14話 ポンコツ令嬢の申し込み
翌朝、私は馬に飛び乗ると、いの一番にアルシュバート殿下のもとに向かった。
通りを颯爽と駆け抜けると、2ブロック先の路傍で豪奢な馬車を発見した。
「アルシュバート殿下! おはようございます!」
困惑する護衛の騎士たちには目もくれず、私は馬上から馬車の扉をバンバンと叩いた。
ほどなくして、光の中から生まれてきたような美少年が姿を現す。
殿下は唖然とした面持ちで私を見上げていた。
「ええっと……君は青空の下に咲き誇る、あー、一輪の……」
「そんなのいいですから、私と来てください殿下」
「む、どこに?」
「広いところですよ! 殿下の昨日の剣技、とても素晴らしかったです! ぜひ、私に剣を教えてくださいな!」
私はウキウキしながら用件を伝えた。
私を助けてくれた、あの剣技。
パトシュより後から動き出したにもかかわらず、その剣は恐るべき速さで追いつき、パトシュの剣を跳ね飛ばした。
そして、轟く銃声のような音。
あれは、物質が音の壁を越えたときに生じる衝撃波だ。
パルタ先生が話してくれた。
この世界には、『破音の剣』と呼ばれる音速をも超える剣技があると。
ぜひぜひ、それをお教えいただきたい。
暗殺者いかに強しといえども、私が突然、音速抜刀術など繰り出そうものならひとたまりもあるまい。
「昨日の剣技? 剣の稽古は毎日しているが、君はその場にいなかったはずだ」
「あー、それはその……」
不思議そうに首をかしげるアルシュバート殿下に、どう釈明したものかと考えていると、
「どこへ行ったのですか、ルピエットさん! 馬術の稽古はまだ終わっていませんよ! 戻っていらっしゃい!」
屋敷のほうから張りのある怒声が飛んできた。
パルタ先生がお怒りらしい。
2ブロック先まで響くとなると、私はきっと近隣住民からリュピエート家の恥さらしだと思われているに違いない。
私はえへへ、と苦笑した。
「感心しないな、ルピエ」
アルシュバート殿下は腕組みして目を細めた。
「ルピエ、君はとても素敵な女性だと思う。でも、僕はほんの少しだけ不満があるんだ。天真爛漫なところも弾ける笑顔も君のいいところだ。だが、君はそこにあぐらをかいている。失敗しても笑って誤魔化し、才能の有無や向き不向きを言い訳にして努力を怠る節がある。それは、よくない。君のためにならないと僕は思うんだ」
「……はい」
驚いた。
『ライプリ』の作中では――少なくとも、私がプレイしたストーリー序盤には、アルシュバート王子がルピエットに不満を漏らすシーンはなかった。
ルピエットがどんなにポンコツでも、無理やりにでも褒められる点を探し出して褒めてくれる、そんなキャラだった。
こびていると感じることさえあった。
しょせんは、ユーザーを気持ちよくさせるための演出なんだと感じることがあった。
でも、このアルシュバート殿下は本心から私をたしなめてくれている。
言いにくいことを、私のために言ってくれたのだ。
「今のちょっとかっこよかったです、殿下」
「な、何を言うんだ……」
堅物そうな綺麗な顔がさっと赤らんだ。
「でも、心外ですね殿下」
私は馬から降りて広い胸に人差し指を突き立てる。
「誰が努力を怠っている、ですって? 私は毎日死ぬ気でお稽古しているのですよ。生き残るためにこっちは必死なんですからね!?」
私も腕を組んで、目を鋭くした。
「殿下、私はちょうど剣の稽古相手を探していたところでしたの。お相手してくださるかしら? いえ、もはや決闘ですわ。決闘しましょう、殿下」
「決闘……!? 君と僕がか?」
口にはしないが、態度にははっきり拒絶の意思が表れている。
そりゃそうだ。
お嬢様と決闘したがる王子様がどこの世界にいるのか。
でも、私としては実戦形式で稽古したい。
命がかかっているから簡単には引き下がらないぞ。
「はい、決闘です。でも、殿下とて男の子です。よもや同い年の女子に負けたとあっては面目丸潰れでしょう。負けるのが怖いなら遠慮なさっても構いませんよ」
バッチバチに煽ると、騎士たちがヒューと口笛で冷やかした。
殿下に対してなんと無礼な、と憤っている者もいる。
悪いね。
私は1日という限られた時間の中にいるから、強引に誘うのが癖になっているのだ。
「僕がそんな軽い挑発に乗るような男に見えるのか。馬鹿馬鹿しい。……だが、売られた決闘を買わぬとあっては騎士たちに向ける顔がない。あしらうつもりでお相手させてもらおう」
アルシュバート殿下は思いのほかノリノリでいらっしゃるようだった。
安い挑発に乗ったというより、我が家の敷居をまたぐ口実を得たというほうが正解だろう。
あとは、単に剣が好きなんだろうと思う。
アルシュバート殿下は腰に帯びた剣をまるで愛猫のようになでていた。




