第9話 心臓がいくつあっても足りやしない【♡有】
思わず抱き寄せてしまった。
だって、仕方がない……あんなに可愛い顔で好きだって言われたら、愛しくて堪らなくなる。
思っていたよりも細くて小さくて、それでいて柔らかい。ギュッと力を入れただけで「ん……」と甘い声を漏らして、耐えられない。
抱擁一つで彼女の心臓と俺の心臓が重なる。こんな愛しい気持ちになるなんて、今まで知らなかった。
「……音無さん、痛い」
彼女の言葉でハッとした俺は、慌てて腕の力を緩めた。
こんなつもりじゃなかったのに、彼女の言葉に反応した無意識な行動だった。
「ごめん、俺」
真っ赤になった顔で恥ずかしそうに。でも、恐怖を感じているというよりは、困惑したような雰囲気を纏っていた。
「あの、ギブではないんです。少し痛かっただけで」
「……うん」
「もう少し、優しく抱き締めてくれたら……大丈夫かも」
今度は彼女の腕が俺の肩に乗って、首の裏に回されて。頰が触れて、肌が重なって、想いがどんどん募っていく。
普段、俺が使っているシャンプーの香りが彼女の髪から漂ってくる。俺も早めに入っておけばよかった。汗臭くないかな……しまったな。
(シャツ越しとはいえ、澄恋さんの柔肌の感触が伝わって、気持ちがいい。プニプニふにゃふにゃ……ん? ふにふに?)
思わず俺は彼女の身体を突き放した。
——うん、さっき抱き締めた時と違う感触。もしかして今の澄恋さんは——?
「澄恋さん、下着は……?」
「え? あ……付けてないですけど? だって、一度着たものを着るのは抵抗があって」
やっぱりな——っ!!!
そんな気がしたんだよ! 服越しとはいえ、気持ちよかったもん! あんなに押し付けられて気づかない方がおかしいよなー!
「悪い、俺も気付かなくて! とりあえずコンビニで買ってくるよ。澄恋さん、サイズは適当でいい?」
「あ、あの! いいです、今日はなくても! それより」
彼女の両手が立ち上がった俺の腕を掴んだ。
「離れたくない——です。さっきみたいにギュッとして欲しい……です」
泣きそうな顔でねだられると弱い。
喉の奥で震える音が、理性の崩壊を告げていた。
ソファーに座っていた彼女を抱き上げるように引き寄せて、対面の状態で膝に乗せた。さっきよりももっと触れる面積が増えて、互いの体温がより伝わるようになった。
「んっ、んン……っ」
そして跨るような体勢になった彼女は、股の辺りに当たる感触に戸惑いを隠せないようだった。下着を履かないで、短パン一枚で、開脚して。
唇を噛み締めて、必死に恥ずかしさと戦っている。今にも溢れそうな涙を我慢して。
大きめのTシャツの襟からは真っ白な谷間が覗き見えて、ますます硬さを増していく。
「あ……っ、音無さん、これは、ちょっと」
「え? さっきよりも力は抜いてるけど……? 痛い?」
「い、痛くはないけど——っ、でも」
甘い吐息を漏らす彼女を煽るように、わざとらしく耳元で囁く。「嫌なら離れようか?」と。
「——いや、だめ……離れたくない」
ギュッと強くなった指先が答えなんだろうって、俺は満足気に笑みを浮かべて、彼女の腰に手を添えて更に引き寄せた。
「ひゃ……っ、ま、待って!」
「澄恋さん、可愛い。そんな反応されたら、ますます苛めたくなる」
「だめ……っ、いじめないで」
か細い声で必死に訴える。どうしようかと迷いながら、彼女の太ももの辺りをひと撫で、ふた撫でと手のひらを滑らせる。
「んんんっ、それ、ダメ……っ!」
「ギブ? それとも、嫌よ嫌よも……?」
「んんっ、音無さん……意地悪」
眉を八の字に下げて、堪らない表情を浮かべて。色っぽいったら、ありゃしない。今日はハグまでの約束だから、あえて頰に唇を落として、驚いた顔をした彼女の前で笑って見せた。
「好きだよ、澄恋さん。俺と付き合って良かったって思ってもらえるように、たーっくさん愛してやるから」
「ズルい……、こんなの。好きにならない方がおかしいよ。音無さん……好き。ずっと好きだったの」
彼女の両手が俺の両頬に添えられて、チュッと口角の辺りにキスを落とされる。ギリギリキスじゃない、ズルい場所に。
「今日はハグだけだったけど、唇以外の場所へのキスはOK?」
「だって、音無さんもしたから、お返し……」
はは、お返しかー。
それなら俺がもっとしたら、更にスゴいお返しがくるのか?
俺は彼女の罪深い谷間に視線を向けたが、グッと堪えた。流石にそれをしてしまったら耐えられる自信がない。今だってギリギリなんだ。何だったら、今すぐ秒で果てられる。
俺は最後に強く彼女を抱き締めて、そのまま離れた。
「俺もシャワー入ってくる。今日はもう寝よう」
「え? でも、まだ」
「これ以上は俺が我慢できなくなる。——好きだから、澄恋さんのことが大事だから、ここで止めたいんだ。分かる?」
彼女はギュッと手に力を入れて、一生懸命自分に言い聞かせていたけれど、なかなか納得がいかない様子だった。
「ギブって言うまで……いいのに」
——可愛いことを言ってもなぁー、澄恋さんよ……。これ以上先までして寸止めされたら、俺、本当に死んじゃうからね? マジで。
「次はさ、とりあえずキスをしよう」
「……キス?」
「だってさ、澄恋さんは……俺が初めての彼氏で、初めてのキスをするんだろう? なら、素敵な思い出になるように、ロマンチックにしよう? 歳を取ってから二人で『初めてのキスは……だったよね』って、語れるように」
彼女の柔らかな下唇を親指でフニフニしながら、俺は次の約束をどうしようか考えていた。
「約束……ですよ?」
「うん、絶対。俺も楽しみにしてるから」
そこまで言って、やっと彼女は納得したように離れてくれた。
そして俺がシャワーを浴びて、再びベッドルームに戻ってきた時には、静かに寝息を立てて眠りについていた。
「疲れたんだろうな、お疲れ様」
無防備な彼女の頰にキスをして、俺はリビングのベッドに横になった。




