第36話 変態な俺と真面目な後輩くん
澄恋と同棲を始めて数日が経った頃。
俺は毎日調子が良くて仕方がなかった。
まず、毎日澄恋の料理が食べられる。澄恋の笑顔に癒される。
そして何より、朝起きた瞬間に澄恋のオッパイを愛られる——!
「本当、あまり調子に乗ってると、澄恋さんに愛想尽かされるぞ、音無」
昼飯時、俺は久々に湊人さんと一緒に近くの蕎麦屋に来ていた。
え、調子に乗っているってどう言う意味?
全く調子など乗っていない。むしろこれが通常運転だが?
「……そうだよな、それが音無にとっての普通だもんな。むしろ自重しないと振られるぞって言う方が正しいか」
蕎麦を啜りながら恐ろしいことを口にする先輩。けれど、澄恋が俺を振るなんて、考えられない。毎日あれだけ好きだと言い合っているのに?
「いやいや、澄恋に限ってそんなことは——……」
「でも、人生何があるか分からないもんだよ。気をつけるに越したことはないだろう?」
この時の俺は話半分にしか聞いていなかったが、まさか本当にそんな危機が訪れるなんて、想像すらしていなかった。
『今日、ゼミの親睦会があって、遅くなります』
——チーン(御愁傷様)
まさかのカウンターに、しばらくの間、スマホを持ったまま固まってしまった。
え? 家に帰っても澄恋がいないってことか!?
いや、それ以前にゼミの親睦会って——《《男と一緒に飲む》》ってことか!?
前までは冴えない喪女だった澄恋だが、今は誰もが振り返る美少女へと変貌を遂げた。会話ができないコミュ障でもなくなった。
と、いうことは……澄恋に近付く輩が増えるかもしれないのだ!
焦った俺は、急いで澄恋に親睦会の会場を聞き出した。
いやだ、出来ることなら行かせたくない。自分の知らないところで男といることも、飲んで無防備な姿を見られることも、全部が許せない。
俺のただならぬ雰囲気に、佐久間が口を出してきた。
「音無先輩、何してるんッスか?」
「いや、別に? 澄恋が大学の飲みに行くって言うから、探りに行こうかなと思って」
「うわっ! マジっすか!? それは流石にドン引きっすよ、先輩! 自分のテリトリーくらい自由にさせてあげないと、束縛彼氏として訴えられるッスよ?」
——それは困る。
澄恋の邪魔ができたところで、嫌われてしまったら元の子もない。けれど、押しに弱い澄恋だがら、断れなくてズルズルとホテルまで連れ込まれる可能性も低くはない。
それどころか、睡眠薬や媚薬を盛られて集団で強姦でもされたら!
「そんな言って、万が一澄恋に何かあったら、佐久間責任取れるのか?」
「え? な、何の責任っスか?」
「澄恋が寝取られた場合、お前はどう落とし前をつけるんだ?」
「いや、そんなのAVや同人の世界だし! 現実じゃあり得ないッスよ?」
「でも、俺が一緒の飲み会に参加してたら、絶対に口説く……。あんなに可愛い子がいて、放っておけるわけがない」
「——音無先輩、重すぎっス。それは流石に引くレベルですよ?」
うるせぇーなー。
別に誰にも迷惑掛けてないからいいじゃねぇか。
そもそも、今までゼミの飲みとか誘われなかった澄恋が、急に声をかけられたのも引っかかるんだ。
「……俺だって、澄恋が楽しむことが一番だって分かってるよ」
闇雲構わず邪魔しようってわけではないんだ。
とりあえず俺は、迎えに行くことを理由に店を聞き出して、近くで監視することにした。
そして、飲み会真っ最中。
俺は変装用に私服に着替えて、黒縁メガネのオールバックで店内に潜んでいた。
奥の席では大学生達が和気藹々と騒ぎ立てている。案の定、澄恋は複数の男子に囲まれて質問攻めを喰らっている。
「くそぉー……っ、アイツら、距離近くねえまか? 俺の澄恋に触れるなんて!」
困っている顔の澄恋の都合も考えずに、ベタベタと触る。なんなら腰に手を回して——!
だが、席を立とうと思ったその時、さり気なく男を遠ざけて、気遣う好青年が仲裁に入った。
『早瀬さん、大丈夫? 変なことされなかった?』
『いえ、大丈夫です。助けていただいてありがとうございました』
そんな会話が聞こえてきそうな、爽やかな空気が漂っている。悪い奴ばかりじゃないのはよかったけれど——え? え??
(あんな好青年が傍にいたら、俺、振られるんじゃねぇか?)
ただでさえ俺は、澄恋に変態なことしかしてない。同棲してからはイチャイチャしかしてない。
(今までは憧れだった俺に片思いを続けていたけれど、現実の俺は救いようのないド変態だったし、愛想尽かして他の男にいってしまっても仕方ない……)
今になって色々と反省した。
こんなことなら、変態行為は控えて優しくすればよかった。悶々と一人で落ち込んでいたが、スマホが鳴っていることに気づいて慌てて取った。
着信者は澄恋。
気付いたら学生達の飲み会は解散していて、それぞれバラバラになっていた。
出るのが怖い気もするが——……俺は通話のボタンを押した。
『あ、蓮! 遅くなってごめんなさい。今、飲み会が終わったから、今から帰るね』
律儀に連絡を入れる澄恋。それに比べて俺は、心配で監視をしていたなんて、器の小ささに幻滅してしまう。
「——澄恋、ごめん。実は俺も同じ店にいる」
『え? 何で?』
「澄恋のことが心配で……。ゴメン」
しばらく沈黙が続いてから、通話が切れた。
——え? マジで?
こんなタイミングで切れるって、相当ご立腹なんじゃないか!?
「嘘だろ、佐久間の言う通りになっちまった!」
スマホの画面が真っ暗になって、まるで胸の奥の光まで消えたみたいだった。……終わった。俺、やらかしたかもしれない。
俺は頭を抱えながら、一人で唸っていた。




