第4話 お互いの恋愛事情
デート当日。俺の仕事終わりに合わせて待ち合わせることにした。
駅前のロータリー近くの広場。待ち合わせの十五分前にも関わらず、背筋を伸ばして待っている姿を見た瞬間、心臓がギュッと縮まって息ができなくなりそうだった。
「お待たせしてスミマセン。澄恋さん……ですよね?」
声を掛けると、それまで俯いていた彼女の視線が俺に向けられ、あっという間に顔が赤く染まった。
「い、いえ……! 私が早く来すぎただけなので、気にしないでください! えっと……音無さん、お勤めお疲れ様でした」
綻ぶような笑顔で労われ、また心臓がギュッと握りつぶされる。
出会い頭でこんなカウンター喰らって、どうすんだ、俺。
清楚系の白いワンピースに紺のカーディガンを羽織って、髪もサイドの編み込みをもう片方の耳元で留めて、手が込んでいること一目で分かる。
(自分とのデートで、こんなに気合を入れてくれるって……嬉しいものだな)
緩んでしまう口元を隠すように手で覆いながら、俺は予約した店を彼女に告げた。
「地中海の食事が楽しめる……って言えばオシャレに聞こえるかもしれないけど、要はパエリアとか魚介類のコース。それを予約したんだけど、大丈夫だったかな?」
「はい! 貝類好きです。オリーブの実も好きで、よくサラダに入れて食べたりしてます」
一生懸命見上げながら、慣れないヒールでついてこようとしている。時折躓きそうになる彼女の背に手を添えながら、彼女の歩調に合わせて歩き出した。
「あ……っ、ありがとうございます」
「ん? いや、それくらい当然でしょ。俺と会うためにオシャレしてくれて、それだけで嬉しいし。デート中くらいは俺にカッコつけさせてくださいよ」
安心させるように微笑んだつもりだったんだが、彼女は少し不安そうな顔をして視線を逸らしてしまった。
——ん? 下心が滲み出すぎた?
「……音無さん、カッコ良すぎます……! その、今までたくさんの女性とお付き合いをされてきたんですか?」
やっぱり、その話題は避けては通れないよな。
覚悟していた質問に、俺は軽く咳払いをして気持ちを落ち着かせた。
「……まぁ、それなりにお付き合いは経験しています。ただ、こう言っていいのか分からないですが、基本的に長くお付き合いした方は少ないです。仕事や趣味を優先させたり、あとは交際相手との相性の問題だったり……。なので半年以上続いたことはなかったかな……?」
「そうなんですか……? 飽きっぽい性格なんですか?」
「飽きっぽいっていうか……理想は、高かったかもしれないですね。付き合ってみたのはいいものの、何か違うなーって思ったり。そういう気持ちって相手にも伝わるんでしょうね。だんだん気持ちが冷めていって、自然消滅——みたいな感じでした」
——実際はワンナイトや遊びの付き合いが多かったのだが、ここで言うことではないのでオブラードに包むことにした。
そういう彼女はどうなのだろうか?
今まで、この柔肌に触れて、愛らしい唇を貪ってきた男がいると思うとイライラが止まらないが、聞かずにはいられなかった。
「澄恋さんは、今までどのような方とお付き合いを?」
「私は……その、ないです」
「え?」
「男性の方と交際した経験が……ないです。それどころか友人と呼べる人も少なくて……」
マジか!?
予想外な答えに、俺は思わず言葉を失っていた。
こんなに可愛いのに? こんなに攻め甲斐がありそうなのに? 草食化にも程があるだろうが、回りの男子共よ!!
「高校までずっと女子校だったので、男性との縁もなくて……! それに、私……口下手でお話も苦手だし、つまらない人間なので」
大粒の涙を浮かべながら顔を真っ赤にして自身の羞恥について語る彼女を見て、俺は首を振って肩を叩いた。
「つまらなくはない。少なくても俺は澄恋さんといるの楽しいので、そんなに卑下にしないでください」
「でも、実際——……」
澄恋さんはバッグの取っ手を強く握りながら、覚悟したように口にした。
「音無さんとのお見合いの前にも、三人くらいお断りされているんです。全然、愛想よくもできなかったし、話にもついていけなくて」
きっと彼女にとって、《《選ばれなかったこと》》がコンプレックスだったのだろう。
確かに第一印象の彼女は、冷徹で恐そうなイメージが勝っていた。だが、この見た目で社長令嬢。条件だけを見ればかなり優良なはずなのに?
「だから音無さんにも愛想を尽かされるんじゃないかって思ったら、不安で不安で……。やっぱり音無さんも《《真由》》を選ぶんじゃないかなって——……」
「澄恋さん——!」
俺の呼びかけで、やっと我に戻った彼女は、アワアワと口元を手を覆いながら慌て出した。
「ご、ごめんなさい! 私、また変なことを口にして!」
「いや、大丈夫ですよ。そもそも、澄恋さんに興味がなければ、食事になんて誘わないし。それに、やらかしなら俺のほうがしてるし」
「そ、そんなことないです! 音無さんはずっとずっと素敵です!」
いやいや、この子大丈夫か? 俺、大分やらかしてるぞ?
それでも懸命に俺をたてようとしてくれる彼女に感謝しつつ、俺は彼女の手を取って笑った。
そもそも始まったばかりなのだ。良いところも悪いところも曝け出して、互いを知り合う為に会っているのだ。
「とりあえずお店に向かいましょうか。俺はもっと澄恋さんのことが知りたい」
今にも逃げ出しそうなくらい真っ赤になった彼女の手を引きながら、俺達は予約していた店へと歩き出した。