2話 ポンコツお嬢様の知恵袋
「何か困りごと?」
私の声にびくりと肩を震わせて、二人は振り返った。
男の子と女の子。
年の頃は12か13くらい。
目鼻立ちのはっきりした、よく似た顔つきで、お揃いの銀髪だった。
たぶん、双子だ。
二人はおびえた表情を鏡映しのように並べていたが、声の主が私だとわかるとホッとした様子で胸をなでおろした。
「「おはようございます、ルピエットお嬢様」」
声と礼をシンクロさせる二人。
「たしか、あなたたち、クロベルの付き人だよね?」
「「はい。さようでございます」」
「下級使用人のムルアです」
「メイド見習いのメルアです」
兄のほうがムルアで、妹のほうがメルアか。
そういえば、以前にも何度か名前を尋ねた気がする。
私が目覚める前のルピエットはポンコツだから、当然名前なんて覚えられるはずもない。
名前を訊いたことさえ忘れていた節がある。
「私の妹は可愛らしい従者をお持ちみたいだね」
頭をなでてやると、二人は照れ顔を同じくした。
私にも付き人はいるのだが、まっすぐ歩くこともままならない『ポンコツ令嬢』に仕えるという職業柄、付き人というより介護士に近かったりする。
「よかったね、あなたたち。私の付き人になったら手を焼かされて毎日大変だったよ?」
「そんなことないです」
「ルピエットお嬢様はお優しいのでお慕いしています」
この歳でおべっかが言えるのだから、大したものだ。
「それで、何か困りごとかな?」
二人は顔を見合わせた。
そして、いたたまれない表情になる。
「実は」
「手鏡の汚れが」
「どんなに拭いても」
「落ちてくれないのです」
二人が交互にしゃべるので、ちょっと目が回りそうになる。
「そっか。それは困ったね」
廊下にはクロベルのものと見られる家具や生活用品なんかがずらっと並び、ほかの使用人たちが忙しそうに行き来していた。
どうやら大掃除の真っ最中らしい。
ムルアたちはもっぱら生活用品の手入れをおおせつかったらしく、メルアの手の中には手鏡が握られていた。
その鏡面は鱗状の模様で曇ってしまっている。
「いくらこすっても落ちないんです」
「もしかして、ガラスに傷がついてしまっているのでしょうか」
「これは、クロベル様のお美しいお顔を映す特別な鏡ですから、」
「綺麗にできないと僕たちはお叱りを受けてしまいます」
双子たちはしょんぼりしている。
「これ、水垢だね」
鏡面を指でなぞって私は言った。
「水に含まれるミネラル分がこびりついたものだよ。普段から井戸水で洗っているでしょう? それが原因だね。中性洗剤では落ちないから厄介だよね」
「みねら……?」
「ちゅーせい?」
お揃いの顔を同じ角度で傾ける双子が可愛くて私は少し笑ってしまった。
「レモンはあるかしら? 持ってきてもらえる?」
ムルアとメルアはトットットと厨房のほうに走り、タッタッタと戻ってきた。
二人で1つのレモンを握りしめている。
仲いいね。
「でも、こんなもの」
「何に使われるのですか?」
「こうするんだよ」
私はレモンを布巾で包んでぎゅっと押し潰した。
染み出した果汁がしっとりと布地を濡らす。
「これで鏡面をキュキュっと磨けば……ほら!」
頑固な汚れが水にさらされた絵の具のように溶け落ちた。
「「わああっ!!」」
双子の顔が対のひまわりのように明るくなった。
「水垢はアルカリ性だからね。酸性のレモン汁で中和すれば簡単に落とせるんだよ」
「すごいです! まるで新品みたいにピッカピカです!」
「でも、どうしてルピエットお嬢様がこのような知識をご存じなのですか?」
ムルアの言葉には「ポンコツ令嬢なのに」というニュアンスが微妙に含まれていた。
私は返答に窮して眉を歪めた。
前世は使用人がいるような大豪邸じゃなかったから、お掃除のライフハックの1つや2つ、知っていて当然だ。
でも、転生者ですから、なんて言えないし……。
うーん。
「いえ、愚問でした」
「ルピエットお嬢様は」
「あの『完璧令嬢』クロベル様の」
「お姉様ですから」
「博識でいらっしゃるのは」
「当然ですよね」
迷っていると、二人は勝手に納得してくれた。
なんだろう。
私はいまいち釈然としない思いだ。
妹が優れているから姉も優れているはず、という文脈で私を評価しないでほしい。
比べられるとポンコツなのが際立ってしまうので。
まあでも、尊敬と感謝の念が入り混じった双子たちの目は心地よくもある。
ポンコツだってたまには褒められないとね。