24話 ドワロフの工房
アルシュバート殿下によると、私が腕相撲で負かしたドワーフはドワロフという名前らしい。
腕利きばかりが一堂に会す工房の中でも一頭地を抜く職人で、ざっと150年ほど工房主を務めているのだとか。
長生きだな。
工房の中はお世辞にも綺麗とは言い難かった。
だが、そこに並べられた刀剣類は見事なものばかりで、私はあっという間に魅せられてしまった。
どれも装飾こそ控えめだが、戦艦の主砲じみた力強さが感じられる。
「クィングダルム流剣術で用いられる剣はわずかな反りがある片刃剣なんだ。直剣と刀の中間で、抜刀術にも通じている」
愛想の悪いドワーフたちに代わって、アルシュバート殿下が接客を引き受けてくれた。
「婦人用の剣は細身のものが多いですね」
私は日本刀に似た剣を手の中でくるりと回した。
初めて触れたはずなのに、長年の愛用品のように手によくなじむ。
「紳士向けの剣は戦場を想定しているんだ。矢を弾き、鎧を斬るために幅広かつ肉厚に鍛え上げられている」
アルシュバート殿下は剣のこととなると途端におしゃべりになった。
見ていてちょっと面白い。
「これらの剣の製法が確立されたのは1000年以上も前で、その頃から今に至るまで製法自体にはほぼ変化がない」
「初めから完成された存在だった、ということですか?」
「そうだ。そこから幾多の流派が生まれ、剣は槍に取って代わるまでになった。これは、ひとえに使い手側の研鑽によるものだ。完成された剣が初めから持っていた無限の可能性を僕ら剣士が長い年月をかけて引き出してきた、その賜物なんだ」
とうとうとそこまで話して、アルシュバート殿下はハッと我に返った。
「すまない。こんな話、つまらなかったな」
ゲームではもっと長いテキストを読まされて辟易したが、耳を傾けているだけだから楽なものだ。
それに、今や私にとっても関心のある分野になっている。
「いいえ。でも、殿下を夢中にさせる刀剣の世界には少しだけ嫉妬してしまいます」
「そうか」
アルシュバート殿下は気恥ずかしそうに頬をかくと、ひと振りの剣を手に取った。
「君にはこれがふさわしいと思う」
それは、白と銀からなるほっそりとした剣だった。
持ってみると、紙細工のように軽い。
いささか頼りなさも感じるが、剣をこよなく愛する殿下の見立てに間違いがあるとは思えなかった。
「そいつは、銀翔石を、それも純度の高いものばかりを何度も叩いて作り上げたものじゃ。やがて国宝になる代物じゃぞ? 坊ちゃんのご紹介とはいえ、これほどの一品をお前のような小娘に触れさせるのは、わしとしては不満なのじゃがな」
ドワロフはひげ面をぶすーっとさせている。
今の私に作り手を納得させるだけの技量があるか、試させてもらおう。
私は工房を出て、木に向かい合った。
鯉口を切り、意識を研ぎ澄まし、私は意を決して剣を放った。
あまりの手応えのなさに、一瞬空振りしたのかと思った。
少し遅れて、幹に斜めの線が入る。
斜線より上側がズルズルと滑り落ちて、木は横倒しになった。
こりゃびっくりだ。
ドワーフの職人たちも目を丸くしている。
力感にしても切れ味にしても、恐ろしく軽い剣だ。
重さで押し斬るというより、速さで断つ感じ。
軽いものほど加速させやすい。
『破音の剣』を会得するのは自分には難しいかと思っていたが、この剣ならばあるいは望みがあるかもしれない。
あっという間に、私はこの剣の虜となった。
今日からあなたは私の剣だよ!
「ルピエ、君は……」
目を白黒させているアルシュバート殿下に、私は満面の笑みで言う。
「さっそく真剣稽古ですわ!」




