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5話 見えない勝機


 3周目。

 私は素早く体を起こすと、馬に飛び乗った。


「ハイヤハイヤ!」


 馬の扱い方なんてわからないが、窮すれば通ず。

 テキトーにバタバタしていたら、馬は軽快に走り出した。


「一体どこへ行くつもりなのですか、ルピエットさん!」


 パルタ先生が怖い顔で追いかけてくる。


「どこって殺されないところですよ! とりあえず、王都を出ます!」


「殺すだなんて、まあ! わたくしはたしかに厳しいことも申しますが、教え子を手にかけるようなことはいたしませんよ! 失礼な!」


「誤解です、先生! ――わわっ!?」


 制御を失った私の馬は驚くべき脚力で大地を蹴ると、高い鉄柵を跳び越えて表通りの石畳にひづめの音を響かせた。

 馬の首にしがみついたまま振り返ると、パルタ先生の唖然とした表情が鉄柵の向こうに見えた。

 きっと頭を打っておかしくなったとか思っているのだろう。

 どう思われても構わない。

 今はとにかく少しでも遠くに逃げないと。


 私を狙っている黒衣の暗殺者は、守りを固めた3階の寝室にも苦もなく忍び込んできた。

 一介のアサシンなんてとんでもない。

 あれは、かなりの名うてだ。

 暗殺者業界の第一人者とかに違いないのだ。

 屋敷にいたら殺されるのを待つだけ。

 今はとにかくあてどなく逃げ回るしかない。

 私はがむしゃらに馬を走らせ続けた。


 太陽が一番高く昇る頃、ついに馬が嫌だ嫌だと首を振り、足を止めた。

 王都を出て街道沿いに進んだ森の中。

 なんという森かは知らないが、昼間だというのに夜のように暗い鬱蒼とした森は身を隠す側としては心強く思えた。

 私はおたおたしながら下馬した。


「ここまで逃げれば、とりあえず大丈夫だよね」


 なんて言わないほうがよかったかもしれない。

 パキッ、枝を踏むような音がした。

 ぞっとして振り返った瞬間、私の喉の下に銀の刃が滑り込んだ。


「大丈夫ですか、ルピエットさん」


 パルタ先生が冷たい目で見下ろしている。


「いえ、先生。全然大丈夫じゃないです。どこまでも追ってくるんです。すごいですよ、あの人。ジェット機にまたがっても逃げられないかもしれないです……」


 どうやら、暗殺者は明るい時間帯から私を監視しているらしい。

 逃げたら逃げたで追いかけてきて殺される。

 逃げなくても夜陰に紛れて殺される。

 八方塞がりだ。


 いや、まだ活路はある。

 逃げてもダメ、隠れてもダメ。

 ならば、戦えばいいのだ。

 幸い、相手は単独犯だ。

 勝機はゼロじゃない。

 剣も魔法も自信はないが、窮鼠猫を噛むという言葉もある。

 差し違える気で挑めば勝ち筋を見出せるはずだ。


 そう思って果物ナイフで迎え撃ってみたわけだけど、


「大丈夫ですか、ルピエットさん」


 結果は瞬殺だった。

 何をされたのかすら、わからなかった。

 気づけば、馬の尻とパルタ先生のご尊顔を見上げている感じ。


「フッ。やるじゃない」


「は?」


「でも、戦いはまだ始まったばかりだよ?」


「あの、……は?」


 初戦は完敗だった。

 だが、私は一度でも勝てればいいのだ。

 何連敗しようとも、ただ1勝すれば私の勝ちなのだ。

 まぐれでも偶然でもなんでもいい。

 勝てば勝ちなんだ。

 そして、負けても負けじゃない。

 何度でもやり直しがきく。


「見せてあげるわ。ここに不屈の戦士がいることを」


「来なさい。すぐに、頭を診てもらいましょう」


 パルタ先生に羽交い絞めにされて医務室に連行される。

 薬草を煮詰めるクラウト先生の隙を突いて廊下に飛び出すと、私は刀剣類を収めた部屋で重装備に身を包んだ。

 さあ、どっからでもかかってこい。


 そんな日が10日ほど繰り返された。

 結果はというと思わしくない。

 待ち伏せしても、不意打ちしても、飛び道具を使っても、チャンスすら巡ってこない。

 一瞬で殺される。


「これ、ダメだな。10連敗だ。それも、1000回やって1000回ダメなやつだ」


 暗殺者と私。

 同じ一人の人間なれど、彼我の実力差は天地ほどもかけ離れている。

 あの暗殺者は相撲でいうなら横綱だ。

 そこいらのJKにすぎない私がふんどしをまいたところで、太刀打ちなどできようはずもないのだ。


 それでも、絶対はない。

 1億回やれば3回くらいは勝てるだろう。

 ただ、そんな回数読み込んだら、セーブデータが壊れてしまうかもしれない。

 死に戻りの力にはわからない点も多い。

 無暗に屍を重ね続けるのは上策とは言い難い。


「うーん。でも、じゃあ、どうすればいいんだ?」


「周りを頼りなさい。できないことはできる人に、知らないことは知る人に教えを乞うのです。聞かぬは一生の恥ですよ」


 遥か高みからパルタ先生が見下ろしてくる。

 人を頼れ、か。

 金言だ。

 私の脳裏に真っ先に浮かんだのは専属メイドの顔だった。

 メイドと呼ぶには殺傷力が高すぎるあの子なら、暗殺者と渡り合うこともできるはずだ。


 パンパンと柏手を打つ。

 いつもなら、これで、どこにいても忠実な犬のように駆けてくるのだが、おかしいな。

 一向に姿を現さない。


「あの狂犬でしたら、今朝早く屋敷を出ていきましたよ。隣町まで買い出しに行ったようですね」


 そうだった。

 ルピエットの記憶でもそうなっている。

 帰るのは明日だ。

 明日ということは、要するに、今日が終わるまで帰ってこないということだ。


「肝心なときに番犬は不在かぁ……」


 むしろ、そのタイミングを狙われたと見るべきか。

 おのれ、狡猾なる暗殺者め……。


「さあ、ルピエットさん、馬術のお稽古を続けましょう。馬に乗れると、いざというとき助かりますからね」


「そうですね、先生。まだ騎馬戦は試していませんでした。武器庫から槍とってきます」


「どうやら、あなたが向かうべきは医務室のようですね。ついていらっしゃい」


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