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6話 爆ぜる決意


 パルタ先生に引きずられて医務室にやってきた私は、いつもの流れでベッドに横たわった。

 今日一日安静にするように言われ、後は殺されるのを待つばかりだ。


「クラウト先生、薬草図鑑を貸していただけますか」


 普段通りなら私のことなど無視して医務室を出ていくはずのパルタ先生が、レンガブロックみたいな分厚さの本を持ってベッドサイドにやってきた。


「さあ、ルピエットさん。時間を無為にするものではありません。ここには、薬草も豊富ですから、薬草学のイロハを教えておきましょう」


「あの、私、いちおう怪我人だから安静にしていないといけないのですが」


「ええ、安静になさい。わたくしの講義を子守歌にするとよろしいでしょう。居眠りはあなたの数少ない特技ですものね」


 軽蔑と嫌悪が入り混じったおっかない目が射殺すように睨んでいる。

 こんな状況で居眠りできるのだから、ルピエットの神経は樹齢1000年の巨木よりも太いに違いない。


「えっと、パルタ先生。どうせなら、私はクラウト先生に教わりたいのですが」


「クラウト先生は王国にも二人といない薬草学の権威なのですよ。あなた風情では教えを受けるレベルにありません。無知な人ほど自己評価が高いものです。自分が愚かであることにさえ自覚的ではないのですから」


 クラウト先生が同情の視線を残して医務室を出ていった。

 彼は、一日の半分はここで昼寝している。

 パルタ先生の前ではさしもの学会の巨星もくつろげないということだろう。

 それだけに、居眠りできるルピエットの異常さが際立っている。


 かくして、パルタ先生の薬草学講座が始まった。

 私のベッドには身動きできないほどの小瓶が並べられていて、緑やら紫やらの薬液が白いシーツに色とりどりの光を投げかけている。


赤爆アカハゼ草を取り出すときに、瓶を逆さにしなくてはならないのはなぜですか? 答えなさい」


「はい。アカハゼ草が発する支燃性のガスが空気より軽いためです」


「正解です。ルピエットさんにしては上出来な回答です。では、実際にやってみなさい」


 私は逆さまにした瓶から赤紫色の葉を鑷子で掻き出した。

 パルタ先生は絶対中身をこぼすと思っていたらしく、私が器用に栓をし直すと呆気にとられた顔になった。

 少しは見返せたかなと思った矢先、パルタ先生は烈火のごとく怒り出した。


「アカハゼ草を酸化剤と並べて置いてはなりません! 万が一、混ざるようなことがあれば大爆発を引き起こしますよ! どうして、あなたはこんな基本さえもわからないのですか!」


 パルタ先生は張り倒すような声を上げて、私の手の甲を鞭で叩いた。

 教わっていないことは知らなくても当然ではないだろうか。

 そして、教えるのは誰あろう先生の役目だ。


「痛いです、先生」


 私はムッとして睨み返した。


「痛くしているのです。覚えの悪い教え子には100冊の教本よりも1つの痛みが学びとなるのです。あなたの場合は1つでは足らないようですがね」


 そう言って、さっきよりずっと強く鞭を振るった。

 皮膚が裂けるような痛みがするのに、手の甲には傷どころか腫れすら見られない。

 上手に叩きやがって。

 これじゃ体罰を告発できないじゃないか。


 腹立たしい思いと同時に私の胸の内にはよこしまな思い付きが台頭していた。


「そっか。アカハゼ草と酸化剤を混ぜると危険なんですね」


 フフ、これは使える。

 剣も槍も弓も試したが、まだ爆発物は試していなかった。

 私は学びを得た。

 学びは活かしてナンボだ。


 そんなわけで、私は先生方の目を盗み、混ぜるな危険の小瓶をくすねた。

 さすがに屋敷の中で試す気にはならない。

 夕暮れを待って家を抜け出す。

 王都の路地裏に駆け込み、周囲が石壁に覆われた場所でそのときを待つ。


「……」


 来た。

 闇の中から生まれ落ちたような黒衣の人影。

 その手には鈍く光るククリナイフが握られている。


 暗殺者が一歩目を踏み出したその瞬間、私は手製爆弾を投擲した。

 石畳にぶつかった2つの瓶がけたたましい音を立てて砕け散ると、空が割れるような轟音が路地を押し揺らした。

 真っ赤な息吹が周囲を舐め尽くす。

 私は自分の髪が焦げる臭いを嗅ぎながら、体を起こした。


「暗殺者は……」


 いた。

 炎の壁の向こう側に見える。

 黒衣の半分が消し飛んでいたが、何事もなかったかのように立っている。


「そんなことだろうと思ったよ」


 私もそのつもりで用意してきた。

 2つ目の爆弾を懐から引っ張り出し、私は剛速球投手のように振りかぶった。

 何かがきらりと光った気がする。

 赤い壁を突き抜けて銀の閃光が飛んでくる。

 それは、寸分の狂いもなく私の心臓を刺し貫いた。


「ぁ」


 胸に生えたククリナイフを見ながら私は後ろ向きに倒れた。

 耳の横で何かが割れるような音が連なる。

 紅蓮の光に呑まれた私は、いつの間にか青空を眺めていた。


「パルタ先生、私、今日から真面目に自分を磨きます」


「急にどうしたというのです? 頭でも打ちましたか」


「はい。頭を打ってまともになりました。私、わかったんです。素人の浅知恵ではその道のプロに土をつけることはできないって」


 小手先の変化ではダメだ。

 もっと本質的な力を手に入れないと。

 強くなるのだ。

 暗殺者より私のほうが強ければ殺されることなどなくなるのだから。


 私には無限の1日がある。

 この1日で最強を目指すのだ。


「先生!」


 私は元気よく跳び起きた。


「剣も魔法も学問も、全部極めれば無敵だよね!?」


「はい?」


「私に全部教えてください! 先生ならば私みたいなポンコツでも、ひとかどの戦士にできるはずです!」


「はあ。なんだかよくわかりませんが、不思議とやる気は伝わりました。いいでしょう。もとより、あなたをひとかどの戦士にするのが私の務めです。……ぇ、戦士?」


 パルタ先生の顔が怪訝に歪んだ。

 言質は得た。

 さて、ここから始めよう。

 私の大逆転劇を。

 いつか来たる、勝利の日のために。


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