11話 王国第一王子
屋敷の前の通りに立派な馬車が停まっている。
護衛の騎士たちが居並ぶ中、ドアが静かに開け放たれた。
中から姿を現したのは、まばゆい黄金の髪を風に揺らした、とびっきりの美少年だった。
白を基調とした衣装には高貴さがあり、腰には装飾鮮やかな剣を帯びている。
固く引き結んだ口元が彼の実直な性格をよく表していた。
クィングダルム王国第一王子。
アルシュバート・イー・クィングダルム。
我が国の次期国王にして、『ライプリ』に7人いるメイン攻略対象の1人だ。
『七人の王子様』の中でもアルシュバート王子は特別な立ち位置にある。
なんたって看板キャラクターだもの。
タイトル画面や広告でもその憂いに満ちた美麗な顔を惜しげもなくさらしていた。
ルピエットの記憶によると、彼とは頻繁に顔を会わせる間柄のようだが、前世の記憶を取り戻した状態で会うのは初めてだ。
やっぱり実物はいいな。
キラキラが見える。
まるで歩く黄金像だ。
眼福だなぁ。
などと思っていると、キリリとした眼差しが私を見つけた。
金の瞳が石を打たれた水面のように揺れたのがわかった。
「おはようございます、アルシュバート殿下」
話してみたいことは山ほどあるが、まずは挨拶だ。
私は片足を引いて膝を折り、スカートの裾を左右に広げた。
いや、広げようとした。
「ルピエ……!」
がばっ、と。
そこに、突然アルシュバート殿下が抱きついてきた。
大きな手が私の手首を掴み、腰に回された反対側の手が強い力で引き寄せる。
息がかかる距離で綺麗なご尊顔を見上げる格好になった私は、きっと驚きのあまり間の抜けた顔をしているに違いない。
急になに!?
アルシュバート殿下ってこんなに積極的なキャラだったかしら。
「す、すまない……」
殿下は目を泳がせると、私から少し距離を取った。
手はまだ離してくれない。
「いや、君のことだ。膝折礼などしたら、てっきり転んでしまうと思って……」
「あー……」
不覚にも、自分の中で腑に落ちるものがあった。
ルピエットなら転びかねない。
転ばないなんてルピエットじゃない、まである。
「お気遣いいただけて嬉しいです。今日は調子がよくて、たまたまうまくいったようですわ。殿下の御前で痴態をさらさずにすんでよかったです」
私が手を引っ込めると、アルシュバート殿下はびくりとして手を離してくれた。
への字になった口元がムニムニと動いているが、それはどういった感情からだろう。
「それで、殿下。本日はどういった御用で我が家にいらしたのですか?」
リュピエート家は王国屈指の名家だ。
王室とも、もちろん長い繋がりがある。
しかし、お友達というわけではないので、アポなし訪問なんてまずありえない。
よほどの緊急事態でもない限りは。
隣の国が攻め入ってきたりしたのだろうか。
私は好奇心と不安を半々にしてお言葉を待った。
アルシュバート殿下は妙にそわそわしたまま一向に口を開こうとしなかったが、後ろに控えた騎士たち(みんなイケメン)に背を押されようやく口火を切った。
「ルピエ」
「はい、殿下」
「……いや、僕のルピエット」
「僕の!?」
「君は青空の下に咲き誇る一輪の……はみゅ!」
「はみゅ!?」
何か甘い言葉をつぶやこうとしたらしいアルシュバート殿下が舌を噛んだような顔をして、サッと頬を赤らめる。
その後ろでは騎士たちが天を仰いで嘆いたり腹を抱えて笑ったりしている。
そのやり取りに私は既視感を覚えた。
そうだ、ゲームの中にこれと同じシーンがあったはずだ。
遅々として進展を見せないアルシュバート王子とルピエットの仲。
痺れを切らしたお付きの騎士たちが二人の恋路を応援すべく、余計な世話を焼く。
「女性は甘い言葉に弱い」などとアルシュバート王子をそそのかし、まんまと乗せられた王子は慣れないポエムを口ずさみ、そして、盛大に噛む。
公式に「口下手で実直」と言及された彼が見せる稀少なメロシーンだから、多くの乙女たち同様に、私も胸をときめかせたのを覚えている。
実物を拝めるだなんて、私は前世でどれだけの課金を積んだのだろう。
内心よだれを垂らしながらも、私はキッと後ろの騎士たちを睨んだ。
やっべ、という顔で気をつけする騎士たちだったが、その顔はまだニタニタしている。
主と護衛というより、気の置けない男友達同士って感じで微笑ましい。
はあ、とアルシュバート殿下は張り詰めたものを吐き出した。
「どうしてだろう。ルピエ、君だけだ。僕がこんなにも上手く話せなくなってしまうのは。臣下や騎士たちの前でスピーチするのだって少しも胸が苦しくなることはないのに」
やはり、原稿を読むだけなんて僕らしくないな、とつぶやいてから、殿下は逃げ場のないくらい真っ直ぐな瞳で私を貫いた。
「急に君の顔が見たくなった。だから、来た」
赤い頬を隠すでもなく、そう言われた。
「それがご用件ですか?」
「そうだ。ほかに何がいる?」
ヒューヒューと拍手喝采が上がったので、もう一瞥くれてやった。
それから、私は人差し指で頬をトントンして記憶をさかのぼった。
アルシュバート王子とルピエットお嬢様。
二人のなれそめは、たしか王子の一目惚れだったはずだ。
王子といっても世間が思うほど煌びやかなものではない。
国王の期待、臣下たちの思惑、血を分けた兄弟間での王位継承権争いなどなど……。
王室を取り巻くサメ肌のような空気にさいなまれ、心を病んだアルシュバート王子は天真爛漫なルピエットの笑顔に救いを見出す。
そして、二人は逢瀬を重ねるようになり……。
ふむ。
つまり、彼はすでに私にゾッコンというわけか。
「やだもーっ!!」
私は照れ隠しでアルシュバート殿下の胸をバシバシ叩いた。
そして、こんなことをしている場合ではなかったと思い出す。
ループが始まって以来、初めてのレアイベントだ。
イベントの発生条件と今後のストーリーの分岐を徹底リサーチしないと。
「さっ、このようなところで立ち話もなんですわ。どうぞ、お上がりください、アルシュバート殿下」
私が手を引くと、殿下はまた口元をムニムニさせた。
どうやら照れているらしい。
だが、手を振り払おうとはしなかった。
「さっそく取り調べといきましょう」
「取り調べ……?」
「はい。殿下に黙秘権はありません。知っていることは全部吐いてもらいますよ。覚悟なさってくださいね!」
同じ1日が永遠と繰り返される代り映えしない日常に今、一石が投じられようとしている。
うまく立ち回って明日に繋がる道がないか模索しよう。
もしかしたら、暗殺者を倒す手立てが見つかるかもしれない。
私は意気揚々と王子を屋敷に連れ込んだ。




