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29話 反省


「先生、勝つことと生きることはどう違うのでしょう?」


 私は馬の尻の向こう側を流れる雲を眺めながら疑問を口にした。


「なんの話ですか?」


「剣の道の話です」


「今は乗馬の稽古中なのですが……」


 パルタ先生は眉間を指で揉みほぐしながらため息を吐き出した。


「本来、剣に勝ち負けはありません。剣は人を殺す武器ですから、剣と剣がぶつかり合えば、そこに残るのは生と死のみです。勝敗なんて見物客の感想か、そうでなければ、未熟者の主観でしかないのですよ」


 パルタ先生は劣等生をたしなめるようにそう言った。


「勝負に勝って死んだ戦士は未熟なのでしょうか」


「剣を勝負に使うことがそもそも未熟です。生死は結果論にすぎません。しかし、命を落としたのだとしたら、やはり未熟だったのでしょう」


「剣の道において、生きることとはなんでしょう?」


「日々の稽古に励むことです。死ななくてすむように腕を磨き続けることです。この道に終わりはありません。剣の高みに果てはないのですからね」


「つまりは、無限ループですね」


「日々鍛錬の繰り返しと捉えるならそうです」


 パルタ先生はよどみなく答えた。

 半分も理解できなかったが、大人の女性はなんかカッコイイということだけはわかった。

 つくづく、私はガキだ。


「先生、青空の下を思いっきり馬で駆け抜けたいです。なんとなく、そんな気分なんですよ」


 私は馬に飛び乗って手綱を握った。


「そのためには、まずお稽古を……って、あら? 乗りこなせていますわね」


「天才肌ですので!」


 パルタ先生が素敵な場所を知っているということなので、馬に乗って屋敷を後にする。

 王都の南門から外に出ると、そこには緑の大平原が広がっていた。

 草原を走る光の波を見ていると、桃源郷に迷い込んだような錯覚に陥る。


「わたくしは何も言いませんわ。好きに走っていらっしゃい」


「そうします」


 馬に鞭を入れると、体が風に包まれた。

 昨夜の陰惨な出来事が後方に吹き飛ばされていく。

 ほんの十数秒のうちに、私はあらゆる苦悩から解放されて翼が生えた気分になった。

 どんだけ単純なんだ……。


 でも、わかった気がする。

 昨日の私はちょっとおかしかった。

 双子たちも怖いと言っていたし。

 顔に傷をもらいながらでも敵を両断せんとする女はたしかに怖かろう。


 アルシュバート殿下に勝ったことで変なスイッチが入ってしまい、前のめりになっていたのかもしれない。

 そもそも、自分が生き残るために他人を殺すって発想が私らしくない。

 きれいごとを言うつもりはないが、必要悪という都合のいい言葉に逃げるべきではない。

 たとえ正当防衛だとしても、人を斬り殺すなんて二度とごめんだ。


 生け捕りだろ、生け捕り。

 暗殺者は生け捕りだ。

 そうすれば、凶器を捨てたり返り血を洗い流したりする手間もなくなる。

 そのうえ、暗殺者に雇い主の情報を吐かせることができるかもしれない。


 私を拷問したとき、暗殺者は怯えていたようだった。

 本当はやりたくないのに、やれと言われて仕方なくやっていた感じ。

 金で雇われた関係ではないのかもしれない。

 何か弱みを握られていて従わされているのだとしたら、私にも懐柔する余地はあるだろう。

 やはり、暗殺者は殺しちゃいけないのだ。


 なんだか吹っ切れた気がする。

 私は腹の底から叫びながら風とひとつになって突っ走った。


 暗殺者を生け捕りにし、黒幕の正体を突き止め、闇のベールに包まれたルピエット暗殺事件の全容を白日の下に暴き出す。

 それこそが、私にとって唯一の勝ちだ。


 そもそも、これはゲームだ。

 純真可憐な乙女ゲームの主人公が血みどろの修羅になってどうする?

 そんなシナリオが正解なわけがない。

 誰も死なず、誰も傷つかず、みんなが幸せになる。

 それこそが、『ライプリ』におけるゴールではないだろうか。


 薬物ドーピングももうやめだ。

 肉を切らせて骨を断つ戦法もやめる。

 もっと腕を磨いて強くなろう。

 暗殺者を圧倒して、生きたままお縄にしてやる。

 私はこの過酷な一日シナリオに完全勝利して明日に進むのだ。


「わあああああああああ――――ッ!!!」


 後ろから叫び声が聞こえてきたので、びくりとする。

 パルタ先生が天に吠えていた。


「どうです? 気持ちがいいでしょう、ルピエットさん」


 びっくりするくらいキラキラした顔でそう言われた。

 たしかに、気持ちいい。


「嫌なことがあると、わたくしもこうして馬で駆けるのですよ」


「パルタ先生もいろいろ溜まっているんですね」


「主にあなたのせいですよ。ルピエットさん」


「反省します、先生」


「そうなさい。そして、反省がすんだら、過去のことは忘れて、今度は自分の足で思う存分駆けてみなさい」


 金言だった。

 私はもう一度腹の底から叫んだ。

 視界はかつてないほど広く開けていた。


 大丈夫。

 きっとうまくいく。

 そんな確信が心の中で膨らんでいた。


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