第4話 積もる話には花を咲かせない(後編)
「んで、二人はどういう馴れ初めなの?」
「んー、まぁ話せば長くなるから、それは結婚式で流す動画をお楽しみにということで。来てくれるよね?」
「もちろん! えー、でもなんかちょっとこう、幸せな空気先にちょっとだけお裾分けして貰いたいんだけど……あ、じゃあ二人はお互いになんて呼び合ってるんですか?」
特別な呼び方とかしてるのかなぁとにこにこしてしまいながら聞くと、二人は顔を見合わせてから教えてくれた。
「やっちゃんが多いかな、普通に夜凪とも呼ぶけど」
「へー、そうなんだ」
ふむふむ。いいね、ちゃん付けなんだ。
わたしも戌丸のことあーちゃんとかあさひちゃんとかちょっと呼んでみたいなぁ。
そんな風に思いながらお次はと従姉妹の方を見る。
「夜凪の方は?」
「ぺいたろう」
「……ぺいたろう?」
多分徹平のぺいから来てるんだろうけど、たろうは一体どこからやってきたんだろうか。
いや、けれどここで突っ込んでしまうと昼休みが終わってしまう。
ぺいたろうとやらの方をちらりと見ると「よせやい照れるだろ」みたいな反応をしていて、まぁなんだかんだで熱々なことはなんとなく分かったのでここは一旦華麗にスルーを決め込んだ。
「ちゃん付けとかあだ名で呼び合うのって、なんかいいね。憧れちゃう」
そう言いながら目線を会社の方へ向けると窓からは丁度社屋が見えていて、経理部はあの辺かなぁだなんて思い耽る。
あいついつもどこでご飯食べてるんだろ。
好きな食べ物とか、行きつけのお店があるなら知りたいなぁ。
つらつらとそんなことを考えながら、ハムサンドを口へ運びゆっくり咀嚼する。
そうすると目の前の夜凪はもう食べ終わったようで、頬杖をついてこちらを見ていた。
「そんなふうに呼びたい相手がいるんだ?」
「……ん、まぁ」
煮え切らないながらも否定しないわたしの返答に、彼女は少し眉を上げた。
それから品定めでもするかのようにこちらを上から下までじろりと見回してから、ぺいたろうの方を向いた。
「多分ね、この子の好きな人、同じ会社内にいると思うから見てきて」
「っ……!」
その言葉に飲みかけのアイスコーヒーを吹き出しそうになる。
いや怖い怖い、なんでわかるの。
軽く咽せながら従姉妹の方を見ると、新しいおもちゃでも見つけたかのように唇も目も綺麗な弧を描いていて。
「……ふーん、意中の相手は同じ会社の人間、と」
しまった嵌められたと気付いた頃には時既に遅く。
二人の興味は完全にわたしの想い人は誰だということに向いていた。
「えっ誰だろう。同じ部署内で独身の男いたっけなぁ」
「ま、まぁわたしの話はさ、別にいいじゃん。それより式場はどこに」
「同じ部署じゃないなら同期とかじゃない?」
「どっ、どどどどうき、どーき、えーっとあれなんか今日動悸がする気がするなぁ。どきどきってね、ははは」
「よしぺいたろう、やっちまいな」
「よっしゃ任せろ。相手誰か教えてくれれば今日の同期会でアシストするし、言いたくなければぐるぐる席替えするよう仕向けてもいいけど」
「あー……いやぁ、それはどうだろう、ねぇ?」
なんだか落ち着かなくて、意味もなくストローでアイスコーヒーをぐるぐると掻き混ぜる。
溶けかけの氷がガラスのコップの中でぐるぐると回り、カラカラと小さく音を立てた。
「夜宵落ち着いて。別に邪魔したい訳じゃないから」
「いやいやいや、またまたそんな」
邪魔する気はなくても面白がって引っ掻き回す気だろう。
そう大声で言ってしまえればどんなに楽か。
「だって初恋で訳分かんなくなってるだろうし、なんか手伝いたいだけだって」
「えっ、初恋なの!?」
─いやすぐそういうこと言う! しかもそのくだりもうさっきやった!
はっきりとそう言えたならどんなにいいだろう。
けれど口では敵わないということを嫌というほど思い知らされているわたしは、わずかに顔を顰めることしかできなかった。
いつまでも掻き混ぜ続けていたアイスコーヒーは、はたと気が付くといつの間にやら氷はすべて溶けてしまったようだ。
薄くなってしまったそれをとりあえず流し込むと、ありがたいことに少し頭が冷えたようで、わたしは意を決して彼女のことを話してみることにしたのだった。
「……同期会に来てるの見たことない。し、多分今日も来ない、と思うからわたしも欠席にしちゃった」
「同期会に来たことない……? おー、あいつか」
「えっ、だれだれどんな人?」
「あーっと、あれだろ? 経理部の」
経理部には他に同期は居ないから、名前を出すまでもなく言い当てられる。
わたしはじわじわと顔が熱くなっていくのを感じて思わず手で顔を覆った。
やだ、改めて戌丸のことが好きって言うの恥ずかし過ぎる。
いや決して戌丸を好きなことが恥ずかしい訳ではなくて、主に耐性の問題。
雉村に話すのだって最近慣れ始めたばかりなのに。
そもそも好きな人の話なんていままでほとんどしたことない。完全に聞く側だったから話す耐性が全く付いていないんだと思う。
「……もうかんべんして」
蚊の鳴くような声でそう漏らすと、いつの間にやら隣に座っていた夜凪に手を取られた。
「まぁまぁそう言いなさんな。いいことじゃん」
そう言う彼女はカラッとお日様のように笑っていて。
恐る恐る吉備の方を見てみると、彼も同じような笑みを浮かべていた。
「妹分としては、姉にもちゃんと幸せになってほしい訳よ。ね、だからお願い。やっちゃんにその人のこと教えて?」
優しく手を包み込まれながらきらきらとした目で見つめられると、うぐっと息が詰まってしまう。
そんな目で見たって人様に、ましてや身内にそういうこと知られるのってやっぱりちょっと、いやかなり気恥ずかしいじゃん。
つい絆されそうになりながらもふと視線を手元に向けると、腕時計の針は十三時を指そうとしていた。
「あ、あーたいへん、もうこんなじかんだぁ! ざんねんだけど、わたしそろそろいかなくちゃあ」
従姉妹の手の中からすぽっと手を引き抜き、腕時計を見てから額に手を当てる。
久々に会えた従姉妹との時間はまだまだ続いて欲しいものだが、この話題からは一刻も早く逃げ出したかった。
じとりとした目で見つめてくる夜凪の視線を左側からひしひしと感じながらもまるっと無視をして、鞄からお財布を取り出す。
「あっ、もうこんな時間か。昼休憩に呼び出して悪かったな」
「ううん、今日は久々に会えて良かった。えぇっと、二人はまだのんびりする感じ?」
「いや、俺たちもそろそろ行こうか。次の予定もあるし」
そんな吉備の返事に、じゃあお会計と席を立つ。
隣を見ると未だむむむという表情を浮かべていた夜凪だったけれど、彼女の方もこの後予定があるのは本当だったようで、壁掛け時計とわたしの顔を交互ににらめっこしてから、小さくため息を吐いた。
「……残念だけど、非常に残念だけども、続きはまた今度ね」
「やー、まぁ……はい」
次までにちゃんとなるべくたぶん覚悟決めておきますと心の中でふわっと誓い、そこそこ長い社会人生活で身に付けた笑みを顔に貼り付ける。
身内にそんなもの通用しないのは分かっているけれど、いまはたぶん善処しますという姿勢を見せた方が良さそうな気がした。
「ま、飲み会は無理でも、なんか手伝って欲しいようなことがあったらなんでも言ってくれよ。応援してるし」
「あー……うん、ありがと」
ゴリ押しじゃないその感じ、とてもありがたいなと思いつつ、正直にお礼を言う。
そうすると隣からまたしても不穏な気配を察知したので、夜凪の方を向いて「二人ともありがとね、なにかお願いするようなことがあったらよろしく」と、逃げ道を残すような言い方をして再びスマイル。
うーん、我ながら狡賢い大人になったものだ。
そして従姉妹の押しの強さにたじろいでしまいながらも、店の前で二人と別れた。
手を振りつつまだ胸がどきどきとするような気がするけれど、ゆっくりと深呼吸をして気持ちを入れ替える。
さぁ仕事仕事。
そして頬をぱんと軽く叩いて駅に向かい歩き始めたのだった。




