39話 自白と青い空
「クロベルに限ってそんなこと絶対にありえん!」
父パトシュにルピエット暗殺事件の全容を伝えると、かような言葉が返ってきた。
「お前が日中、頭に治癒魔法をかけていたことは知っているぞ、ルピエット! さてはお前、ついにそのポンコツ頭がぶっ壊れたな! だから、妹に殺されるなどと妄言を吐くのだろう!」
ひどい言いぐさがあったものである。
まるっきり信じなくてもいいから、もっとこう、耳を傾けるとかできないのだろうか。
「お父様、私がお姉様を殺そうとしたのは本当のことです」
悄然と、そして、腹をくくった様子でクロベルは自白した。
私の胸の中でひとしきり泣いたせいか目は涙で腫れていた。
でも、どこか晴れ晴れとしたふうでもあった。
「うるさい黙れ! 私は自分が信じたいものしか信じん! 辛い現実を受け止めきれるほど強くないからな! ひとたび、こうなった私を説得するなど、もはや不可能なのだ! 真に厄介なのは強者ではない! 弱者だ!」
主犯格のクロベルですら罪を認めているのに、パトシュは個性的な超理論で武装し徹底抗戦の構えを示した。
武装解除し投降を呼びかけるために、私は暗殺者アッシーカを証言台に立たせた。
その口から語られたのは綿密に練られた暗殺計画だった。
その計画は三段構えにも四段構えにもなっており、私が苦心して逃れたのはあくまでも一段目でしかないことがわかり、戦慄した。
どうりで馬に乗っても逃げられないわけだ。
私を葬り去るための完璧な計画が用意されていたのだから。
コンクリートでダルマ型に拘束された愉快なビジュアルとは裏腹に、アッシーカの証言はリアリティと重みを持っていた。
床に並べられた種々の暗殺道具を目の当たりにすると、さしものパトシュも口をつぐむしかなかった。
さらに、クロベル付きの使用人たちが次々と主人の裏の顔とも呼べる一面を吐露し始めた。
度を越えた体罰や暴言の数々。
それは、元の世界でパワハラやモラハラと呼ばれていたものだった。
どうやらクロベルは、表では『完璧令嬢』という煌びやかなお姫様を演じ、裏では暴君のごとく力と恐怖で使用人たちに圧政を敷いていたらしい。
ムルアの背中に刻まれた傷跡もクロベルの折檻によるものだと判明した。
パトシュも父親として多少なりとも心当たりがあったらしく、最後にはそれらの証言をすべて真実として受け入れた。
父に付き添われて暗い廊下を歩いていくクロベルの小さな背中を、私は複雑な心境で見送った。
完璧で居続けることへのプレッシャー。
それは私には感じたこともないものだった。
思春期の鬱屈は途方もない破綻となって現れることがある。
すべては未熟だったの一言に尽きるのだが、世間はそれを許してはくれない。
クロベルを待ち受けるのは後悔と苦悩の日々だ。
弟妹が兄姉を手にかけるのは貴族の世界では何よりも重い罪だとみなされている。
権利も財産も土地も嫡子が総取りする社会では、次子以下は長子のスペアでしかない。
下剋上を認めてしまえば、身内に後ろから刺されることを容認することになりかねない。
血で血を洗ってきた歴史があるからこそ重罪なのだ。
貴族ということもあり、極刑に処されることはないだろう。
しかし、二度と牢獄から出ることはないと思う。
それがクロベルの選んだ道なのだ。
私にできることは何もない。
その晩、私は何か月ぶりかの睡眠にありついた。
ふかふかのベッドでのんびり手足を伸ばしていられることが、こんなにも幸せだったなんて。
いつまででも泥のように眠っていたかったが、翌日早朝、私は重いまぶたを無理やりこじ開けてベッドから這い出した。
パジャマのまま屋根の上に蹴上がって、東の空を見つめる。
黒が白を経て青に変わっていく。
そして、まばゆい太陽が私を照らした。
ついに「明日」が来たのだ。
私は何かが軽快に回り出すような新しい息吹を感じながら、清涼な朝の風に髪をなびかせた。
それは、もしかしたら、セーブポイントが更新されたときの感覚なのかもしれない。
でも、人生というのは本来一度きりで、やり直しのきかないものなのだ。
私はこれからの長い人生を一度きりのものとして生きていかねばならない。
死に戻りができる保証なんて万に一つもないのだから。
まあ、そんなに難しく考える必要はないだろう。
人生はぶっつけ本番だが、アドリブOKの自由な舞台だ。
そのときに興味が向いたものに全力を捧げればいい。
そんなものではないだろうか。
私は腹の虫が鳴き出すまでのしばしの間、決意を胸に新しい朝の景色を見つめ続けた。




