23話 力比べ
馬車は快速を飛ばして王都を出た。
街道に沿って進み、森の中に入る。
王都の外に出たのは、3周目以来だ。
あのときは馬に飛び乗って逃げの一手で暗殺者から逃れようとしたのだが、結局は追いつかれて殺された。
おそらく、こうしている今も暗殺者は私を狙っているだろう。
しかし、フル武装の騎士たちが目を光らせているおかげか、馬車を降りても襲撃を受けることはなかった。
「ここですか、殿下?」
周囲を森に囲まれた中、小川のほとりに工房が建っている。
中ではドワーフの鍛冶師たちが怖い顔を突き合わせて真っ赤な火の粉を浴びていた。
彼らは王子様の来訪にもあまり関心がないらしく、目礼だけして作業に戻った。
さきほどの武具屋とはえらい違いだ。
でも、そんな態度を取ることが許されるほどに彼らの技量は卓越しているのだろう。
これこれ、私が想像していた武具屋はこれだ。
名剣の匂いがすでに色濃く漂っている。
「ご期待に応えられたようでなによりだ」
私の横顔を見て、アルシュバート殿下は小さく笑った。
さて、いざゆかん。
ずんずんと工房に立ち入ろうとしたところで、待ったがかかった。
「ダメじゃ! 立ち入り禁止じゃ!」
目と鼻以外をひげに覆われたドワーフが太い腕で通せんぼする。
「いくら坊ちゃんの連れでも通すわけにはいかんな。工房に不浄も持ち込むべからず。こればかりは譲れん」
どうやら、不浄とは私のことらしい。
「悪く思うなよ、嬢ちゃん。ここはわしらにとって聖域じゃでな」
「男装してくれば入れてくれるかしら?」
「わしは女じゃからとお前を拒んでおるわけではない。性別なんぞ関係ない。すべてはコレじゃ、コレ」
その職人は二の腕に小山のような筋肉を隆起させた。
私も真似してみるが、細枝みたいな腕にぷよぷよの脂肪がついているだけだ。
「わしは非力な雑魚に敷居をまたがせる気はないぞ」
「ふーん。じゃあ、あなたに腕相撲で勝ったら通してくれるんだ?」
「ドワッハッハ! 馬鹿な小娘じゃ。お前の小枝のごとき細腕なんぞ、わしの巨木で粉砕じゃわい!」
というわけで、私たちは金床に肘をつき、がっちりと手を組み交わした。
「僕もまだルピエの手を握ったことなんてないのに……」
アルシュバート殿下は恨めしそうな目をしていた。
私はあるが、まあ、いいや。
騎士や職人たちがぐるりと囲む中で、私たちは視線の火花を散らした。
「そんじゃ、どこからでもかかってこんかい!」
「そりゃああ!」
私は魔力を右腕に全集中し、持ちうる力のすべてを叩きつけた。
「どわ……!?」
ひげのドワーフがダルマのように転がった。
薪置き場に突っ込んでから、キツネにつままれたような顔でこっちを見ている。
「わし、足でも滑らせたんか?」
「もう一回、試してみる?」
「無論じゃ!」
そして、似たような光景が繰り返されて、薪がさらに散らばった。
諦め悪く3戦目を挑んできたので、私は、今度はゆっくりと手の甲を金床に押し付けてやった。
これで、3戦3勝だ。
「ぐぬぬ……。なんじゃ、こやつ」
自分でもびっくりしている。
まさか、勝てちゃうなんてね。
「不浄じゃないってことでいい?」
「むぅ、前言撤回じゃ。坊ちゃんや、信じられんじゃじゃ馬を連れてきたのう」
「僕も驚きを隠せない。ただの身体強化ではない。卓越した魔力操作のなせる技だ」
あんまり嬉しくない。
ごついおっさんに腕相撲で3連勝して大絶賛される乙女ゲームの主人公ってなんなんだろう。
「嬢ちゃん、ゆっくりしていきな」
入店許可が下りた。
まあ、なよなよした清楚系ヒロインより拳で壁を粉砕していく脳筋主人公のほうが私は好きだ。
この道を突き進んでいこう。
私は肩で風を切って工房に入った。




