寝子座右衛門
にゃんにゃん
「にゃんにゃん」
寝子座右衛門は鳴いていました。
「にゃんにゃん」
辺りは真っ暗です。寝子座右衛門は、寂しくて怖くて、独りぼっちだし、悲しくて鳴きました。
「にゃんにゃん」
普段なら、五月蝿いぞと怒る団子屋の店主も、今日はいません。先日の大雨で、みんな死んでしまいました。お腹が空いたなら、死体くらい食べればいいのにと思うかも知れません。しかし、寝子座右衛門にとって、彼らは大事な友達でした。だから、腐敗臭の漂う中、必死で鳴いているのです。
「にゃんにゃん」
そこへ、外国の兵隊たちが現れました。彼らは、大雨の事故を知り、国の財産を奪いに来たようです。
「イキノコッタ、ニンゲンヲ、ミナゴロシニシロー!」
「イエッサー」
寝子座右衛門は、やっと人が来てくれたので、嬉しくて鳴きました。
「にゃんにゃん」
すると、兵隊のひとりが気づいて、寝子座右衛門を蹴り飛ばしました。
「ナンダ、コノゴミネコハ?ニホンジンハ、ノラネコノ、シツケモデキナイノカ?」
そう言って、倒れた寝子座右衛門のお腹を、スパイクで踏み潰しました。寝子座右衛門は、鳴くことができなくなりました。
兵隊がいなくなってから、寝子座右衛門はなんとか起き上がり、団子屋の店主や、小町のお姉ちゃん、家無しのサガリの死体に、それぞれ花を手向けました。人間が、死体にそうしていたのを、子猫の頃から見ていたからです。
「……」
寝子座右衛門は、鳴けない代わりに、心の中でありがとうと言いました。それから、行くへの分からない友達、アスカちゃんを探しに行くことにしました。
アスカちゃんは、寝子座右衛門のとても大事な友達でした。まだ8つの女の子。最後に会ったのは、あの大雨の日。寝子座右衛門は、アスカちゃんの膝の上で日向ぼっこをしていました。ウトウト眠って、落雷の音で目を覚ましました。ドカーン、ドカーン。寝子座右衛門は、慌てて飛び起きました。アスカちゃんは、気持ちよさそうに寝ています。濁流は、縁側を乗り越えようという勢いでした。
「にゃんにゃん」
寝子座右衛門は、アスカちゃんを起こそうと必死に鳴きます。しかし、アスカちゃんはむにゃむにゃと寝たまま。仕方なく、寝子座右衛門は、アスカちゃんのスネを引っ掻きました。
「痛ーい!」
アスカちゃんは飛び起きて、寝子座右衛門を叱りました。
「こら!ねこざーもん!悪いことしたらだめ!」
その瞬間、濁流は縁側を破壊し、寝子座右衛門もアスカちゃんも流されてしまいました。
「……」
寝子座右衛門は、アスカちゃんを呼ぼうとしましたが、兵隊にやられた怪我のせいで、鳴くことができません。声以外で探すしかなさそうです。寝子座右衛門は、家などの瓦礫を、びっこ引きながら進みました。強くはありませんが、雨の降り続く暗闇の中です。何か、ドロっとしたものを踏んで、転びそうになりました。でも、持ち前の運動神経で立ち直します。アスカちゃん……そのことだけを考えて、進み続けました。
どのくらい歩いたでしょう。水は下へ流れると知っていたから、海まで歩いてきました。空は晴れて、星空が輝く下、匂いやら音やら、なんでも探しながら歩きました。でも、アスカちゃんはどこでも見つかりませんでした。僕はなんてダメな猫なんだろう。その時、寝子座右衛門は、思わず、喉に力が入りました。
「にゃんにゃん」
寝子座右衛門の声が、海原に響きました。声が、声が出るようになったのです。
「にゃんにゃん」
嬉しくて、寝子座右衛門は何度も鳴きました。その声は、水平線の彼方まで響きました。
「おーい」
そのとき、遠くから声が聞こえました。
「ねこざーもん!」
それは、アスカちゃんの声でした。アスカちゃんは、山の方から砂浜へ駆けて来て、とうとう寝子座右衛門のところまで来ました。
「ねこざーもん、会いたかったよ」
「にゃんにゃん」
アスカちゃんは、寝子座右衛門を抱きしめました。あんな悪いことをしたのに、いいのかな、と思いました。でも、アスカちゃんの泣き声を聞いたら、そうじゃないんだなと思いました。
「わたし、また独りぼっちになっちゃうんじゃないかって、思って……」
アスカちゃんは、泣き出してしまいました。寝子座右衛門は、そっと、体をスリスリしました。
「ふふっ、ふふ」
そしたら、アスカちゃんは笑い出しました。
「ドロドロで毛がバサバサだから、チクチクしてくすぐったいよー」
「にゃんにゃん」
でも、アスカちゃんもドロドロでした。だから、寝子座右衛門はお着物をペロペロしました。
「くすぐったいってばー!」
だけど、寝子座右衛門は嬉しくって、ずっとアスカちゃんにくっついていました。アスカちゃんは、寝子座右衛門をなでなでしながら言いました。
「お母さんが死んじゃって、お父さんはそれで気が立っちゃって、ずっと怖かった。縁側でずっと泣いてて、そしたら、ねこざーもんが来てくれたんだよ」
確かに、あのとき、アスカちゃんが泣いていなければ、寝子座右衛門がアスカちゃんと友達になることはなかったでしょう。
「にゃんにゃん」
月は青色で、暗闇の海にぽっかり浮かんでいます。それを二人で見つめるのが、どんなに美しいことか。寝子座右衛門、アスカちゃんの膝の上に乗りました。
「もーだから寝子座右衛門なんだよー」
「にゃんにゃん」
そのまま、寝子座右衛門は眠って、二度と目を覚ますことはありませんでした。




