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22話 真剣デート


 アルシュバート殿下とデートすることになった。

 私は一度屋敷に取って返して、乗馬用の服を脱ぎ、クローゼットを開けた。

 ええっと、勝負服は……と。


「うう、ポンコツと名高い我が娘がこれほどまでに手際よく第一王子殿下との御デートに漕ぎつけるとは。なんて素晴らしいのだ、うちのルピエは」


 玄関ホールに戻ると、父パトシュが目頭を押さえているところだった。

 しかし、私を一目見るや顔が死ぬ。


「な、なんだ? その格好は……」


「デート着ですわ!」


 私はくるりとターンした。

 フリフリのドレスではないので、回ったところでスカートがふんわり膨らむことはない。


「け、剣術用の稽古着ではないか!」


 パトシュは癇癪でも起したように地団駄を踏んだ。


「この機会に王子を篭絡せずしてなんとする! 胸元おっぴろげの勝負ドレスに着替え直さんか! これは千載一遇の好機なのだぞ! 谷間は深いほどよいのだ! まったく、このポンコツは!」


「お父様、すべて殿下に筒抜けです……」


 パトシュの向こう側にはアルシュバート殿下と騎士たちのあきれた表情が並んでいる。


「私は殿下との真剣デートで忙しいのですから、くれぐれも邪魔しないでくださいね、お父様」


「きゃぁぁぁっ! 真剣デートですって!」


 クロベルが真っ赤な顔を両手で覆って、指の間から面白がるような視線を投げかけてくる。


「お姉様、女は度胸ですわ! 物陰に押し込んでチューですわよ、お姉様!」


 またしても、王子御一行が白い目をする。

 アホに構っているほど私の1日は長くない。

 さっさと出発しよう。


 私はアルシュバート殿下の馬車に乗り込んだ。

 向かいの席に座る殿下は私をまじまじと見つめている。


「どうされたのですか?」


「稽古着がやたら板についていると思ってな」


 それはそうだろう。

 ここのところ、寝ても覚めても剣の稽古ばかりだ。

 ドレスを着る機会のほうが少ない。


「騎士にしてもそうだが、稽古着が似合う者は伸びるのも早い。王室お抱えの武具屋に足を運んで、君にふさわしい品を選ぼう」


「はい!」


 馬車は王都の中央通りで歩みを止めた。

 華やかな通りを一目で上流階級とわかる人々が過ぎていく。

 稽古着の私は浮いていたが、ドレス姿で剣に触れるほうがきっとマナーにもとるだろう。

 そんなふうに考える私は貴族令嬢というより、武人の側なのかもしれない。


 アルシュバート殿下は高級ブティックを思わせる店に入っていった。

 内装は美術館のようで、ガラスケースの中には美麗な刀剣類が並んでいる。


「これはこれは、殿下。お呼びくだされば、こちらからうかがいましたものを」


 小物っぽい顔つきの商人が人懐っこい微笑みを浮かべてすり寄ってくる。

 さっそくだが、私は少しがっかりしていた。

 ここは、綺麗で居心地がいいが、私の思っていた武具屋とは違う。

 愛想の悪いひげ面の職人もいなければ、焼けた鉄の匂いもしない。

 こんなところに、名品があるのだろうか。


「なるほど。あちらのお嬢様にふさわしい一品を見繕えばよろしいのですね。――では、こちらなどいかがでしょう?」


 店主は最も厳重なケージの中から細身の剣を取り出した。

 白い鞘の、美しい剣だった。


「どうぞ、お手に取っていただきまして、ささっ」


 手に取れば欲しくなりますよ、とばかりに言うので、私は遠慮なく剣を抜いた。

 薄い刃に金糸で細工が施されている。

 妖精の羽根を彷彿とさせる繊細な剣だった。


「可憐な君にふさわしい剣だな」


 口下手なアルシュバート殿下が片言気味にそう言う。


「ガラス細工のように美麗ですね」


「ええ、ええ。そうでしょうとも。こちらの品は、かの有名な――」


「ガラスのように、すぐ砕けてしまいそうです」


 吟遊詩人のように売り文句を並べていた店主が凍り付いた。

 私は少しムッとしていた。


「殿下! 私はアクセサリーを選びに来たのではないのですよ。綺麗なガラス細工ではなく、あなた様の剣の一撃にも耐えうる豪儀な剣が欲しいのです!」


 アルシュバート殿下は目が覚めたようだった。


「僕としたことが、とんだ思い違いをしていたらしい。君を普通の女の子のように扱ってしまった」


 え、普通の女の子ですけど?

 珍獣か何かだと思い違いしてません?


「この店にも優れた品はたくさんあるが、より実戦に即した剣を取り揃えたところに君を案内しよう」


 店主をさりげなくフォローするところにアルシュバート殿下の人となりがよく表れていた。

 アクセサリー呼ばわりは失礼だったか。

 私は店主に深謝して、再び馬車に乗り込んだ。


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