボトルが置かれているのだが。

頼まれたわけではないのにそれでも席を取ってしまうのはもはや癖と言ってもいい。この大学に入ってからできた俺の癖。

「あ、いたいた」

 再び顔を伏せた俺の耳にそんな声が入る。

左腕の時計を見た。時間的にはちょうどいい。

人の波をかきわけてこちらにやってくる人物に手を振った。

「悪いな、いつも」

そう言って机の上のペットボトルを俺の差し出すと、安田正人は俺の隣に座った。

脳内のシュミレーションでは、「お前のためなんて言っていないぜ」なんて軽口を吐くはずだった。

けれど、安田の笑顔に心臓が音を立てる。

また、だ。

「…ああ」

「おいおい。なんだよ。最近俺に冷たくないか?」

 冗談と本音を混ぜたようなその言葉に俺は笑いながら言った。

「冷たくしてるんなら、席なんか取ってねぇだろう」

「いや、それは、そうなんだけどさ…」

「文句言うともう席取っておいてやらねぇぞ」

「和田、それは困るって」

「んじゃ、黙って感謝してろ」

「いや、感謝はしてるけどさ…。なんか、やっぱ最近変じゃねぇ?」

「そんなの、勘違いだろ。ほら、始まるぞ」

 そう言うと俺はルーズリーフを広げ、教授が映し出すスクリーンを見つめた。

不満げな表情のまま安田も鞄からルーズリーフを取り出す。

栗色に染められた少し長めの髪が揺れた。同時に拡がる香。この前買ったシャンプーの香がいいと言っていたことを思い出す。

トクン。

胸が鳴った。

決めたはずなのに、俺の心臓は勝手に速くなる。

もう、嫌いになると決めたのに。


「なあ、今日、どっか遊びにいかね?俺、暇なんだよ」

 講義が終わった後には学食で昼飯を食う。それが俺たちの木曜日の「いつも」だった。

今日もいつもと変わらず、講義が終わると、学食に足を運んだ。俺は醤油ラーメンを。安田はカレーを注文する。

「いや、…俺、バイト」

「は?お前、木曜日は定休日だろ?」

 食べ終えたらしい安田が、スプーンを置きながら言った。

俺は大学1年の時から2年間同じ所でバイトをしている。同時に何個も覚えられる気がしないのでバイトの掛け持ちはしていない。

「…」

「何?そんなに俺と遊ぶの嫌なわけ?」

 少し不機嫌な表情。

「別にそういうわけじゃねぇけど」

「じゃあ、なんだよ?最近付き合い悪いし、なんか避けられてる気がするんだけど。なんか、俺した?」

 安田は真っ直ぐに俺を見つめた。

安田はいつも真っ直ぐだ。思ったことが素直に言葉に出る。そのためトラブルになることもあるが、それでも根はいい奴なので、友だちが多い。

いつだって遠慮がなく、だから楽だし、だからこそここまで仲良くなれたのだと思う。

 大学1年の歓迎会の時、初めて会って、好きな漫画の話で意気投合した。

好きなアーティストも同じで、ライブにもよく一緒に行く。初めて会ってから2年経った今では、なんでも言い合える仲になった。

だからこそケンカも多いが、それでも、一晩寝れば次の日には笑い合っているので、他の友だちは呆れている。

 そんな安田とここ最近一緒にいることが少ない。いや、少なくはないのだが、しょっちゅうつるんでいた俺たちにしては少ないのだ。

そして最近の定番になりつつあるのは、安田が遊びに誘って俺が「バイト」と答え断るという1つのパターン。パターン化しすぎて安田が「避けられている」と疑うのも無理ないかもしれない。そんなことも思いつかなかった。

「いや、別に…」

「別にって。…もしかして、和田、体調でも悪いの?」

 そういうと安田は心配した表情で俺の顔を覗き込む。

「え?」

「そうならそうと早く言えよ。無理して来なくても一言言ってくれりゃ、代弁くらいしてやるっつーの」

 なぜそんな答えが導き出されたのか不明だが、安田の中で「和田は体調が悪い」が確定事項になったらしい。

「あ、…いや、なんか格好悪いかと思って」

 自分でも訳が分からない理由を述べる。だか、安田はそれに納得したらしい。

「帰るぞ」

「は?」

「何が、『は?』だよ。体調悪いんだから、さっさと帰って、さっさと寝ろ。ほら、送ってやるから」

「送ってやるって、安田のアパート、俺のアパートの奥にあるんだから、通り過ぎるだけだろ」

「ばれたか」

 そう笑いながら半ば強引に安田は俺を学食から引っ張り出した。


「誰か看病してくれてんの?」

「一人暮らしなのに、誰が看病してくれるんだよ?」

「ほら、彼女とか」

「……そんなんいねぇよ」

「だよな。知ってた」

「なんだ、それ」

「だって、彼女ができたら、俺知ってるはずだろ?」

「…」

 笑う安田の顔を見ていられなくて、俺は視線を逸らした。

「てか、そろそろ和田も彼女つくれよな。彼女の手料理とか嬉しいじゃん?ま、お前は料理上手いからそこのところは俺ほど嬉しくないかもしれないけど」

「……別に上手くねぇし」

「いや、お前が上手くないって言ったら、俺の母親泣くぜ?」

「…なんだよそれ。つーか、安田だって彼女いないだろ?」

「今は、な」

 含みを持たせた言い方と安田の笑みに、自分の体温が下がっていくのがわかった。

両手で耳を覆いたくても、安田の前でできるわけがない。

「実は、もうすぐできそうなんだよ。今度のデートの時に告る予定」

俺は、ただ、楽しそうに告げる安田の声を聞くことしかできなかった。

感情が表に出ないように取りつくろって。

「あ、バイト先の子だから和田は知らないぜ。彼女になった紹介するから、よろしくな」

「…成功してから言えよ」

「いや、マジでいい雰囲気なんだって!」

「…そっか。じゃあ、楽しみにしてる。…ごめん。やっぱり体調悪化したみたいだから先行く」

「は?先行くって、通りじゃん」

「いや、走る」

「走るって体調悪いんだろ?」

「もうすぐそこだし、今走って早く布団に入った方がいい気がするから。じゃあ」

 そう言って俺は走りだした。

安田が何か言っているが、構わず走った。涙か頬を伝いそうになるのを必死でこらえる。

大学の近くのアパートにして良かった。今ほどそれを痛感した時はない。

 部屋に着くとすぐに鍵をかけた。

靴も脱がず、その場にしゃがみ込む。

涙が出た。

胸が苦しくて、それなのに、安田の笑顔が頭の中で再生される。

バカみたいだ。余計苦しくなるだけなのに。

それでも嫌いになれない、自分が嫌いだ。


 初めて人を好きになったのは、中学2年の時だった。

仲が良かったグループの1人を好きになった。同性のクラスメイト。

 友だちの口から出てくるのは女の話。どの女優が綺麗だとか、どのグラビアアイドルの胸がいいとかそんなもの。

それに俺は同意できなかった。皆と違うのだとその時初めて気が付いた。

 もちろん、何も言えなかった。同性愛への許容が高まりつつあるとはいえ、それは他人事だからだ。身近な人への同性愛嫌悪はまだまだ根強い。

だから俺は、皆と同じふりをした。

高校2年の時には女と付き合ったこともある。無理やり付き合ったのではない。本当に好きだと思った。でも、結果は、自分はどうしてもゲイなのだと思い知らされるだけだった。

 出会い系サイトで知り合った男性もいる。それでも長くは続かなかった。

恋は俺につらい思い出しか残さない。だから、恋などしないと決めた。

それなのに、俺は、安田と出会った。

 ずっと友だちだと思っていたかった。ただの友だちでいたかった。

それでも仲良くなればなるほど、安田を目で追う自分に気が付いた。しぐさの一つ一つに心が動いた。

傷つくとわかっているのに、安田への気持ちは大きくなっていく。その気持ちが大きくなる度、安田を裏切っている気がした。安田といるとうれしくて、けれどそれと同時に罪悪感も抱くようになった。

 だから、嫌いになろうとした。

嫌いになれないなら、嫌われようと。

けれど、それもできなかった。俺は、安田から離れることが怖かった。

「友だち」でいい。傍にいたい。

 でも、それは、安田の「恋」を目の前で見続けていくということでもある。

安田の彼女を紹介され、彼女との話を聞かされる。

 わかっていたはずなのに、心の準備をしてきたはずなのに。それでも俺の心は無様に揺れた。

きっともうすぐ、安田は俺に彼女を紹介する。

真っ直ぐ過ぎて、時々強引で。それでもやさしい安田を知れば断ることなんてないだろう。

そして、彼女は、俺の知らない安田を見られるのだ。俺が何をしたって手に入れられない安田を。


 目覚ましが鳴る。

横になったまま時計を持ち上げ、時間を確認した。9時。

あの後、どうやって布団まで来たのか記憶がなかった。瞼が熱い。

昨日風呂に入っていないと思い、俺はシャワーを浴びた。腹の虫が鳴ったので、簡単に朝食をつくる。

こんな時でも理性的に動く自分が嫌いだ。

けれども、諦めることには慣れている。同性を愛する人の数は少なくない。それでも決して多くないのだ。

好きになった人がゲイでした、なんてことあまりない。

だから慣れている。時間が経てばまたいつものように笑い合えるだろう。それでも時間が必要だった。

きっと今回はいつもより時間がかかる。

「ピンポーン」

インターフォンが来客を知らせる。

新聞の勧誘か何かだろうと無視を決め込むことに決めた。

「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン…」

「いやがらせかよ」

 腹が立ったので、確認もせずドアを思いっきり開ける。

「うわっ。びっくりした」

「…」

「おはよ!なんだ、元気そうじゃん」

 そう言って笑う安田がそこに立っていた。

「…どうしたんだ?」

「どうした、じゃねぇよ。何の連絡もなく講義休むから、メールも送れないくらいやばいのかと思ってさ、差し入れ持ってきた」

 持ち上げたのは、白いビニール袋。

「薬とリンゴ。最近母親が薬を大量に送りつけてきたからその中からちょっと持ってきた。リンゴは家にあったからちょうどいいかと思って」

「…そっか」

「体調悪くないみたいだし、ちょっと中入るぜ」

「お、おい」

 俺の制止も聞かず、靴を脱ぐと、ずかずかと部屋に入ってきた。

遠慮なしに胡坐をかく。

 俺はため息をついて従った。

テーブルを囲んで安田の正面に座る。

「なあ、やっぱり教えてくれねぇ?」

「何を?」

「俺、なんか気に障ることした?」

「…いや、してない」

「嘘つくなよ」

「嘘なんてついてねぇよ。つーか、なんでそんな話になってんの?」

「だって、なんかやっぱり和田、最近変じゃん。絶対俺を避けてる。…昨日だって、なんか逃げられたって感じだった」

「…」

「体調が悪いから仕方ないのかなとか思ったけど、別にそうでもなさそうだし。ってことは、なんか俺が気に障ることしたんだろ?」

「…」

「和田は知ってると思うけど、俺思ったことすぐに口に出すから、それで友だちとギクシャクすることとかたまにあって、そんで和田ともケンカするけどさ、和田とだったらすぐに元に戻るじゃん。なのに、最近はずっとだし。原因もわかんねぇ。…俺さ、和田とはずっと友だちでいたいよ」

「…うん」

「…こんなに何でも話せる奴そうはいないと思うからさ、だから、原因もわからず仲悪くなるのは絶対に嫌だからな」

 やっぱり安田は真っ直ぐ俺を見る。

何でも言い合える友だち。俺もそう思ってきた。けれど、言っていないことが1つある。

それを言っても友だちでいてくれるだろうか。いや、きっと友だちではなくなる。

だから言わない。だから言えない。

「なあ、和田」

「好きだ」

 それでも、俺は言いたかった。ずっと、ずっと言いたかった。

安田の真っ直ぐな目を見る度、一緒に笑い合う度。

「え?」

「好きだ」

 もう友だちには戻れない。

それでも、一度口に出した言葉は止まらなかった。

「な、何言ってるんだよ。今、そんな冗談言うなって」

 きっと今ごまかせば、騙されてくれるだろう。

何も言わないことならできたかもしれない。

けれど、もう今更無理だった。

一度伝えてしまった想いを嘘にはできない。

「ごめん」

「え?」

「ごめん。冗談にできないくらい好きでごめん」

 そう告げて俺は視線を安田から外した。

ただ、安田がこの部屋から出ていく音を待つ。

数秒の沈黙がやけに長く感じた。

「ごめん。気持ちには応えられない」

「…ああ」

「でも、ありがとう」

 そんな言葉が耳に入る。

安田を見た。いつもの笑顔がそこにある。

「何言って…お前、わかってないだろ?俺はお前が好きなんだ。セックスしたいって意味で好きなんだ」

「うん。ここまでくればさすがの俺でもわかる」

「じゃあ、出てけよ。…ゲイじゃないお前が同性に告白されるなんて嬉しくとも何ともないだろ?これからも友だちとしてやっていけるわけがない」

「なんでだよ?なんで友だちでいちゃいけねぇの?」

「俺、たぶん、もう少し好きでいるぜ?そんな俺と一緒にいられんの?」

「ああ」

「…簡単に言うなよ!」

「簡単だろ」

 俺の言葉に安田は静かに返した。

「簡単だろ?なんでゲイだからって友だち止めなきゃいけねぇんだよ。気持ちに応えられないのに友だちでいようなんて虫が良すぎるって言うんなら考えないでもない。でも、和田が言ってるのはそうじゃねぇだろ?」

「…」

「俺はお前の友だちだし、お前は俺の友だちだ。俺はお前の変に意地っ張りな所も知ってるし、料理が上手いことを隠そうとする変な所も知ってる。爽やかなそうなのに、実は腹黒い所も。でも、結局はすげぇやさしい奴だってことも」

「…」

「こんなになんでも話せる奴は他にいない。和田にとってもそうだろう?…俺はこれからもお前の友だちでいるからな。俺は、俺の彼女をお前に紹介するし、お前の恋人も紹介してもらう。大学出てからも一緒に遊ぶし、困った時は助け合う。そう決めたんだ」

 鼻息を荒くして安田はそう言い切った。その顔は満足げですらある。

きっと安田はバカなんだと俺は思った。

今、失恋した奴に俺の彼女を紹介するなんて、傷を広げるだけだろう。それをこんなにも堂々と言うなんて。

自分を好きな同性の友だちとこれからも一緒にいるって宣言して笑うなんて。

でも、きっとこんなバカだから俺は好きになったんだ。

「相変わらず強引だな」

 そう言って俺は笑う。笑いながら涙が出た。

泣き顔を見せたくなくて腕で顔を隠し、そのままテーブルに乗せる。

声が漏れるが止められなかった。

 安田が俺の頭をあやすように叩く。そのリズムが心地よかった。

「好きだ」

 最後の一回。

そう決めて小さく声に出す。それでも安田には聞こえたようだ。

「好きになってくれて、ありがとう」

 安田も小さく声に出した。


 きっと、「ありがとう」と言ってもらえる恋ばかりではないだろう。

これから何度だって傷つくかもしれない。

けれど何度だって恋をしようと思う。

そしてそれをちゃんと言葉にしていこうと思う。

「ありがとう」と言ってくれたから、俺は、これからも恋ができる。


ここまで読んでいただきありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] BLって聞いたらあまりそこまでいい印象はないのですが、 この作品はなんだかあったかいです* 安田くん、いい人ですね++ 作品投稿ありがとうございました♪
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