40話 牢獄の女神様
一夜明けて、私は王都の中央にある衛兵庁舎を訪れていた。
暗殺者アッシーカは昨夜のうちに衛兵たちの手で庁舎に連行されたらしく、私は面会に来たというわけだ。
手続きを行っている間に、衛兵が彼女の生い立ちについて教えてくれた。
いわく、アッシーカは元・孤児で、暗殺者ギルドなる闇の組織によって育てられたのだとか。
幼い頃から暗殺術を仕込まれ、彼女は並ぶ者なき暗殺者へと成長を遂げた。
しかし、やはり心根のほうは優しい人物だったようで、良心の呵責に苦しんだ挙句、双子の弟妹を連れて夜逃げしたのだとか。
その後、リュピエート家に使用人として拾われたところまではよかったのだが、クロベルに暗殺者だった過去を知られることとなってしまった。
そうして、ルピエット暗殺計画が始動したのだった。
無論、アッシーカは反対したらしい。
だが、双欠病を抱える双子を養うには金が必要だった。
アッシーカは愛する弟妹の命とルピエットの命を天秤にかけ、前者を選んだ。
まあ、姉ならば当然の判断だろう。
そして、私の無限ループが始まったというわけだ。
案内された地下牢はネズミが這い回るような場所だった。
下品な男たちが狭い鉄格子の隙間から腕を伸ばしている。
本来、お嬢様の私が来るべきところではなかったが、どうしてもアッシーカと話がしたかったので特別に取り計らってもらった。
「こちらです」
衛兵がそう言って小窓の覆いを持ち上げた。
厳重に管理された地下牢の中でも一等堅牢な檻の中にアッシーカは鎖で繋がれていた。
取り調べは夜を徹して行われたらしく、うつむいた姿には疲弊の色が見えた。
手荒な真似はされていないようだから、すべてを素直に自供したのだろう。
私は衛兵に金を握らせて、少しばかり散歩に行くことを勧めた。
周囲から人影がなくなってから、檻の中にささやきかける。
「アッシーカ、顔を上げなさい」
後は死刑を待つばかりの身だ。
アッシーカはすでに抜け殻のようになっていたが、私を一目見るやその目に光が戻った。
とぐろを巻いていた鎖が真っ直ぐに伸びてジャンと大きな音を立てる。
アッシーカは引き戻されながら、それでも私にすり寄り、額を濡れた石床にこすりつけた。
「申し訳ありません、ルピエット様。でも、どうか弟と妹だけは、ムルアとメルアだけは助けてあげてください。お願いします」
怯え切った様子で小刻みに震えるさまは命乞いそのものだった。
ただし、助命を求める対象は自分の命ではない。
弟と妹の命だ。
それだけで、私には十分だった。
「逃げていらっしゃい。あなたならこの程度の牢獄、抜け出すくらい訳ないでしょう?」
「……逃げる? でも、どうしてそんなことを」
「あなたに死んでほしくないからだよ」
貴族に弓引く行為は重罪だ。
死刑は免れない。
主犯格のクロベルより重い罪になるのは理不尽だが、不平を述べたところで判決は変わらない。
このままではアッシーカは早晩、斬首か、さもなくば、火刑に処されるだろう。
それは、私の望むところではない。
「ムルアとメルアだけじゃない、私はあなたのことも助けたいの。やり直す機会がないなんてフェアじゃないからね」
結局、暗殺は未遂に終わったわけだし、アッシーカは強要されて仕方なく犯行に及んだのだ。
なんの罪もないとまで言わないが、情状酌量の余地はあるだろう。
今回は不問とするべきだ。
そもそもの原因は私の妹にある。
姉が責任を取るのは当然だ。
「あなたたち3人とも、ウチで引き続き面倒を見てあげるわ。アッシーカ、あなたは私の専属メイドになりなさい」
「ぇ?」
顔を上げたアッシーカは困惑のあまり美少女という設定を忘れてしまったみたいにマヌケな顔をしていた。
別に、仏の心で慈悲を与えているわけではない。
私にも大きなメリットがあるのだ。
アッシーカは私を最も苦しめた相手だ。
乗り越えた壁は自分を守る盾になる理論で言えば、こんなに強固な盾はない。
そばにおいてボディーガードをさせれば私の生存率は格段に上がるだろう。
いつなんどき次の無限ループが始まるとも知れぬ身だ。
私はポンコツかもしれないが、有益なカードをみすみす火あぶりにするほど馬鹿ではない。
「なぁに、誰それを殺せなんて言わないよ。私のもとで護衛兼メイドをしてほしいだけ。あなたみたいに強い人に守ってもらえるなら、私も枕を高くして眠れるからさ」
私はにっこりと微笑んだ。
クロベルも言っていたが、私の笑顔には魔性の力があるらしい。
曇り切っていたアッシーカの瞳は女神を見出したみたいにキラキラと輝き出した。
大粒の涙をこぼしながら、彼女は言った。
「はい、ルピエット様。私はあなた様に永久にお仕えいたします」
「永久じゃなくていいかな。ちょっと重いし」
「いいえ。浜の真砂は尽きるとも、この想いは決して尽きることはありません、ルピエット様」
陽光を受けたダイヤモンドのように輝く大きな瞳がハイビームみたいでまぶしかった。
ともかく、まあ、こうしてルピエット暗殺事件は無事、幕を下ろしたのであった。
多少不満があるとすれば、それは、乙女ゲーム要素に乏しかったことくらいだろう。
願わくば、私の前に素敵な王子様が現れますようにと祈りつつ、私は帰路についたのだった。
これにて完結です。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
新作も投稿中ですので、ぜひ御一読ください。
『大賢者』の俺、勇者のプライドを傷つけないように無能なフリをしていたら追放される。~ごめん、勇者。俺が陰ながら支援できないから地獄だよね~
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