第3章 :開幕戦 砂海アグレイ予選
砂海アグレイの朝は、乾いた風と砂の匂いで満ちていた。スタンドには観客溢れ、VIPブロックのディスプレイを食い入るように見つめる人々の姿もある。今日は開幕戦 砂海アグレイ予選日。ユウはARC-01のコクピットに腰を下ろし、ステアリングを握る。呼吸を整え、マシンと自分の感覚を完全に同期させる時間だ。
アウトラップが始まる。砂の微細な抵抗、風の強弱、タイヤの食いつき具合を指先と身体で確かめる。AFSは軽く調整され、ファントムフォームとの同期率を微妙に上げ、視覚と感覚の準備を整える。各コーナーでブレーキのタッチ、アクセルの微妙な踏み込み、車体の傾きに対応する感触を確かめながら、1周に賭けるラップを頭の中で反復する。
「よし、全てが揃った…行く」ユウは心の中で呟き、ステアリングに力を込める。計測ラップへ突入。スタートラインを過ぎると、砂丘の起伏が指先と背中に伝わる。AFSが微細な揺れを瞬時に補正し、ファントムフォームの光が前方にラインを描く。
最初の右コーナーに差し掛かる。ユウはアクセルを軽く戻し、砂の抵抗とAFSの制御を感じながらイン側に車体を滑り込ませる。視界に光の帯が走り、仮想と現実の感覚が一体化する。次の左カーブでは、アクセルとブレーキのタイミングを微調整し、車体を傾ける角度を瞬時に判断。砂の反発や風の揺れを手と体で吸収し、光の帯が示す最適ラインに沿って進む。
ストレートに入ると、ユウは全開で踏み込み、AFSの補正で車体を安定させる。光の帯が前方に伸び、ファントムフォームによる空間情報が身体に直感として伝わる。砂の微細な起伏を読みながらステアリングをわずかに切り、ラインを外さない。後続の影は気にせず、1周に全神経を集中させる。
続くS字コーナーでは、微妙なブレーキ操作とアクセルワークを組み合わせ、車体を滑らかに旋回させる。AFSが瞬時に車体の角度を補正し、ファントムフォームの光が示す理想ラインと現実の路面が一致する瞬間、ユウの身体感覚は極限まで研ぎ澄まされる。
砂丘を抜け、最後の連続コーナー。ユウは心の中でラインを反復し、アクセルを抜きすぎず、ブレーキも残しすぎず、全ての動きを直感的に決める。「この1周に全てを…」脳内で呟き、ステアリングを微調整しながら車体を滑り込ませる。
最終コーナーを立ち上がると、アクセルを踏み込み、AFSで車体を安定させながらゴールラインへ。計測タイムが瞬時に表示され、ユウの胸に高鳴りが走る。ARC-01は5番手。トップ4との差はわずかにあったが、トップカテゴリ2年目 開幕戦としては十分な成果だ。オフシーズンに費やした全ての努力が、タイムとして確かに形になった瞬間だった。
ガレージに戻ると、リンカはタブレットを手に微笑む。「予想以上よ。素晴らしい予選だった」
アリアも静かに分析データを見つめ、「同期率はまだ完璧じゃないけど、今回のデータで次のDLハイブリッド区間はもっと早く走れる」とコメントする。
父はステップに立ち、肩を静かに叩く。「よくやった。だか大切なのは明日の決勝だ。頼むぞ」
ユウは深く息を吸い込み、砂海アグレイの広がる景色を目に焼き付ける。明日の現実とDLを行き来するグランプリに向けて、彼の集中と感覚は既に明日をを見据えていた。
ガレージを出ると、砂海の光が強く反射し、観客席には群衆が割れんばかりの歓声を浴びせる。VIPブロックでは、各チームのスポンサーや富裕層がディスプレイに釘付けになり、AFSの反応やファントムフォームの光を興奮気味に見ている。ユウは目を細め、明日の走りを頭の中でシミュレーションする。ここからが本当の勝負だ。
その瞬間、記者の声が飛び込んできた。「初のトップカテゴリ予選で5番手ですが、明日の決勝に向けた戦略は?」
父が軽く肩を叩きながら答える。「我々のマシンはまだ未完成だ。明日は世界を驚かせるよ」
そしてユウもまた微笑みながら、短く答えた。「砂海の路面特性を生かして、序盤はペースを守りつつ、後半のストレートとS字でAFSを最大限活かします。焦らず、自分のリズムで走るつもりです」
記者たちはメモを取り、質問が続く。「トップチームとの差はどう感じていますか?」
「差ははわずかですが、決勝のペースは分かりません。明日は、最後まで何があるかわからない。勿論狙うは優勝です。」ユウの声は冷静だったが、内心には高揚が渦巻いていた。リンカは横でタブレットを確認しながら、小さく頷く。「明日の決勝、楽しみね」
アリアも静かに分析資料を差し出す。「DL区間の切り替えはまだ最適化できる余地があります。ユウの同期特性を最大限活かせば、現実とファントムフォームの切替も滑らかになります」
メディア対応を終えると、ユウはガレージの外に一歩踏み出す。朝の光と砂の匂い、観客席の熱気、VIPブロックの緊張感。すべてが彼の感覚を研ぎ澄ませ、翌日の決勝への意識を高めていた。
その夜、ホテルの部屋でユウは軽くストレッチをしながら、今日の予選ラップを思い返す。1台ずつの一発勝負、アウトラップから計測ラップに突入し、ファントムフォームとAFSをフル活用した感覚。砂の微細な反発、風の揺れ、マシンが瞬時に反応する指先の感触。すべてが自分の体に染み込み、意識の奥で一体化している。
「明日はもっと直感的に……」ユウは心の中で呟き、視線を窓の外に向ける。砂海の夜空に映る星々が、決勝の激しい光景を予告しているかのようだった。




