15話 決闘
「急にいなくなったと思ったら第一王子殿下と決闘!? 頭を打っておかしくなってしまったのですか?」
パルタ先生は腰に手を当てて肩を怒らせている。
「それに、剣の稽古ならわたくしがいるでしょうに」
非難がましい目もセットだ。
私より頭ひとつ分背が高いから、こうして睨まれると暗殺者より怖かったりする。
たしかに、パルタ先生は剣の腕前も超一流だ。
しかし、先生の修めている剣術は貴族の女性が護身のために身につけるものだ。
それだって極めれば比類なき強さが手に入るけど、でも、今の私が欲しているのは、より実戦的な剣術だ。
もっとザックリ言うと、殺し合いに勝てる剣術だ。
きっとパルタ先生はそんな剣を教えてはくれない。
私は木剣を上段に構えた。
アルシュバート殿下が目を丸くする。
「様になっているな」
剣を握ればすっ転ぶのが『ポンコツ令嬢』ルピエットだ。
でも、私は毎日素振りを何千回と重ねてきた。
立ち姿が板についているのなら進歩している証だろう。
「事情はよくわからないが、君がけっして冗談半分ではないことは構えを見て理解した。僕も冷やかしはやめるとしよう」
アルシュバート殿下は片足を軽く引いて、木剣を正眼に構えた。
クィングダルム流正統派剣術の構えだ。
私には殿下の姿が強固な要塞のように見えた。
素人が突撃したところで、たどり着く前に十字砲火を浴びてハチの巣にされること間違いなしだ。
それでも、私にできることは愚直に突っ込むことだけだ。
斬られて学ぶ。
それが、私のやり方だ。
「いきますよ、殿下!」
私は全力を叩きつけた。
激しい音を立てて、木剣が重なり合う。
渾身の力を出したはずなのに、1ミリたりとも押し込めなかった。
「ほう」
「なんです?」
「いや、思いのほか厳しい打ち込みだと思ってな。思い切りもいい」
アルシュバート殿下は手首の力だけでクンと押した。
私はそれだけで数歩後ずさった。
再度踏み込もうとしたとき、殿下は私の目の前にいた。
ぎょっとして木剣を横振りにするが、手首を掴まれて止められる。
コン、と。
私の肩で乾いた木の音がした。
「僕の勝ちだな」
「寝言は寝て言うべきでしょう」
私は構わずハイキックを繰り出した。
今度はアルシュバート殿下がぎょっとして顔を引っ込める。
「ずいぶんと乱暴な戦い方をするんだな」
「手が使えないなら足を使うまでです! ドンドンいきますよ!」
私は狂乱をきたしたニワトリのようにバタバタと剣を振るうが、殿下は終始涼しい顔だった。
息一つ乱れていないらしく、口を固くつぐんで鼻呼吸だ。
私が力強く振った剣は流されて、ジャブを打つように小さく放つ突きは叩き伏せられる。
まるで歯が立たない。
それでも、私はイノシシのごとく、がむしゃらに挑み続ける。
手が使えなければ足。
手も足も出ないなら、こんなのはどう?
私は手のひらから火球を撃ち出した。
「な、魔法だと……!?」
アルシュバート殿下は剣の風圧で火球を左右に切り分けた。
その際、大振りしたがゆえに、わずかな隙が見えた気がした。
「ちぇすとぉぉぉぉ!!」
「僕はそんなに甘くないぞ」
突っ込んでいく私の動線上に、木剣が突き出される。
このまま前に出れば、もろに突きを食らうことになる。
だが、私はその一撃をあえて受けた。
木剣の切っ先がみぞおちに食い込み、殿下の顔が青ざめる。
呼吸が止まりそうなほど痛い。
でもね、呼吸が止まっても3分、心臓が止まっても5秒は動けるんだよ、人間ってのは。
「りゃああああ!!」
私は上段から襲い掛かった。
とった!
そう思った瞬間、アルシュバート殿下の手首から先が信じがたい速度で動いた。
銃声を思わせる破裂音がして、私の木剣が真ん中でバキャリと折れる。
続いて、長い脚が伸びてきて、私の足を払った。
私は派手に芝生の上を転がった。
でも、こんなことでへこたれるほどヤワじゃない。
私はブレイクダンスのように脚を振って立ち上がり、掌中から氷の塊を射出した。
それは、10センチと飛ばずに千の断片に砕けて散った。
アルシュバート殿下は人間離れした速度で私の背後に回り込むと、私の腕を背中側に捻り上げて地面に組み伏せた。
「今度こそ勝負あ――くっ!!」
手のひらが殿下のほうを向いていたので電撃を放ってみた。
さしもの殿下も直撃を免れなかったようで芝生の上を転がるハメになった。
真っ白な衣装に泥と緑色のシミがつく。
「なんて攻撃的なんだ……。お嬢様の戦い方じゃない」
「でも、すごいぞ。あれが本当に『ポンコツ令嬢』ルピエット様なのか!?」
騎士たちの間からどよめきが起きた。
「まあ、なんてはしたない。あんなの貴人の剣術ではありませんわ。はあ……」
パルタ先生はというと、ショックのあまりふらりと倒れる。
私は予備の木剣を引っ張り出してきてアルシュバート殿下に向けた。
「私の中では殺されるまでは負けじゃないんですよ。いえ、前言撤回です。たとえ、命を落としても、諦めるまでは負けじゃないです」
「それじゃ僕に勝ち目がないじゃないか。そんなに真っ直ぐな目をしている君の心を折れる気がしない」
アルシュバート殿下は困り果てたように肩をすくめた。
「ええ。ですから殿下には、日が暮れるまでお付き合いいただきますよ! ――せりゃあああ!」
という感じで、私は休みすら取らずに夕方までぶつかり続けた。
終盤になると、さすがの殿下も肩で息をしていた。
それでも、もはや立ち上がることもできないほど疲弊した私と比べれば元気なほうだった。
「結局、剣では一本も取れませんでしたね……」
「当然だ。僕は物心つく前から剣を握っている。1日で追いつかれてたまるか」
「いいえ。1日で追いついてみせますよ。絶対です」
「その意気だ」
アルシュバート殿下の大きな手に引かれ、私はよろよろと立ち上がった。
「ルピエ、君に詫びなければならないことがある。努力を怠っていると言った僕の発言は明らかに的外れだった。君はとても努力家だ」
マメが潰れて血まみれになった私の手を、剣ダコまみれの武骨な手が包み込む。
「殿下にはまだ敵いませんね。でも、必ず越えて見せます」
私たちはガッチリと握手を交わし合った。
涼やかな風が汗で濡れた頬をなぶっていく。
心地よかった。
でも、これじゃ完全にスポ根モノだ。
いつの日か、私にも乙女ゲームのような日々がやってくるのだろうか。
淡い期待を胸に抱きつつ、その日もあっさり殺されたのだった。




