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26話 一本


「まさか、君に決闘を申し込まれる日がくるなんてな」


 翌朝。

 稽古着に着替えて路傍の馬車に押しかけると、アルシュバート殿下は何度か見たことがあるリアクションをした。


「決闘ではなく結婚の申し込みだったら、どんなによかったか……」


 小さな声でそんなことをつぶやいているが、聞こえないフリで通す。

 私とアルシュバート殿下は屋敷の庭で向かい合った。

 今日は、私にとってはどれだけ成長できたかを見る中間テストのようなものだ。

 本気で挑ませてもらおう。

 もちろん、勝つ気でいく。


 私が剣と魔法をそれなりに使えることを殿下はまだ知らない。

 勝ち筋があるとすれば、警戒の薄い最初の一合のみ。

 これを逃せば、今日いっぱい私に勝利はない。


 私は呼吸を整え、木剣を大上段に振り上げた。

 その瞬間、アルシュバート殿下の顔に明らかな警戒の色が浮かんだ。

 構えを見ただけで、おおよその力量を見抜いたらしい。

 アホっぽい顔をしておくんだったと少し後悔する。

 私を冷やかしていた騎士たちも何かを察して静まり返る。


「……」


 初手は上段斬りで押し込むつもりだった。

 予期せぬ重さで度肝を抜く腹づもりだったが、警戒されているなら万に一つも目はない。

 勝つためには殿下の想像を完全に凌駕しなければ。


 私は木剣を下げ、居合の構えをとった。

 静かに上げた右足を渾身の力で振り下ろす。

 どごん、と地面が激震し、アルシュバート殿下の足元に深い穴が生み出された。

 宙に浮かび、驚愕に顔を歪める殿下に私は必殺の居合を放った。


『浮き藻斬り』だ。


 過去の周回で庭がぼこぼこの荒れ地と化すまで練習した甲斐あって、土魔法と居合は完璧に共鳴していた。

 しかし、私の剣は音の壁を未だ越えられずにいる。

 がごッ、と木材同士の衝突音がして、殿下の体が穴の外に流れる。


「な!? それは僕の……!」


 動揺しているうちは、まだ勝ち目がある。

 私は弾丸の勢いで突っ込んだ。

 殿下にはいくつかの癖がある。

 真正面から一気に距離を詰めると、動線上に突き技を繰り出して、牽制しようとするのもそのひとつ。


 案の定、殿下は私の胸元に切っ先を向けた。

 私は体をわずかに斜めにした。

 真剣ではないのだ。

 肋骨で受けて流せば、懐に飛び込める。


 右脇のあたりで、木剣と骨がぶつかる嫌な音がした。

 それでも、私は足を止めない。

 殿下の顔がさらなる驚愕に彩られた。


 私は右手に握った木剣で首を狙った。

 すると、殿下の木剣が認知限界を超えた速度で走り、私の木剣を弾き飛ばした。

 この展開も何度か履修済みだ。


 私は背中に隠していた左手に、氷の魔法で凍てつく第二の刃を作り出した。

 自分の体で死角を作り、一気に斬り上げる。

 殿下の右脇腹から入った氷剣がたしかな手応えを返した。

 しかし、逆袈裟とはならなかった。

 急ごしらえによる強度不足が災いし、氷剣は粉々に砕け散ってキラキラと光のシャワーを降らせる。


 殿下の木剣が軽く私の肩を打った。

 そして、踏ん張りを失った私の体を殿下の大きな胸がひしと受け止める。

 惜しいところまでいったが、残念。

 今回も私の負けだ。


「信じられない。まさか、僕が一本取られるなんて」


 金の瞳が瞬きの仕方を忘れたみたいに見下ろしてくる。

 騎士たちやパルタ先生もいつもにも増してオーバーなリアクションに勤しんでいる。


「一本でいいのですか? 氷の棒で叩いただけでしたが」


「あれは、いい一撃だった。とっさに身体強化で受けていなければ、骨の一本も折れていたかもしれない。君の勝ちだ」


 アルシュバート殿下は青空よりも澄んだ顔でそう言った。

 私の勝ち、か。

 そっか。

 何十周もして、初めてのことだ。

 嬉しい。


 でも、不意打ちしても接戦となると、私と殿下の間には依然としてライオンと子猫ほどの実力差があるはずだ。

 それでも、勝ちは勝ちだ。

 私の活路はたった1勝で開ける。

 私はまた一歩、明日に近づいたのだ。


「君が僕の技を使ったこと、それに、ほかにもいろいろと訊きたいことはあるが――」


 殿下は突然私の脇の下に手を入れてきた。


「くギャ……!?」


 激痛を感じて私は可愛くない悲鳴を上げて飛びすさった。


「木剣だったからよかったものを。真剣なら致命傷だったぞ」


 アルシュバート殿下は口をへの字にひん曲げている。

 負けた腹いせなどではなく、私の身を案じて怒ってくれているのが気遣わしげな瞳から察せられた。


「君は最初、大上段の構えを取っただろう。あれは、攻撃においては火のように苛烈な構えだが、腹ががら空きになる都合、守りを完全に捨て去る構えでもある」


 たしかに、私は攻めることしか考えていなかった。


「君が僕の突きをあえて受けたとき、確信した。君は初めから守りを捨てているのだとな。僕が君を傷つけるはずがないと思っているのなら信頼とも受け取れるが、どうも、そういう感じでもなかった。君は一太刀くらいならもらっても平気だと考えているみたいに見えた。僕には、それがとてもあやうく見えるんだ」


 的確としか言いようのない指摘に私は口をつぐむしかない。

 私には死に戻りの力があり、手傷を負うことへのためらいがない。

 だからこそ、格闘ゲームみたいな考えをしている。

 たとえ、自分のHPが赤ゲージになったとしても、勝てさえすればそれでいいという発想だ。

 時間にして5秒にも満たないやり取りの中で、私の心の奥底までも見透かしてみせるとは、アルシュバート殿下、恐るべしだ。


「勝利より常に大事なものがある。命だ。これを守るためならば、ときに敗走もやむなしだ。君には勝つための剣ではなく、生きるための剣を身につけてほしい」


 どこまでも真っ直ぐな視線から私は目をそらした。

 殿下の言い分はよくわかる。

 たぶん、おっしゃっていることは全面的に正しい。

 でも、私にとっては「勝つこと」と「生きること」はイコールだ。

 黒衣の暗殺者に勝たなくては明日なんて永遠に来ないのだから。


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