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12話 発生条件


 王子様が我が家にやってきた。

 家主のパトシュは雲上人の急な来訪に肝を冷やしたようだったが、私をチラリと見ると商機を見出した商人のような顔になった。

 娘を王子とひっつける絶好のチャンスだとか思っているのだろう。


 リュピエート家は、貴族社会では五指に入る名家だ。

 過去には王室に名を連ねた者もいる。

 私もアルシュバート殿下もお年頃だし、実際チャンスなのだから目の色を変えるのは当然だろう。


「それでは、後は若い二人でどうぞ、フフフ。私は邪魔にならぬよう席を外させていただきますので、フフ……」


 パトシュはエロ親父じみたニヤケ笑いを残して下がっていった。

 護衛の騎士たちも似たような顔で後に続く。


「きゃああああ! アルシュバート殿下ですわあああ!」


 入れ替わるようにクロベルがやってきた。

 ミーハーなおばさんみたいにキャーキャー言いながら殿下の肩をありがたそうにさすると、長い黒髪を彗星の尾のように引いて去っていった。

 なでるとたしかにご利益はありそうだが、地蔵じゃないのだから、いくらなんでも不敬だろう。


 静かになった客間で、私はテーブルの向かい側に座るアルシュバート殿下に微笑みかけた。


「クロベルにしてもメイドたちにしても、殿下がいらっしゃったことに舞い上がっているようです。殿下は人気者ですね」


「でも、僕の目はルピエ、君しか見えない」


「ぅ、おお……」


「うおお?」


「いえ、なんでもございませんのよ、ホホホ」


 スマホの画面越しに台詞テキストを読んでいるときには無邪気にキュンキュンできたけど、歯の浮くようなセリフをこうして真正面から投げかけられると、受け止める側にも相応の覚悟がいりそうだ。

 ――僕の目はルピエ、君しか見えない。

 だってさ。

 んぐぐ……。

 私はたぶん今、かなり気持ち悪い顔でニヤけているに違いない。


「君は相変わらず意味がわからない人だな」


 アルシュバート殿下はそんな私をどこか楽しそうに見つめていた。


「それにしても、王子様って本当にいるのですね。絵本の中の存在なんだと思っていました」


「おかしなことを言うのだな。つい先日も会ったばかりじゃないか」


 ルピエットの記憶によると、私たちはしばしば顔を会わせる間柄らしい。

 家同士の付き合いや社交の場はさることながら、これといった用がなくとも殿下のほうから通い詰めている節がある。

 ルピエットは果報者だ。


 こうして、王子様と向かい合っていると、自分が乙女ゲームの世界にいることを再認識させられる。

 一体何が楽しくて夜な夜な命のやり取りなぞしなければならないのだろう。

 どうか、このロクでもない筋書きを思いついたシナリオライターが首になりますように。


「殿下はここに来られる前、どちらにいらしたのですか?」


 アルシュバート殿下は物語を進める上での重要人物だ。

 いつでもコンタクトを取れるようにしておきたい。

 そう思って尋ねたのだが、殿下はなぜか目を泳がせた。


「……2ブロック先の路傍にいた」


「路傍に、ですか?」


「ああ。ルピエに会いたくなって城を飛び出して来たまではよかったんだが、君の屋敷が見えてきたところで馬車を停めてしまったんだ。突然押しかけるのも礼儀にもとると思ってな。それで、その……様子をうかがっていた、物陰から、君の。恥ずかしながら」


 殿下はひどくバツが悪そうな顔でそう言った。

 なるほど。

 王子来訪イベントの発生条件がわかった。

 私が気づいていなかっただけで、これまでも王子は私の家のそばまで来ていたのだ。

 しかし、馬術や剣術の稽古に打ち込む私を見て、邪魔しちゃ悪いと引き返していた。

 医務室で寝ていたときも、怪我人の床に押しかけるような無粋な真似はできないと訪問を見送っていたのだろう。

 生真面目なアルシュバート王子らしい気遣いだ。


 しかし、今日はいつもと違った。

 私は朝から休みを取っていたから、気兼ねなく門戸を叩くことができた。

 休日を取る――。

 これが、王子来訪の条件だったわけだ。


 それにしても、尊くない……!?

 一国の王子様が意中の女の子に逢いたくて、馬車の中でまごまごしていたのかと思うと私、胸がときめきすぎて心停止しちゃいそう。

 純情が尊いのよ、すっごく。

 その想いの先にいるのが私なんかでいいのだろうか。

 ……いけない気がする。


「うう、ごめんね。私なんかで」


「っ?」


 純な顔で小首をかしげるアルシュバート殿下もやっぱりまぶしい。

 私なんかが主人公ヒロインになってしまって、すみませんでした。

 恋愛より生存に専念するので、どうかご容赦くだされ……。


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