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可哀想なクール社長令嬢、俺にだけデレる顔がものすごく可愛い——ただ、君の思う100倍は愛が重いですが、大丈夫ですか?  作者: 仲村アオ


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第44話 変態紳士たるもの……! 【♡有?】

 露天風呂へ続く回廊には、白い湯けむりがふわりと漂っていた。木の廊下を歩くたびに草履の音が小さく響き、気持ちがどんどん昂っていく。


 脱衣所の前で顔を見合わせると、澄恋が少しだけ首を傾げた。


「やっぱり、一緒に入るの……?」


「え、ここまで来て別々に入るのか? それはちょっと鬼畜じゃないですか、澄恋さん」



 そう言いながら、流石の俺も混浴のマナーは嗜んでいるつもりだ。


 『マナーは大事』

 『紳士たれ』


 そう自分に言い聞かせながら、のれんをくぐった。


 湯気の向こうには、月明かりを映す湯面。

 岩造りの湯船の上には、紅葉の葉がいくつも浮かんでいた。


 澄恋は一足先に入っていて、肩まで湯に浸かりながら髪をまとめている。その白い肌に月光が落ちて、まるで幻想のようだった。


 ……だめだ、見るな俺。

 見るなって言われたら余計に見たくなるのが男の性だ。


 ——っと、言うか……意外と肝が座ってませんか、澄恋さん?


 湯気の向こうの濡れた髪の滴、湯に浮かぶ肩の曲線——全部、理性を破壊する兵器。



「どう? 温泉気持ちいいね」


「……あぁ、最高だな」



(温泉よりも目の前の光景で一杯一杯なんだけどな)



 言えない。

 言ったら終わる。


 彼女が湯をすくって首筋を流すたび、その動きに合わせて、月光が反射してゆらゆらと揺れる。


「蓮、のぼせないでね? 顔、赤いよ?」


「……気のせい」



 本気で気のせいじゃない。

 心臓も股間も、完全に沸騰中だ。


 けれど、彼女が見せるその穏やかな笑みが、俺の中の何かを鎮めるようでもあった。


 澄恋は湯船の縁に背を預け、夜空を見上げる。



「見て、月が綺麗。……ねぇ、蓮。こういう時間って幸せだね」


「……あぁ。ほんとにな」



 ふと、自分の中に浮かんだ思考に、苦笑が漏れた。



(——いつのまに俺って、こんな性欲オバケになったんだろ)



 昔は一週間に一度、それで満足できていたのに。今は——澄恋の隣で、ただ湯に浸かっているだけで、もう限界だ。


 でも、触れたいとか、抱きたいとか、そういう欲よりも今は、この時間を壊したくない。


 静かに流れる湯音。

 木々の間を抜ける風。


 隣にいる彼女が、そっと俺の方を見て微笑んだ。

 その笑顔だけで、俺の中のすべてが報われる気がした。



「……なぁ、澄恋」


「なに?」


「俺、やっぱり、お前と来てよかった」


「ふふ……私も」



 その言葉とともに、湯けむりの中で指先が触れ合う。そっと絡まった手のひらから、温もりがゆっくり伝わっていった。


 月明かりが湯面を照らし、紅葉が一枚、静かに浮かぶ。

 ——それはまるで、二人の恋の余熱のようだった。



 風呂から上がると、木の廊下にひんやりとした夜風が流れていた。静かな宿の中、虫の音が遠くで響いている。


 部屋に戻ると、澄恋は鏡台の前に座ってタオルで髪を拭いていた。濡れた髪が月明かりを受けて、まるで黒い絹糸のように光っている。



「ドライヤー使わねぇの?」


「うん、自然に乾かしたくて。温泉の成分、髪にいいから」



 タオル越しに揺れる首筋が、やたらと色っぽい。まだ少しだけ上気した頬、しっとりとした肌、そして浴衣の合わせ目から覗く鎖骨。


 おいおい、まだ理性を試しているのか?



「……なに?」


「いや、なんでもない」



 視線を逸らしながら、俺は澄恋の後ろに回った。タオルを取り上げて、代わりにそっと髪を拭き始めた。



「れ、蓮……?」


「風邪ひく。こういうの、俺の仕事」



 そう言って、毛先を軽く包むようにタオルで押さえた。ふわっと香るシャンプーと温泉の匂い。 思わず、頬を寄せた。


 澄恋の肩がぴくりと震えた。



「……もう、また、そうやって……」


「何が?」


「さりげなく触ってくるの、ずるい」



 鏡越しに目が合った。

 頬を染めたまま、恥ずかしそうに微笑む澄恋。その姿が愛しくて、思わず背中から抱き寄せる。


「澄恋」


「ん……」


「俺、こうしてるだけで満たされるんだよ」


「……本当?」


「ああ。……まぁ、かなり我慢もしてるけどな」



 その言葉に、彼女がくすっと笑う。



「やっぱりね。……でも、今日の蓮はちゃんと紳士だったよ」


「努力した。めちゃくちゃ頑張った」


「すごくえらいよ」


 澄恋が振り向いて、そっと唇を寄せた。

 それは軽く触れるだけのキス。

 でも、その一瞬で、全身の血が逆流するような熱が走る。


 そのあと、二人で浴衣のまま縁側に並んで腰を下ろした。

 庭では虫の声と小さな滝の音が聞こえる。

 卓上には月見酒の入ったお猪口が二つ。



「……月が、すごく近く見えるね」


「そうだな。……まるで、届きそうだ」



 湯気の残る夜風が頬を撫でて、それと共に彼女がそっと肩を寄せてきた。


「ねぇ、蓮」


「ん?」


「せっかく蓮が紳士でいてくれたんだけど……私が蓮の傍にいたいの。いいかな……?」


「珍しいな。澄恋から誘ってくるなんて」



 しばらく無言のまま、二人で夜空を見上げていた。満月の光が、紅葉の葉を金色に照らしている。


 月明かりが障子を透かして、部屋の中を淡く照らしていた。湯の香りがまだ肌に残っていて、澄恋の髪からは微かに花のような匂いがした。


 並んで座っていたはずが、気がつけば彼女は俺の胸にもたれていた。静かに、鼓動の音だけが二人の間を満たしている。


「……蓮」


「ん?」


「——好き。蓮、愛してる」


 その言葉に胸の奥が熱くなっていく。

 気づけば自然に、彼女の頰を包み込んでいた。


 ゆっくりと唇を寄せる。

 触れるだけのつもりが、澄恋の指が俺の浴衣をギュッと掴んで離さなかった。


 唇が重なって、息が混ざる。

 吐息が触れ合って、互いの温度を確かめ合う。


 焦りはなかった。

 ただ、心の奥にある「愛している」が、静かに形になっていく時間だった。


 肩に手を添えて、髪を指に絡める。澄恋の指先がそっと俺の頬をなぞる。その仕草ひとつで、言葉よりも深く気持ちが伝わった。



「澄恋、ごめん。もう耐えられそうもない。我慢やめていい?」


「うん……、私ももう、我慢できない」


 唇がまた重なって、長く、深く。

 どちらが先に息を求めたのかも分からないまま、ただ互いの存在を確かめるように、ゆっくりと時間が溶けていった。


 やがて彼女が額を俺の胸に押し当てる。

 髪の隙間から覗く頬がほんのり赤く染まっていく。

 月明かりが二人を照らす。もう何も言葉はいらなかった。


 触れた手の温もりと、胸の鼓動と、夜の静けさだけが確かな現実だった。


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