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17話 奥義


 アルシュバート殿下が奥義を見せると口にすると、私よりも騎士たちのほうが沸いていた。


「俺たちが束になっても殿下には敵わないからな」


「ああ。だから、誰も殿下の本気は見たことがない」


「わたくしたちはツイていますわね。王国きっての剣豪が実力の一端を披露してくださるのですから」


 同じく剣豪で知られるパルタ先生までもが鼻息を荒くしている。

 もしかしたら、私は数ある選択肢の中から最上級の正解を引き当てたのかもしれない。

 アルシュバート殿下の奥義。

 二度と拝めないかもしれないから瞬き厳禁だ。


「さきほど、僕の編み出した剣技とおっしゃいましたが、殿下ご自身が考えられた技なのですか?」


「そうだ。『浮き藻斬り』という」


 名は体を表すというが、技の名前からは想像もつかなかった。

 ただ眺めるだけというのも面白くない。

 私は木剣を中段に構えて、殿下に向かい立った。

 さあ来い!


「ルピエは勇ましいんだな」


 若干あきれた風だったが、アルシュバート殿下も真剣な目で私を正面に捉えた。

 殿下の手が柄を握った瞬間、首筋に寒気が走った。

 この感覚はよく知っている。

 殺される瞬間の悪寒だ。


 まずいと思ったときには、もう殿下は踏み込んでいた。

 右足が大地を強く踏みつけると、ゾウの足踏みにも似た重い音が響いた。

 私は反射的に後ろに跳ぼうとした。

 だが、地面を蹴るはずの足はなぜか空を切った。

 青く光る芝が遠くに見えている。

 どういうわけか、私は宙に浮いていた。

 ほんの数センチ浮かび上がっていただけだったが、再び地面に触れるまでの数瞬が永遠のように感じられた。


 アルシュバート殿下は伸びきった私の体めがけて剣を振り抜いた。

 空中にいてはなすすべがない。

 私は何もできないまま、鼻の先を横切る刃を見送った。

 ソニックブームで耳がキーンとする。

 それでも、私は目を閉じなかった。


 派手に尻もちをついたところで、周囲の地面が陥没していることに気がついた。

 殿下の右足を中心に緩やかなクレーターが形成されているのだ。


「そうか。そういう技なのか……」


 踏み込んだ足で地面を強く踏み潰し、意図的に陥没を引き起こす。

 すると、足場を失った敵は空中に投げ出され、刹那の間、無防備な姿をさらすことになる。

 そこに渾身の一刀を叩き込む。

 浮き藻のように漂う相手を据えもの斬りにする。

 それが殿下の剣技『浮き藻斬り』の神髄というわけだ。


「何か掴めたようだな、ルピエ」


 アルシュバート殿下は事もなげに剣を納めた。

 たしかに掴めた。

 私はシュバッと立ち上がり、木剣を居合の位置で構えた。


「こうですか、殿下?」


 見様見真似で地面を踏みしめる。

 といっても、非力な私の足ではせいぜい靴の跡をくっきり残すくらいしかできない。

 でも、魔法を織り交ぜれば……。

 ぼこんと音がしてアルシュバート殿下の足元に大穴があいた。

 空中に投げ出された殿下は金の髪をぶわりと膨らませる。


「土魔法……!」


 さすがというか、殿下は瞬時にタネを看破した。

 私は音速には程遠い剣で殿下を狙ったが、案の定、難なく防がれた。

 そして、私たちはもつれ合うようにして穴の中に転げ落ちた。

 下から小さく悲鳴が聞こえる。


「重くてごめんなさい、殿下……!」


 下敷きになったアルシュバート殿下と至近距離で目が合うと、私は顔から火を噴きそうになった。

 ああ、なんと美しいご尊顔……。

 殿下のほうも土をかぶった頬がわずかに赤みを帯びている。

 せっかくだが、ラブコメしているほど私は暇ではない。

 二人してさっさと穴から這い上がった。


「うーん、これでは落とし穴にハメた隙に斬りかかっているだけですね。連動性に課題アリといったところでしょうか」


「それはそうかもしれない。だが、君は僕が何年もかけて会得した技の要点を一目見ただけで模倣してみせた。君には天賦の才がある」


「では、地道に磨けばいずれ殿下をも越えてしまいますね」


「そうはならない。僕にはまだ引き出しがたくさんあるからな。でも、魔法を織り交ぜた君の戦い方は無二のものだ。ほかの誰にも真似できやしないだろう」


 1秒に何度も剣を重ね合う達人同士の戦いの中で、のんきに詠唱している時間はない。

 しかし、無詠唱魔法を扱える私は例外だ。

 剣と魔法を両立できる。


「ルピエ、君は君だけの剣を極めろ。流派や型に囚われない自由な剣を探すんだ。稽古相手なら僕がいくらでも引き受けよう」


 殿下は、河原で綺麗な石を見つけた少年みたいに顔を輝かせている。

 もっと言うと、私をうまく育成すれば、自分の格好の稽古相手になるとか考えている顔だ。

 まあ、将来性を認めてもらえたのなら前進と言えるか。

 それに、稽古なら私も望むところだ。


「それでは、殿下!」


「む? 休憩か?」


「いえ、稽古を続けますよ。どちらかが気絶するまで永遠に、です!」


「……ぇ」


 私は意気揚々と斬りかかった。


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