21話 でぇと!?
「デコピンくらえ!」
「ぁ、いたぁ……!?」
すれ違いざまに人差し指を弾くと、クロベルが可愛らしい声とともにしゃがみ込んだ。
「お、お姉様!? 一体何をなさるのですか」
「わはは! ぼーっとしているからだバーカ!」
お前のほうが馬鹿だと言われても仕方ないような捨て台詞を残して、私は退散した。
地獄の苦痛を味わってから、1週間ほどが経過した。
あれ以来、拉致されることも拷問されることもなく、私は安穏と殺され続けていた。
今みたいに、あえて波風を起こして様子を見ているのだが、私に意趣返しを試みる者はいなかった。
何がトリガーとなって拉致・拷問に派生するのか、結局わからずじまいとなりそうだ。
その間も、剣術の稽古のほうはひたむきに続けていた。
拷問により死を鮮明に意識したせいだろうか。
私はこのところ「強くなりたい」という一念が以前にも増して大きくなっていた。
そりゃもうバトル漫画の主人公にも匹敵するレベルだ。
頑張りすぎて立ったまま気絶したことだってあるよ?
未だにアルシュバート殿下はおろかパルタ先生からも一本も取れていないが、二人が額に汗する程度には私を意識してくれているのはわかる。
殿下いわく私は近衛騎士に交じっても遜色ないレベルらしい。
試しに殿下の護衛役に喧嘩を吹っ掛けてみたところ、1対1なら私の完勝となった。
剣と魔法の合わせ技はそれだけ厄介だということだ。
「まさか、ルピエがこれほどの腕前だったとはな。正直、こうして手合わせしていても信じられない思いだ」
「わたくしも同意見ですわ。あのポンコ……失礼、あのルピエットさんが人並み以上に剣を振るえるだなんて」
二人の口からそんなセリフが出るのも、もはや恒例となりつつあった。
私は思い切ってかねてより思っていたことを口にすることにした。
「私、自分の剣が欲しいです!」
これだけ殺され続けているのに、未だに木剣で稽古というのも考えものだろう。
そろそろ真剣を振ることに慣れていかないとね。
「それだけの実力がありながら、まだ剣をあつらえていなかったのか」
アルシュバート殿下はやや非難めいた視線をパルタ先生に送った。
「いやですわ、殿下。わたくし、ルピエットさんがこれほど剣の道に精通しているだなんて思ってもみなかったんですのよ。現に、昨日は木剣につまずいて転んでいましたし」
そのへんの急成長ぶりを突っ込まれたら、私は笑って誤魔化すようにしていた。
ルピエットの笑顔にはどうやら妙な力があるらしく、笑いかけただけで男性陣は頬を赤らめるし、女性陣は憧れのレディーを見るような顔になる。
主人公補正か、さもなくば、転生特典か何かだろう。
私はにっこりと笑った。
すると、パルタ先生が頬の筋肉をぴくぴくと痙攣させた。
逆効果になる場合もあるらしい。
覚えておこう。
その日はもう遅かったので、いったん殺されて、翌日私は馬を操ってアルシュバート殿下を乗せた馬車に乗りつけた。
驚く騎士たちを無視して扉をバガッと開けて、言う。
「殿下、私と真剣デートいたしましょう!」
「で、でぇと!?」
呆気にとられる殿下にテキトーに事情を説明する。
最近、剣術に目覚めたから剣を欲しているとか、そんな感じだ。
自分で見繕えるならそうするのだが、私は剣を選べるほど目利きではない。
このへんのスキルも培うためにも、アルシュバート殿下のお力を借りたいのだ。
「ダメですか、殿下?」
「ダメなものか。君にデートに誘われて断るような奴がいるなら、きっとそいつは偏屈をこじらせた奴に違いないんだ」
騎士たちがヒューヒューとはやし立てる。
ともかく、私とアルシュバート殿下の初めてのデートが幕を開けたのであった。




