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ケンタウロスと私  作者: 吉田
拍手再録 独身寮小話
33/34

駐在さんの憂鬱、または孤独というなの放置

『カレーの半分は気合いでできています 後編』で、寮から飛び出したその後の駐在です。

 


【1時間後】


 おかしい、誰も探しに来てくれないとはどういうことだ。

 俺は深く深く息を吐いて、満天の星空を見上げる。悔しいくらいに、綺麗な夜空だ。

 そんな寒空の下、俺は今、なぜか丈夫な網で作られた野生動物捕獲用の罠につかまっているのであった。


 そもそも、田中が俺に八つ当たりをしたのが悪い。

 そう、どう考えても俺がここでこんな緩い緊縛プレイにあっているのは、奴が俺の神経を逆なでしてきたからなのだ。

 よりによって、尾野との仲を邪推するとは……片想いだ、馬鹿野郎が!

 幼い頃の初恋の相手が、東京から垢抜けた美人になって帰ってきて、それにうっかり惚れて何が悪い。尻がないくらい、まったく問題ではなかったのだ。

 おいおい距離を縮めていこうと工程表を作っていた時に、あの腹が立つほどに美しいケンタウロスが現れてしまったのだから仕方がない。

 アタックに次ぐアタックにより、あの尾野の心を動かしやがった。本人たちは気がついていないかもしれないが、密かな恋敵であった俺にいわせれば、リア充爆発しろ、である。

 俺の素敵な両想い工程表は、その日から初恋を忘れよう工程表に変わったのはいうまでもない。

 しかし、それをあの場でああいう形で暴露されれば、いくら普段はクールなお巡りさんでもかっとなってしまうというもの。

 杉村が止めていなければ、俺は田中を殴っていただろう。そして多分、田中は抵抗しないだろうから、ひどい怪我を負わせていたかもしれない。ここは素直に杉村に感謝だ。

 それから居たたまれなくなって、中学生日記よろしく寮を出たはいいが、行くところがない。

 うっかり駐在所の鍵は部屋に置いてきてしまった俺は、勝手口からそっと戻ろうとして……この有様。

 なぜかしらんが、そこに仕掛けられていた罠に足を引っかけ、気がついた時には縄の中に囚われ宙づり。俺の何がそんなに悪かったというのだ。


「誰か、早く気がついてくれ」


 夜空を流れていく星に、俺はそう願わずにはおれなかった。



【2時間後】



 そろそろ本格的に寒い。田舎の秋はなめられないんだぞ、田中、杉村、尾野。

 このままでは凍死する。完璧にする。俺の理想の死に方はこんなのではない!

 俺はむちむちの尻を持った女を腹の上に乗せた体勢で、柔らかい肉の幸福感に包まれて死ぬのが理想なんだ!

 そう、警察学校の修了飲み会で宣言したら、女性警察官たちに袋叩きの目にあったのが懐かしい。奴らは、鬼だ。

 それにしても三人ともどこへ行った。

 普通、慌てて探しに出るだろうが、普通は。二時間も家出したまま戻らない傷心の男だぞ、俺は。

 もっとこう、「大野さーんっどこですかーっ」とか、「僕が悪かったですっ、出てきてください!」とか、そういう声が聞こえてもいい頃なんじゃないのか。

 だがしかし、現実と来たらこうだ。放置だよ。もしかしてそういうプレイなのか?

 ソフト緊縛の上にハードな放置プレイの合わせ技か。

 嬉しくて嬉しくて涙が出そうだ、早く来てくれ、誰か。今なら田中、お前の所行も快く許してやろう。

 ひゅうっと冷たい風に吹かれ、俺は思わず大きなくしゃみを連続でぶちかます。


「だーれーかー!」


 俺の声が、誰もいないその場所に虚しく響いて消えた。



【3時間後】



 屋上で何やら声がするも、一向に俺に気付く気配なし。

 大事な話か、そんなに大事な話なのか、お前たち。俺のことなんかすっかり忘れ去っているだろう、あいつら。

 リアル思春期じゃあるまいし、どうしてあの時上着を持って出てこなかったんだ、俺。

 そんなことをぐるぐると考えていれば、さすがの俺も多少落ち込む。

 自分で自分を抱き締めながら、もうここで朝まで過ごすしかないのかと覚悟を決めていた、そこに。


「あっれー、大野じゃん、何してんのおー!」

「あっ、ほんとだっ、大野だー!」


 場違いなほど底抜けに明るいふたつの声がして、俺の目の前が急に眩しくなる。

 おい、馬鹿が、人に電灯をむけるな馬鹿者どもが。


「明かりを下げろ、失明させる気か、佐内の双子ども」


 近づいてきたやかましい双子に、俺はこの体勢でできるだけの威厳を持って接する。

 効果はあまり期待しない。


「うわ。ちょう上から目線だよ」

「え。でも間違ってないよ、いっちゃん。だって、大野、私たちより上にいるもん」

「えー、上から目線って、そういう意味と違わない? ななちゃん」


 好奇心の強い猫のような表情で、見分けがつかないほどそっくりな佐内以知子と南名子はぎゃあぎゃあと言い合いを始めそうになる。

 いつもならこの辺りで逃げるところだが、今はそうもいかない。しかし、これはチャンスだ。


「おい、お前たち。とりあえず俺をここから降ろせ」

「見返りは?」


 即行で交渉の口火を切られる。


「お前たちに無償の労働という、尊い理念は存在しないのか」

「今日の分は、今し方のお使いで使い切ったの」

「で、なに奢ってくれる?」


 政府は教育制度改革を早くしたほうがいい。

 すでにこんな田舎でも倫理観の欠如が目立ちはじめているぞ!

 下からものすごい期待に満ちた四つの瞳で見上げられた俺は、苦渋の決断を下す。背に腹は代えられん。


「コトブキ屋のビッグパフェチョコレート。飲み物もつける」

「懐古堂の白玉スペシャル抹茶パフェ!」

「カフェ・アイネのシュヴァルツヴェルダァキルシュトルテ!」

「食い過ぎだろうが!」


 次々と追加された要求に、思わず声を荒げる。

 しかも、俺に街まで連れて行けというのか、お前たちを!

 すると、二人は顔を合わせてにんまりと笑う。それは何かの児童文学書で見た、身体の消えるなぞなぞ好きの猫そっくりの笑顔だった。


「別にぃ、私たちも暇じゃないしぃ。ねえ、ななちゃん?」

「そうそう。今だってお使いの真っ最中だし。早く帰らないとお母さんに怒られちゃうよね、いっちゃん」

「待て待て待て待て待て待て」


 くるりと息ぴったりに背を向けた双子に、俺は慌てて声をかける。

 なんという我が身の不幸。毒を食らわば皿までというが、この場合何か無理矢理食わされているような気がしないでもない。


「……わかった。その要求を飲む。だから、降ろしてくれ」

「はーい!」


 今度は素直に従った双子に、俺は三時間ぶりに地面の感触を確かめることに成功する。

 意気揚々と帰っていく二人に、俺は複雑な感謝の念を抱くのであった。

 その後、要求された以上のスイーツを奢らされた上、財布の寒さに身体までやられたのか、俺はしばらく高熱で寝込むこととなった。

 それが俺のあの日の思い出である。


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