第39話 そうだ、◯◯に行こう
とある昼過ぎのことだった。
佐久間が取った電話で、俺は地獄を見る羽目になった。
「——え? 責任者……ですか? いや、今回の場合は、ウチの責任じゃないですよね?」
歯切れの悪い会話から、回りが騒つく。それも仕方ない……。電話を取ってから彼此一時間近く同じ会話を繰り返している。新規で契約した顧客からのクレームらしいのだが、どうも理不尽な難癖をつけられているらしい。
生憎、今この場で対応ができるのは俺しかいない。やむ得ず電話を代ったのが最後だった。
『お宅の商品、不良品だったの! 責任持って詫びを持ってこい!』
「かしこまりました。では、私が責任を持って参りますので、お客様の住所をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「◯◯県の山間部だよ!」
「——◯◯県ですか?」
どうも通販で購入した自社商品に不良があったらしく、新品をもってこいと言っているようだが、数千円の商品に飛行機に乗って詫びに来いと言っているようだ。
あからさまな嫌がらせだ。
更に調べてみると、クレームの常習犯で様々な会社に難癖をつけている情報が出回っていた。
しかるべき対応を取るべきか……。
結局、俺は悩んだ挙句、了承することにした。
「…………申し訳ないが、今日と明日の俺の予定はキャンセルにしてもらっていいか?」
「え、音無……行くのか?」
「受けた以上は、行かないわけにはいかないだろう……。仕方ねぇよ。この手のクレーマーは放っておくと、何をしでかすかわからねぇからな」
至急、飛行機とレンタカー、そしてホテルの手配をして、俺はどんよりした顔のまま自宅に戻ることにした。
家に帰ると、いつもより早めに帰ってきた俺に驚きつつも、嬉しそうに迎えてくれた澄恋の笑顔に癒された。
ご飯の支度を始めようとした矢先だったらしく、エプロンをつけていた。
「今日は早かったんだね。今晩はシチューを作ろうと思っていたところだよ」
シチューか……美味そうだな。
普段の俺なら喜んで抱きつくところだが、今日は今から支度をして空港へ向かわなければならない。
「食べたいのは山々なんだけど、実は今からお客様対応で他県まで行かないといけなくてさ」
「え……? 今から?」
「なんでも住んでいるのが◯◯県の山間部らしくて、今から飛行機に乗って前乗りしてねぇと、明日がキツくなるそうなんだ。スムーズにいけば明日戻ってくれるかも知れないけど、下手したら戻りは明後日になるかも」
澄恋の顔も暗くなっていく。
せっかく俺の為に手料理を作ろうと思ってくれていたのに、申し訳ない。
すると、しばらくの間黙っていた澄恋が、ボソッと呟いた。
「……それって、私も一緒に行ったらダメかな?」
「——え?」
「仕事だって分かっているんだけど、商品を届けに行くなら……。その、空港からご自宅までは蓮が一人で運転して届けに行くんでしょ? 一人じゃ大変そうだし……邪魔にならないなら」
いや、邪魔どころか、めちゃくちゃ嬉しいんだけど!
タチの悪いクレーマーに当たったと落ち込んでいた気分が、一気にテンションが上がった。平日ってこともあり、飛行機もホテルも空きはある。念の為に澄恋にもスーツを持参してもらって、二人で向かうこととなった。
「……ってか、もしかしてコレ、二人での初めての外泊じゃねぇ?」
「そうだね。蓮の仕事絡みだけど、こうして二人で行けるのは嬉しいかも」
あー、こんなことならもっといいホテルを手配すれば良かった。ただ泊まれればいいと思って、ビジネスのシングルしか頼まなかったのだ。とりあえずツインに変更してもらう際に、部屋のグレードは上げてもらったのだが、対して変わりはない。
「あー、悔しい。澄恋との初旅行になるなら、もっと下準備をしたのに」
「そんな、気にしないで! 私……ただ蓮と一緒にいたかっただけだから、一緒にいれるだけで十分だよ?」
この子、本当に良い子過ぎて、心配になるんですけど?
こう言っちゃなんだが、地方の山間部……観光旅行に行くのとは違って、本当に俺のサポートの為だけについて来てもらうようなものだ。つまらないのも目に見えているのに、いいのだろうか?
「とりあえずは空港まで行かないとだね。あのね、空港にあるパン屋さんが美味しいって評判なんだよ。一緒に食べよ?」
「うん、パンの一つや二つ、なんでも買ってやるよ」
嬉しそうに笑みを浮かべる彼女を見て、俺まで気持ちが浮ついてしまう。
「私、蓮の足を引っ張らないように頑張るから、色々ご指導お願いします」
「こちらこそ……! んじゃ、準備が出来次第、行こうか?」
こうして俺達は、思いがけない形で一緒に県外へと向かうこととなった。




