第45話 圭吾と澄恋、デートするってマジですか?
温泉旅行から戻った日曜の午後。澄恋と俺はリビングでまったりしていた。
彼女はソファの上でクッションを抱えてうとうとしており、俺はその隣でテレビをつけたまま澄恋の髪を指でいじって遊んでいた。
「ん……もう、蓮……」
「え、何? 髪撫でるの禁止?」
「だって……髪、ぐしゃぐしゃになっちゃう」
「じゃあ、直してやるよ」
とか言いながら、頬にキスをしてみたら「……それ、直すって言わない」と、眠そうな目でジト目を向けられた。
うん、可愛い。この無防備な休日澄恋、最強すぎる。
あまりの可愛さに我慢できなくなった俺は、澄恋を抱き締めながら額、頰、首筋に唇を落とした。
「もう、蓮……くすぐったい」
「可愛い澄恋が悪い。こんなの我慢できるわけないだろ?」
そんな空気の中、水を差すかのようにスマホが震えた。画面を見ると、送信者は圭吾。しかも悲痛なメッセージが飛び込んできた。
『今度、お見合い相手と顔合わせするんだけど、二人にアドバイスもらいたくて』
「……お見合い?」
「え、圭吾さんが?」
澄恋が驚いたように顔を上げる。それもそうだろう。俺自身も驚きを隠さなかった。
「マジか。あいつ、恋愛興味なさそうだったのにな」
「でも、いいことじゃない?」
そう言いながら澄恋はどこか意味深に笑った。あいつのことだからきっと何か考えがあるんだろうけど、どういう心境の変化だ?
しばらくして通話を繋ぐと、圭吾の真面目な声がスピーカー越しに響いた。
『実は俺、恋愛とかほんとダメで。しかもトラウマあって……』
「トラウマ?」
『あぁ。前に付き合ってた人が、周囲の女の人から嫌がらせされてさ。SNSで晒されたり、家の前で張り込まれたり……で、俺自身も変なの送られて。チョコに人毛入ってたりして……もう完全に女性不信』
「うわぁ……」
澄恋が小さく息を呑む。俺も言葉を失った。
圭吾、そんな過去があったのか。イケメンだから順風満帆だと思っていたのに、陰で苦労していたんだな。
『それで、女性慣れする練習というか……。澄恋さん、もし迷惑じゃなかったら——擬似デート、してもらえないかなって』
「え?」
『もちろん、変な意味じゃなくて! ただ、女性とどう接したらいいかとか、どう話せばいいかを教わりたいだけで……! ほら、澄恋さんなら何度か会ってるし、話しやすい人だと思って』
電話の向こうの圭吾が、焦って弁解しているのがわかる。
……とはいえ、彼氏の俺の前で俺の彼女と『擬似デート』?
冷静に聞こうと思っていたのに、反射的に眉が動いた。
「……おい、圭吾。俺の目の前でそれ言う勇気だけは評価する」
『いやほんと、違うって! 頼れるの、二人しかいないんだ!』
「……ねぇ、蓮」
「ん?」
「私、いいと思う。圭吾さん、すごく真面目だし。誰かの支えになれるなら、それも大事なことだと思う」
「澄恋……」
真っ直ぐな瞳で言う澄恋に、ぐっと言葉を詰まらせた。
……ほんと、お前は優しいんだよな。だからこそ他の男につけ込まれるんだよ。
だけどまぁ、ここで嫉妬したって仕方ない。
「わかった。条件が一つだけある」
『条件?』
「擬似デート中、俺が監視する」
『えぇ!? 蓮、監視は……!』
「いやいや、モニタリングだ。教育目的。純粋な研究観察だ」
圭吾のために、とは思うけど。彼氏として見届ける義務はある。
『……はぁ。まぁ、仕方ないか。じゃあ、日曜にお願いしていい?』
「了解。——お前、覚悟しとけよ」
『な、何の覚悟だよ!?』
「澄恋の可愛さ、想像の三倍は危険だからな」
通話が終わると、澄恋がくすっと笑った。俺はこんなに頭を悩ませているのに、呑気なものだ。
「蓮、やきもち?」
「……やきもちっていうか、予防線」
「ふふっ。——ありがと。でも大丈夫。私は蓮の彼女だから」
そう言って、澄恋がソファの上でそっと俺に寄りかかった。可愛く甘えてくる彼女を抱き寄せながら、俺は思った。
(……この擬似デート、俺の理性が試されるのは圭吾じゃなくて俺かもしれない)
とは言え、やはり一人では心許ないと判断した俺は、湊人さんと凛に相談を持ち掛けた。案の定、二人は眉を顰めて怪訝な視線を向けてきた。
「擬似デート? 圭吾くんと澄恋ちゃんが?」
「……あぁ」
「で、音無は監視する、と」
「……あぁ」
俺がうなずくと、隣の湊人さんが苦笑しながらグラスを置いた。
「まぁ、お前らしいけどさ……それ、耐えられる?」
「私もちょっと心配だな。澄恋ちゃんって隙があるっていうか、困ってる人を放っておけなさそうなお人好しタイプだし」
「だから余計に危ないんだよ……!」
俺が頭を抱えていると、凛がぱんっと手を打った。
「じゃあ、私達も一緒に行く!」
「はぁ!? なんでそうなる!?」
「だって面白そうじゃん。恋愛指導デート、観察対象・澄恋ちゃん&圭吾くん」
「お前、完全に実験ノリだろ?」
「湊人さんも行くでしょ?」
呆れたように呟く俺を無視して、凛は湊人さんに同調を求めている。
おい、話を聞けよ、このヤロー。
「まぁ……音無が暴走しないように監視が必要だからな」
「おい、俺そんな信用ないのか」
「だから俺達に相談したんだろう? お前が一番お前自身を信じてないくせに、何言ってんだよ」
湊人さんの言葉にぐうの音もなかった。
そんなわけで、翌週。
俺・凛・湊人さんの三人は、カフェのテラス席に潜伏していた。ターゲットは——澄恋と圭吾。
——正直、波乱の予感しかなかった。




