第2話 この男、変態につき注意
そう、俺は元々……こういった無表情な女が動揺する様子に堪らなく興奮を覚えるような変態だった。
図書館で自主勉強をするような優等生や、コツコツと奉仕作業をこなす無口な女子生徒。メガネを掛けてキッチリと髪を結った女教師とか。
(色んな女と遊んでいるうちに忘れかけていたけど、元々はクール系女子が好きなんだよな。この人形のような顔が動揺したり、快感に歪む瞬間に堪らなく興奮を覚えるんだった)
そういう意味ではこの女……早瀬澄恋は条件を満たしていた。
グラマラスではないが、スレンダーな割に胸は豊やかに見える。親のお膳立てというのは気に食わないが、今まで回りにいなかったタイプの女性だ。大和撫子——とでも言うべきか?
今も俺の後ろを三歩下がって距離を取りながら歩いている。
「あの、澄恋さん。せっかく一緒に歩いているのに、そんなに離れていたら話せないんですが?」
「え、あ……っ、すみません……っ! 私、その……」
動揺する様子が可愛い。
彼女が焦れば焦るほど、顔のニヤケを我慢するのが難しくなる。俺は口元を手で隠しながら、必死に誤魔化した。
「着物、歩きにくくないですか? よろしければお手をどうぞ」
切れ長な彼女の目が、大きく開かれた。
アワアワと唇を噛み締めて、ゆっくりと互いの指を近づけて……「お願いします」と声を絞り出した。
ゾクゾクゾクと鳥肌が立った。
嫌悪感ではない、興奮だ。
俺は生唾を飲みながら、必死に平常心を保とうと笑顔を装った。
彼女の白魚のようなきめ細かな手は、触れただけで心臓が跳ねるほどの柔らかさだった。懐かしい感覚だった。やっぱり男にはない、女性特有の柔らかさに心が躍った。
「あの、音無さんは……どうして……」
「ん?」
「どうしてお見合いに来てくれたんですか? その、正直……ずっと断られていたから、今回も来てくれないかと思っていたので」
なんでと言われると、言葉に詰まる。
『親に言われたから?』
『失恋したから、新たな出逢いが欲しくて』
だが、素直に言っていいのだろうか?
目を瞑って数秒間悩んだ末に、俺は素直に白状することにした。
「俺、好きだった人に振られたんです。ぶっちゃけ、これ以上に人を好きになれるのかって思うくらい……自分の中では真剣だったので」
その相手が男だったんです——とは、流石に言えなかったが。
俺の言葉に驚きながらも、彼女はきちんと受け止め、小さく唇を噛み締めていた。
「……カッコ悪い理由で申し訳ない。情けないだろ、こんな男」
自分でも呆れて嘲笑がこぼれる。だが、澄恋さんは首を強く横に振った。
「カッコ悪くなんてないです……きちんと自分の気持ちを告げる音無さんは、素敵な人だと思いました」
困ったように笑う顔が、かつての想い人と重なって見えて、俺の心臓は大きく爆ぜた。
スゲェー……単純。我ながら呆れるほど、呆気なく落ちてしまった。
「……もし、澄恋さんさえよければ、また会ってくれませんか?」
「え……?」
「俺、もっと澄恋さんのことが知りたいです」
真っ直ぐで、受けてしまえば逃げることが許されない言葉だったにも関わらず、彼女はコクンと小さく頷いて「よろしくお願いします」と、受け止めてくれた。
数十分前までは無理だと決めつけていたのに、何という心変わりだろう。
だが、このチャンスを逃してしまえば、俺は後悔すると思った。なるふり構っている場合じゃない。
俺達は連絡先を交換し合って、次の約束に漕ぎつけた。
「……ところで澄恋さんは、普段は何をされているんですか?」
「えっと、私は大学で薬品開発を専門に研究したりしています。専らラボにこもって、色々としてることが多いです」
「へぇ、そうなんですね。所謂、理系女子なんだ。それじゃ、モテるでしょ? 白衣を着た美人って、唆られますもんね」
煽るような言葉に、彼女は首元まで真っ赤にして動揺し始めた。
「そんなことは……ないです。きっと回りの人は、私のことなんて女として認識していないというか、完全に喪女扱いなので相手にされてないです」
……そう、ずっと不思議に思っていたのだ。
なぜ彼女は、こんなに綺麗で美人なのに自己肯定感が低いのだろうか?
喪女って、恋愛経験がない女性——だよな?
「んじゃ、次会った時は白衣姿で会ってくださいよ。俺、白衣の美人をずっと啼かせたいと思っていたんですよね」
「な、なか……せたい?」
彼女が理解できないと首を傾げた瞬間、しまった——……と、酷くやらかしたことを自覚した。
本音と建前が逆だ!
普段ならこんなミスをしないのに、何してんだ、俺は!
「なか、いや、困らせたいというか、その、これは言葉のあやでー……」
言い訳を重ねれば重ねるほど、墓穴を掘っていくのが分かる。くそ、穴があったら入りたい!
(親父、すまない! お見合い成功どころか、親父の顔に泥を塗る結果になってしまったかもしれない!)
必死に謝罪の言葉を考えていたその時だった。
「よく分かりませんが、音無さんは……白衣がお好きなんですね。ふふっ、それならいつか……お見せします」
まるで天使のような優しい気遣いに、俺は心臓を鷲掴みにされた気分だった。いや、女神か? 普通ならドン引きの言葉なのに、優しすぎるだろう!?
「音無さんからの連絡、待ってます。私、社交辞令とか好きじゃないので、嘘なら今すぐおっしゃって下さいね?」
「いや、社交辞令じゃないです……! ちゃんと、連絡します」
「分かりました。お待ちしてます」
こうして俺達のお見合いは、次の約束に繋げて終わった。