25話 ケーキ食い放題
私が真剣で稽古したいと頼み込んでも、アルシュバート殿下は頑として首を縦に振ろうとしなかった。
理由は、危険だから。
至極ごもっともな言い分である。
しかし、木剣稽古では長足の進歩は見込めない。
命の危険を肌身で感じてこそ生きた剣が育まれるのではなかろうか。
そこで、私は超意外な人物を稽古相手として招聘することにした。
誰あろう、あの黒衣の暗殺者だ。
段取りとしてはこんな感じだ。
「大丈夫ですか、ルピエットさん」
「大丈夫です、先生! それじゃ失礼しまーす!」
「る、ルピエットさん……!?」
まずは、馬に飛び乗って王都を出る。
その足で森にあるドワーフたちの工房に駆け込み、ドワロフの胸倉を掴んで喧嘩を売る。
腕相撲3連戦を3連勝で飾り、愛剣を購入。
そしたら、再度馬にまたがって人気のない場所にいく。
暗殺者には標的が逃走を図った場合、追いかけてきて殺すという習性がある。
つまり、逃げれば向こうからやってきて稽古相手になってくれるわけだ。
真剣で稽古するのは危険だから、代わりに、暗殺者と殺し合いをする私。
こんなに頭がおかしい貴族令嬢は世界広しと言えど私以外にはいないだろう。
しかし、この稽古法にはメリットが多くあった。
まずは、実戦経験を積めることだ。
それも、稽古相手が倒すべき敵そのものであるという点も都合がいい。
夜まで待たなくてもすむため高速周回が可能なのもポイントが高い。
短時間で経験値を稼げてお得なのだ。
さらに、雇い主の逆鱗に触れる機会が減るため、拉致・拷問ルートを回避できる点も秀逸だった。
というわけで、私は落馬して愛剣を入手し暗殺者と戦って死ぬ、というフローチャートを際限なく回し始めた。
黒衣の暗殺者は「標的を苦しめずに殺す」ということに強いこだわりを持っているらしい。
即座に絶命に至らしめるために、首か心臓を好んで狙ってくる。
狙いがわかっているなら、対処もいくぶん容易になる。
私は心強い剣を手に入れたこともあり、すぐに善戦できるようになった。
それでも、最後は地力の差が決め手となり、殺されてしまうのだが。
私の強みは、剣と魔法を両立できる点だ。
無詠唱魔法を使うたびに暗殺者が驚愕するのがわかる。
うまく意表を突き、隙を見出せれば私にも勝機があるはず。
周回を重ねるうちに、その想いは徐々に確信に変わっていった。
無限に続くかに思われた暗いトンネルに、出口の光がチラつくようになったのだ。
勝利のときは近い。
たぶん。
本格的に暗殺者を倒すとなると、罠なども含めて入念な準備が必要になるだろう。
まあ、そのへんは追々考えるとして、だ。
「たまには、息抜きも大事だよねぇー」
私は自室の窓辺でお日様を浴びながら背伸びした。
あんまり殺伐とした毎日を送っていると、気持ちまで滅入ってしまう。
というわけで、今日は朝からパーッとティーパーティーで発散しようと思う。
私が手をパンパンと叩くと、メイドたちが列をなして入ってきた。
配膳用のカートには、山のようなケーキや色とりどりの茶菓子がこぼれ落ちそうなほど積み上げられている。
どれも高級老舗メーカーから大急ぎで取り寄せたものだ。
どれだけ食べてもリセットされるから太ることはない。
もちろんお金も減らない。
毎日でも豪遊できるわけだから、殺されることにさえ目をつむれば私は夢のような暮らしの真っただ中にあると言える。
「まるでお菓子の国に来たみたいだなぁ」
私は恍惚とした笑みで体をくねらせた。
人目がなければ、ケーキの山にダイブして潜り込むようにして食ってやるのに。
「ぁ」
小さな悲鳴が聞こえた。
三段ケーキを抱えた見習いメイドのメルアが例のごとく転びそうになった。
双子たちは私の部屋のカーペットと致命的に相性が悪いらしく、よく足を取られている。
なので、私の反応は極めて迅速だった。
左手でケーキを受け止めつつ、右腕でメルアを抱き止める。
無論、ケーキはいちご1つとして崩れてはいない。
被害はゼロ。
……なのだが、メイドたちが――特に、クロベルのところからヘルプで来てくれているメイドたちが殺気立った。
兄のムルアが真っ青な顔で謝罪し、衣服を脱いで背中をさらそうとする。
この展開も何度目だろう。
ムルアは兄として妹の分の罰も引き受けているらしかった。
しかし、自分の失敗で兄が罰せられるのだから、メルアは余計苦しいだろう。
今にも泣き出しそうな顔をしている。
私は二人の口にいちごを突っ込んだ。
「気にしなくていいんだよ。ムルアとメルアも一緒に食べよう。みんなも食べていきなさい。命令です」
とでも言わないと食べないだろうから強めに背中を押してやる。
かくして、張り詰めた空気の中、ケーキバイキングが始まった。
私の持論だが、人間は甘いものを食べながら怒り続けることはできない。
メルアの失態に目くじらを立てていた面々も2口目を頬張る頃にはケーキに魅せられていた。
双子たちもお揃いの顔で頬をとろけさせている。
リュピエート家の使用人の中で、ムルアとメルアは最年少だ。
チャランポランの私と違って、クロベルのところは使用人もちゃんとしているようだし、何かと気苦労が多いだろう。
こうして、二人が幸せそうな顔をしているのを見るとホッとする。
どうせ何もかもリセットされるのだろうけど、それでも、今だけは心安らげるひとときを過ごしてほしい。
私はいちごを口の中に放り込んだ。
ツンとした甘酸っぱさでふと現実に引き戻される。
そろそろ、私も無限ループ打破に向けて本腰を入れるべきだろう。
明日は久しぶりにアルシュバート殿下と木剣を交えてみよう。
自分がどのくらい成長したか確かめるつもりで。




