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30話 医務室にて


「クラウト先生、質問があるのですが」


 草原から戻った私は、たんこぶを引っ込めてもらうついでに薬草学の権威の叡智にすがることにした。


「人を安楽死させるような毒に心当たりがないですか? 刃物に塗って使えるタイプのものです」


 そう言って、帰り道で買ったオレンジとピスタチオのタルトをそっと差し出す。

 香ばしい香りが広がると、クラウト先生は目の色を変えて肉厚な顎を波打たせた。


「できることなら、解毒薬を調合していただきたいのですが」


 クラウト先生のよいところは、甘いものを差し入れれば事情は聴かずにどんな薬でも調合してくれるところだ。

 それってどうよ、と思うこともある。

 だが、入念な根回しをしている時間のない私には大変好都合な御仁だった。


 クラウト先生はいくつか薬草を並べて私の問いに丁寧に答えてくれた。

 それによると、どうやら暗殺者が使っている毒は『万眠マンミン草の根』を煮詰めたものに『寝呆魚ネボケウオのキモ』を加えたものらしいことがわかった。

 古くは、医者がどんな治療をもってしても救えない患者に対して最期に処方したもの――要するに、安楽死のための薬だそうだ。


 稀少薬草であるため、入手するのも調合するのも非常に難しいのだとか。

 即効性のある毒はほかにもあるだろうに、そんなものをわざわざ暗殺に用いる黒衣の暗殺者はやはり根っこの部分では善人なんだと思う。


 そんな珍しい毒の解毒薬も、クラウト先生の手にかかればものの数分で完成した。

 これで、かすり傷程度なら解毒できるはずだ。

 私はなんだかんだ言って付け焼刃の急造剣士だ。

 歴戦の暗殺者を無傷で捕縛するとなると、多分に運の要素をあてにしなければならない。

 道具と条件を揃えて、勝率を上げるのが筋だろう。


「ありがとうございました、先生。生チョコタルトもどうぞ」


 私は丁寧に礼を言ったのだが、クラウト先生はカカオの匂いを漂わせる焦げ茶色の菓子に夢中になっており、まったく聞こえていないご様子だった。

 なんというか、稀少薬草の入手元がわかってしまった気がする。

 暗殺者も甘いものと引き換えに取り引きしたのかもしれない。

 私は口元を茶色くしたセイウチみたいなおっさんに軽蔑の視線を送りつつ、医務室を出た。


「「あっ、ルピエットお嬢様」」


 扉を開けたところで、双子たちと鉢合わせになった。

 二人は私を見上げて同情するように眉尻を下げた。


「「ルピエットお嬢様は」」


「頭がお悪いのですね」


「お気の毒です」


「え、なんで突然ディスられなきゃいけないの……!?」


 一瞬泣きそうになったが、すぐに納得する。

 二人は私が落馬して頭を打ったことに言及しているのだろう。

 たんこぶなら治ったから安心してほしい。


「あなたたちもどこか悪いの?」


「私たちは生まれつき」


「双欠病ですから」


「クラウト先生に」


「お薬をいただきに来たのです」


 双欠病。

 聞き慣れない言葉だったので、私はルピエットの記憶を探った。

 どうやら、双子特有の先天性疾患にそういうものがあるらしい。

 母親の胎内で、二人で魔力を分け合った結果、一人当たりの魔力量が少なくなってしまう。

 そんな病気だ。

 魔力欠乏症の一種らしい。


 私は顔をこわばらせた。

 双欠病の治療には高価な薬草が必要になるらしい。

 そして、薬を飲まなければ、おおもね10代半ばで命を落とすことになる。

 この二人に、果たして治療を受けるだけの収入があるのだろうか。

 私はめまいを覚えたが、双子たちに悲愴な様子はなかった。


「そんなお顔を」


「なさらないでください」


「クロベル様の格別のお計らいにより」


「お薬をいただけていますので」


 そっか。

 そういえば、さっきそう言っていたね。

 ウチの妹は黒い髪とは裏腹にどこまでも純白でピュアな心の持ち主だ。

 幼い使用人たちのために当然手を尽くしているはずだ。


「ホッとしたよ。それじゃ二人とも、くれぐれもよく働くように」


「「はい、ルピエットお嬢様!」」


 ハモった明るい返事を聞くと、不思議と元気をもらえるようだった。

 さて、私は暗殺者生け捕り計画の段取りでも練るとしますか。


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