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34話 死因分析


 また死んだ。

 暗殺者に何かされたという感じではなかった。

 突然苦しみ始めた私に彼女も驚いていたようだったから、そこは間違いないだろう。

 じゃあ、どうして私は死んだのだろう。

 一体なぜ?

 わからない。


 あれだけ注意を払っていても私は死んだのだ。

 死ぬ運命なのだろうか。

 私が死ぬことは最初から決まっており、このループには初めから出口なんてないのだろうか。

 死んだのは日付が変わるくらいの時間だった。

 もしかしたら、日付が変わると同時に何もかもリセットされるようにできているのかもしれない。

 システム的に必ず死ぬようにできていて、セーブポイントにロールバックされる仕組みなのだ。

 だとしたら、私には端から未来なんてものはなくて、尾を呑んだ蛇のように同じところを回り続ける宿命なのかもしれない。

 この世界はゲームなのだから、不具合のひとつくらいあるはずだ。

 必ずクリアできるなんて考えがもう間違っていたのだ。

 私はこれからも死に続けるしかないのだ。


「……」


 などと悲嘆に暮れる自分を、心のどこかにいる別の自分がため息をつきながら哀れんでいるのを私は感じていた。

 これまでにも何度も味わった一時的な絶望だ。

 人間というのは、どうも自分を悲劇のヒロインと定義することで、ある種の快楽を得るような、そんなしょうもない習性があるらしい。

 そして、その手の快楽は疲れる割に長続きしない。

 ひと通り、塞ぎ込んだ後、だんだんどうでもよくなってきて最後は前向きになる。

 そんなもんだ。


「ふぅー」


 私は混沌とした胸中から益体のない想念だけを息に込めて吐き出した。

 途端に胸が軽くなるのがわかる。

 絶望の9割はこの通り、一過性のドラッグに過ぎない。

 何度も死んでいると、こういう達観を得られるのはありがたいところだった。


「いったん落ち着こう」


 冷静に状況を整理するのだ。

 パルタ先生の言う通り、失敗した原因を突き止めて次に活かさないと。


 前回の死因としては、いくつか候補が考えられる。

 正解を絞り込むには消去法が最適だろう。

 私はありえそうな死因を頭の中に列挙した。


 まずは、暗殺者が投じた毒針だ。

 2種類の毒が塗布されていた可能性はないだろうか。

 それなら、解毒薬を飲んだとしても片方の毒しか中和されない。

 まあ、この可能性は低いだろう。

 遅効性の毒を選ぶ理由がわからない。


 じゃあ、解毒薬自体に毒が仕込まれていたとは考えられないだろうか。

 犯人はクラウト先生で、私を亡き者にしようとしているとか。


「うーん」


 これもあまりピンとこない。

 クラウト先生の甘いものを食べるときの幸せそうな顔を見ていると、人を殺すような人物にはとても思えない。

 それに、仮にも薬草学の権威だ。

 やるなら、もっとうまくやるだろう。

 絶対に足がつかない方法でこっそりとだ。


 残るは自然死のパターンだ。

 一見、健康そうに見える人間が突然死する病なんてたくさんある。

 死ぬ瞬間の、あの思考回路がバグったような感覚。

 あれがヒントになるはずだ。

 たしか、直前に、頭の中で爆竹が破裂したような痛みがしたのだった。


「痛いといえば、今も痛いな。頭……」


「当然でしょう。あなたは見事なまでに頭から落下していましたからね」


 医務室のベッドに寝そべる私をパルタ先生が冷たい顔で見下ろしている。


「いいですか、ルピエットさん。心を穏やかにしてよーく聞いてください」


「はい、先生」


「普通、頭を打つと頭が痛くなるものなのですよ。いいですか? もう一度言いますね。頭を打つと頭は痛くなるものです。だって、頭を打ったのですもの。当然です。わかりましたか? あなたには少し難しかったかもしれませんね」


 小馬鹿にした面持ちが鼻持ちならない。

 私は頬をぴくぴくさせながら頷いておいた。


 でも、パルタ先生の指摘はもしかしたら正鵠を射ているかもしれない。

 私は派手に落馬した。

 表面的にはたんこぶですんでいるが、頭の中はどうなっているかわからない。

 ケーキだってそうだ。

 外の箱は綺麗でも、中身が偏っていたり潰れてしまったりすることはよくある。


 もし、落馬した拍子に私の脳に異常が生じてしまったのだとしたら……。

 たとえば、血管が傷ついていたらどうだろう。

 それは時間をかけて内側から私を蝕み、損傷した血管は血圧に耐えかねて風船のように破裂する。

 それが爆竹のように感じられたというわけだ。


 そういえば、と思い出す。

 暗殺者との戦いで高濃縮魔薬を飲んだとき、心臓の鼓動に合わせて頭がズキンズキンと痛んだことがあった。

 あれは、薬効による血圧上昇で痛みが顕在化したとは考えられないだろうか。

 痛んでいた部位もまったく同じだったと思う。


 そうか、だとしたら、敵なんて最初からいなかったんだ。

 いや、いるにはいた。

 いつも私の頭の中にひっそりと潜んでいた。

 目が覚めたそのときからタイマーは着々と進行し、そして、時が来れば炸裂する。

 そんな時限爆弾を私はずっと抱えていたのだ。

 頭の中にずっと。


 灯台下暗しにも限度というものがあるだろう。

 幾重にも仕掛けられた死の罠には戦慄するほかない。


「これって乙女ゲームだよね……」


 主人公の女が乙りまくるゲームじゃないよね?

 そんな乙ゲーの実体験版なんか出してんじゃないわよ。

 運営をぶん殴ってやりたいよ、私は。


「うえええん、パルタ先生! 私の頭に治癒魔法をかけてください!」


「ルピエットさん、大変申し上げにくいのですが、ポンコツは怪我ではありません。魔法では治せないのですよ」


「今、私は頭に爆弾を抱えているんですよ。冗談なんてやめてくださいよぉ」


「なんだかよくわかりませんが、治癒魔法の名手でしたら、わたくしに頼らずともあなたの近くにおられるではありませんか」


 パルタ先生は私のたんこぶに薬を塗りながら言った。


「妹君のクロベル様ですよ」


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