第8話 初めての彼部屋……彼シャツ 【♡有】
こうして俺の部屋に来ることになった澄恋さん。予想していなかった事態に、俺の脳内も処理不能でショート寸前だった。
(部屋、片付けてたっけ? ヤバいヤバいヤバいヤバい——……! 散らかっているのは部屋のマグカップくらいか? 洗濯物は全部乾燥機にぶっ込んでいたし、何も溜めていなかったはずだ)
あるとしたら──澄恋さんをイメージして見ていたエロ動画をタブレットで見ていたことくらいか。あと、使用済みのティッシュがゴミ箱に溜まっている……。
(帰ったら速攻で片付けよう……。って、中学生かよ、俺は)
横を見ると、緊張で固まった澄恋さんが、顔色を青くして縮こまっていた。
そりゃそうだ。付き合って初日に彼氏の家に来るなんて、恋愛経験のない彼女には未知の出来事だろう。
「澄恋さん、大丈夫?」
「え、あ、その、は、はい!」
かなりテンパっているようだ。俺は自分の髪をぐしゃりと崩し、大きく息を吐いた。
「ぶっちゃけさ、澄恋さんはどっちがいい? 俺と澄恋さん、一応彼氏彼女になったわけじゃん? ってことは、お互い……好きってわけだろ? 好きってことは、触れたいとか、キスしたいとか、エロいことをしたくなるのが普通だと思うんだよ」
「え? え??」
「でも、澄恋さんが怖いっていうなら、俺は澄恋さんが嫌がることを絶対にしない。《《まだ》》怖いっていうなら、澄恋さんが大丈夫って思えるまで待つから、ちゃんと言って欲しい」
彼女の目がグルグル回っている。
そうだよな。俺ですら戸惑いを隠せない状況だ。だが、この線引きは大事なんだ。でないと俺は絶対に彼女を押し倒してしまう。
「あの、音無さん!」
「ん?」
「ちょっと怖いけど……ハグとか、少しだけしたい時はどう言えばいいですか?」
「ハグ——!」
ゼロか百しか考えていなかった!
二人っきりの部屋でハグって、ある意味寸止めじゃねーか! 耐えられるのか? 耐えられないよなァ! 無理、彼女をハグして我慢できる気がしない。
だが、彼女は正直に胸の内を告げてくれた。応えるのが男の役目だ。
「わかった、ハグはしよう。もし澄恋さんが嫌だと思った時には、遠慮なくギブしていいから」
「分かりました……! それと、ベッドはご一緒した方がいいですか?」
「それは……俺が耐えられる気がしないので、別々でお願いします」
「は、はい! 音無さん、お願いします!」
ものすごく変な空気がタクシー内に流れた。
タクシーの運転手も必死に笑いを堪える様子が見える。
(正直、俺も泣きたい……! 俺の理性、どうか頑張ってくれ!)
「でも、音無さん。私……本当は楽しみなんです」
「え?」
「音無さんのお部屋に遊びに行けるの、嬉しいです♡」
——お願いなので、誰かこの純粋無垢な子をどうにかしてください。【悲報】俺のムスコがさっきから暴れて仕方ないです。
そしていよいよ、俺の住んでいるマンションに着き、自宅へと招き入れることになった。
「どうぞ。散らかってますが、ゆっくりしていってください」
「お邪魔します……」
キョロキョロと辺りを見渡しながら中へ入っていく彼女。よくよく考えたら、俺も自宅に彼女を招き入れたことはなかった。自分のテリトリーに誰かを入れることに抵抗があって、ラブホや相手の家でばかり過ごしていた。
「あの、お手洗いお借りしてもいいですか?」
「もちろん。トイレはココで、お手洗いと風呂場はこっちだよ」
彼女の肩に手を置いて説明をすると、ビクッと大きく揺れた。動揺した瞳が俺をジッと見つめる。
「お、音無さん——!」
期待と怯えが混じった表情に、俺は耐えられなくなる。いじめたくて、困らせたくて仕方ない衝動に駆られるが、ぐっと堪えた。
(ダメだダメだ、ダメだ! 彼女の気持ちを尊重するって決めたんだ!)
「着替え準備するから、まずはシャワーでも浴びてくる? ワンピースのままだと落ち着かないだろう? 俺も向こうで着替えてくるから」
「あ、ありがとうございます。それじゃ、先にシャワーお借りします」
俺は新しいシャツと短パンを彼女に渡してドアを閉めた。
(俺の理性、頼むから持ちこたえてくれ……!)
どうする? 彼女がシャワーを浴びている間に抜いておくか? いや、もし間に合わなかったときは地獄だ! それよりも先にタブレットを隠すこととゴミ箱の処理が先だ!
「あ! 俺、何で来て早々シャワーを勧めてんだよ! まずはリビングに案内してお茶を出すのが先だろ!?」
澄恋さん相手だと全くスマートに振る舞えない。前の俺はもっとちゃんと出来ていたはずなのに、彼女のことになるとテンパってカッコ悪いところばかり見せてしまう。
「あの、音無さん……」
いきなり声を掛けられて、俺は慌てて振り返った。もうシャワーを済ませたのだろうか?
「お先いただいて、ありがとうございました……。音無さんもシャワー、浴びますか?」
そこにはブカブカな大きめのシャツを着た天使がいた。キッチリと着飾ってヘアメイクをした彼女も素敵だったが、スッピンで隙だらけの澄恋さんはもっと清楚で綺麗だった。
「…………本当に澄恋さん、俺の彼女なん?」
「え? え??」
「こんな可愛い子が俺の彼女だなんて……俺、幸せ過ぎて死ぬんじゃないかな」
「そ、そんなことで死にません! っていうか、死なれたら困ります!」
両手で顔を覆った俺を揺らしながら、彼女はブンブンと顔を振った。
可愛いな、本当に。何度言っても足りないくらい可愛い。
「澄恋さん、好き。めっちゃくちゃ好き」
「わ、私も好きです……! 音無さん……姉じゃなくて私を選んでくれて、ありがとうございます」
泣きそうな顔で笑う顔が愛しくて。結局、我慢しきれなかった俺は、そのまま彼女の身体を引き寄せるように抱き締めてしまった。




