8話 3要素
「そろそろ、実技を教えてくださいよ。パルタ先生」
私は芝の上に倒れたまま、馬上に声を投げかけた。
「一体なんの実技です? 馬術なら今まさに教えているところですが」
「馬術はもう結構です。マスターしましたので」
「たった今、落馬しておいて馬鹿なことを……」
胡乱な面持ちのパルタ先生の前で、私は実際に馬を操って見せた。
屋敷の庭を囲む鉄柵を跳び越えつつ振り返りざまにピースする離れ技を見せると、パルタ先生は口をあんぐりさせて絶句してしまった。
私が死に戻りを始めてそろそろ30周目になるだろうか。
薬草学にせよ、魔法学にせよ、座学のほうは9割方マスターしてしまった。
体感では1か月経っていても、実際の時間では1日と経過していない。
勉強というものは本来、覚えたり忘れたりを繰り返しながら徐々に頭に染み込ませていくものだが、忘れる前に殺されるせいか、学んだことは漏れなくすべて私の頭の中にインプットされていた。
スポンジのように吸収するとは、まさにこのこと。
天才にでもなった気分だった。
「いろいろ訊きたいことはありますが、まあ、あなたがやる気を出すのは夏に雪が降るほど珍しいことです。いいでしょう。それで、なんの実技がお望みなのです?」
「はい。魔法をぶっぱなしたいです先生」
「そのためにも、まず座学からですね」
パルタ先生は馬鹿な子をたしなめるように言った。
座学はもう十分すぎるほどやったのだが、先生はそのことを知らない。
どう伝えたものだろうか。
「お堅いこと言わず、教えてくださいよ。もー」
あれこれ考えた挙句、私は馴れ馴れしく二の腕をつんつんした。
パルタ先生は変に言いくるめようとするよりも素直に甘えたほうがなびきやすい。
この1か月で学んだことのひとつだ。
「では、魔法の行使に必要な3要素を言ってみなさい。最低限このくらいわからなくては話になりませんよ」
そんなのは自分の歳を答えるくらい簡単なことだ。
「魔力・詠唱・信仰心だとされています」
私はよどみなくそう言った。
「されています、ですか。妙に含みのある言い方ですね」
パルタ先生は目ざとく私の機微を読み取り、切り込んでくる。
この世界では、魔法は「神が与えし超常の力」だと考えられている。
だから、魔法の行使には、神を称える祝詞を詠唱し、まことの信仰を捧げる必要があるとされているのだ。
でも、私はその言説に懐疑的な立場だ。
そもそも、私は神なんて信じていない。
信じるものがあるとすれば、科学だけだ。
「私は、魔法の発動に必要なのは『信仰心』ではなく『理解』だと考えています」
この国は、未だ中世の世界観の真っただ中にある。
科学なんて高尚なものは発達していない。
なぜ空が青いのか。
なぜ物が下に落ちるのか。
そんな簡単なことさえ誰にもわからない。
だから、足りない「理解」を「信じること」で埋め合わせする。
神に祝詞を捧げ、祈りの力によって魔法を強引に成立させているのだ。
でも、私は科学の申し子だ。
奇跡は信仰ではなく、理解によって起こされる。
そんな世界で育ったのだ。
私は手のひらに魔力を集中させた。
イメージするのは、真っ赤な炎だ。
燃焼にも3要素がある。
可燃物・酸素供給源・点火源だ。
可燃物には私の魔力を。
酸素はそこらへんにいっぱいある。
点火源は生体電気を増幅させた静電気で足りるだろう。
親指から小指へ、パチンの青い稲妻が走ると、手のひらの上で真っ赤なほむらが燃え上がった。
「魔法って簡単ですね、先生」
「そんな、まさか……。ルピエットさんが魔法を、それも無詠唱だなんて……」
パルタ先生は犬がしゃべったみたいな驚き方をしている。
失礼だな、もう……。
そんなことより、今は魔法だ。
無詠唱で使えるとなると、速射性が格段に上がる。
暗殺者の虚を突くこともできるはずだ。
「でも、まだ火力不足だな……」
これでは松明の代わりにしかならない。
ここからは、応用編といきますか。
どれだけ火力を上げられるか、実験だ。




