限界婚活魔法少女
何事にも限度というものがある。
それは本人の意志や願いとは無関係に、ある日突然訪れる。
「年齢は34歳。職業は……えっと、魔法少女です! 異世界の魔物退治やってます!」
相手方の男性が額に汗をかき、目を泳がせている。
そりゃそうだ。
スーツの下に見え隠れするフリフリのついたピンクのドレス。
髪はピンク色のツインテール。背中に背負ったハートのステッキ。
まともな社会人どころか、端から見ればただの変質者である。
「それで住所は実家住みで……って、魔法少女ですか?」
「はい! 魔法で世界の愛と平和を守ってます! もう20年やってます!」
20年前、異世界の扉が開いて現実世界に魔物が現れた。
それから私はずっと魔法少女として戦い続けている。
でも悪いことはしてないし、むしろ良いことしているんだからほめてほしいくらいだ。
「あのう、それって年齢制限とか無いんですか?」
「ありません! 平和を愛する心に年齢は関係ありませんから!」
「あ、そうですよねー。あははー」
お相手さんは少し、というかかなりドン引きしている。
でも仕方ないじゃないか。
さっきだって魔物と戦って、急いで婚活会場まで来たから着替える時間がなかったのだ。
「それで年収は……」
「0です! あ、でも最近YouTube始めたらちょっとだけバズって、まだ収益化してないけど登録者1000人くらいいますよ!」
「へー。それはすごいですね……」
しまった。
ユーチューバーは安定していないから意外と婚活市場では評価されないのだ。
将来性を見てほしいところだけど、どうだろうか。
「あのー、魔法少女を引退とかって考えてます?」
「考えてません!」
「そうですかー……」
お相手さんはそれっきり黙秘に移ってしまった。
(終わった……)
そう私は、心の中でつぶやいた。
「え。また婚活失敗したの?」
「そうなんだよー。もうこれで10連敗中だよー?」
私は街角のカフェでコーヒーをすすりながら、友達に愚痴っていた。
「マッチングアプリもダメ、街コンもダメ……。あんたこれからどうすんの?」
「どうすんのって言ってもさー。こちとら魔法少女にYouTubeにと毎日忙しいわけで」
「それでデートすっぽかしてドタキャン祭りなんでしょ。結婚どころか彼氏も出来てないじゃん。もう魔法少女やめれば?」
「それだけは絶対ダメ!」
人々を脅かす魔物が現れ続ける以上、世界の平和は私の手にかかっているのだ。
それに。
「あのね。20年前、敵組織にアキラくんって子がいてね」
「はいはい。その子の死に際に『いつまでも君はそのままでいてくれ』って言われたんでしょ」
友達はもう聞き飽きたとばかりにうんざりといった顔で言った。
「そうなんだよ! だから私は、あの時の私であり続けなくちゃいけないの!」
「それって、要するに過去の男を引きずってるってことでしょ」
うっ。
図星過ぎて何も言い返せない。
アキラくんとは敵だったけど奇妙な交流があった。
初恋、だったかもしれない。
でも彼は20年前、敵の攻撃から私をかばって命を落としてしまった。
そんなの経験したら忘れられるわけがない。
「魔法少女もいいけど、そろそろ自分の人生も考えなさいよ。いい加減もういい年なんだからさ」
そう言い残し、彼女は席を立った。
34歳。未婚。
その言葉が超重量級の鉄球のようにずっしりと両肩にのしかかってくる。
あと一年で高齢出産だとか、結婚できる可能性が20パーセントになるだとか。
スマホを開けばそんなネガティブな情報ばかり目に入って来る。
一方で去っていった友達の薬指には銀色に輝く指輪が輝いている。
同じ年齢で魔法少女ではない普通の女の子が、普通の幸せを手に入れている。
もう限界、なのだろうか……。
「でも魔法少女が平和を守らなかったら、世界が終わっちゃうじゃん」
私は小さくつぶやく。
普通じゃない、特別な私。
そんな私はスマホでマッチングアプリを開く。
そろそろ待ち合わせの時間だ。
今日の相手はまじめそうだし、魔法少女のファンだって言ってたからいけるはず。
そう思っていた矢先、バックの中のハートのステッキが震え始めた。
遠くから爆発音と人々の叫び声が聞こえてくる。
魔物だ。
私は上着を脱いで、コスチューム姿を現にした。
「チェンジ! ミラクルラブハート‼」
魔法少女に変身した私は事件現場に飛び込んだ。
ちょうど待ち合わせの場所の方向。
大型ビルが立ち並ぶ都会の一角で、巨大なトカゲ型の魔物がのしのしと歩き回っている。
「そこまでよ! 魔法少女ミラクルラブハート、参上!」
クルクルとハートのステッキをまわしながら、高々に名乗りを上げる。
「ママー、あの人空飛んでるー」「しっ、見ちゃいけません」
なんてお決まりのフレーズが聞こえてくるが、ムシムシ。
「魔法少女ぉ? なんだ年増じゃねえかぁ!」
魔物から発せられたのはなんとも無礼な一言。
というかその声、どこかで聞き覚えが……。
「あ、あなたはもしかして⁉」
「グググゥ。あの結婚相談所、ハズレ掴ませやがって……。こっちは年収1000万のエリート様なんだぞぉ!」
婚活怪獣ハイスペックス。
婚活に失敗し続けた怨念が彼の身も心も魔物に変えてしまった、悲しき存在である。
「クソみたいな女しか寄ってこねぇ! もっと若くてピチピチの20代前半と結婚したいんだよおおおおお‼」
一応言っておくと、彼の年齢は私と同じで34歳だ。
釣り合いは取れているはずなのに、理想だけが異常に高い辺りいろいろと察する。
「あなたは心を魔物に蝕まれている! お願い、どうか人の心を取り戻して!」
「うるさいババァ! これでもくらえ!」
ハイスペックスが火を噴いた。ブレス攻撃だ。
(こっちがババアならそっちはジジイだろ)
というツッコミは胸にしまって必殺技を放つ。
「ミラクルラブビーム‼」
ハートのステッキに魔力をためて、一気に全範囲攻撃魔法を発射。
ビビビビビーッと光線が火炎を貫き、魔物をこんがり丸焼きにする。
「う、うう……」
バタンと倒れたハイスペックスは、しくしくと泣き始めた。
「ちくしょう。俺は今までまじめに勉強して、いい会社に入って、頑張ってきたのに……。なんで婚活だけうまくいかねえんだよ……」
かわいそうに。
純粋にそう思った。
たぶん彼はちゃんと人に愛されたことが無かったのだろう。
だからこそ人をどう愛したらいいのかを、何も知らないのだろう。
私はそっと、悲しき怪獣の頭を撫でた。
「よしよし。つらかったね、苦しかったね。よく、頑張ったね」
「よせ! そんな優しい言葉を俺に向けるな!」
「あなたは運が悪かっただけ。あなたは、何も悪くないんだよ」
「う、うぅぅぅぅ……‼」
怪獣は泣き続けた。
その涙は町に広がっていた火を全て消し去り、道路を水浸しにした。
そして体がみるみる小さくなって、元の人間に戻った。
泣きつかれたお見合い相手は、つき物が取れたようにすやすやと眠りについた。
ふう、と仕事を終えて一息つく。
これからが魔法少女は忙しい。
壊れた街の復旧や被害にあった人々の救助が残っている。
さて行きますかと周囲を見渡した時、空にスマホを向けている一人の青年を発見した。
気になって後ろからそっとのぞき込む。
「君、私のこと撮ってたの?」
「へっ、あ、はい。スミマセン……」
スマホの画面にはコスチューム姿の私、魔法少女34歳の姿がくっきりと映っている。
こうして客観的に見てみると、なんというか少しコスプレ感がある。
無理しているというか痛々しいというか、ちょっと無理難題な感じ。
「って、君は私のデート相手じゃない。どうしてここに?」
「あの。待ってたら、魔物が出てきて、それでつい……。ごめんなさい!」
キョドりながらも必死に謝っている。
年下だし顔は可愛くてけっこう好みなんだけど、この女子耐性ゼロっぽさはちょっとマイナスだ。
「それで、私のこと撮ってどうするつもりだったの?」
「えっと、ファンだったので、その雄姿をカメラに収めようと……。あ、動画をネットに流したりとか、そういうつもりはありません!」
(また厄介ファンか……)
そう思いながらもスマホの画面をしげしげと眺める。
映っている私はしっかりフレームに収まっていて、手ブレもなく動きにもちゃんと追従していた。
前なら削除させて注意してたところだけど、今日はせっかくのデート相手。
それにこれ、正直めちゃくちゃ良い映像だ。
「じゃあ君は、私が推しってわけだ」
「は、はい。スミマセ」
「謝らなくてもいいよ。それより君ってパソコン詳しい?」
「え、あ、少しくらいは。自分でゲーム実況とかもしたりしてます」
「アプリの趣味欄にはカフェ巡りって書いてあったのに?」
「あの、友達にそうした方がいいって言われて、プロフィール盛ったんです。スミマセン」
「別にいいよ。それよりこの動画、私にくれない?」
「へ?」
これならYouTubeの動画用にバッチリ使える。
前から使っていた浮遊カメラは手ブレが酷くて、見てて酔うって言われてたのだ。
「君、私のカメラマンになってよ」
「え、えーーーー‼」
今までで一番大きな声を上げている。
なんだ、出そうと思えば出せるじゃん。
それによく見ると彼、ちょっとアキラくんに似ているような。
……いやいや、それはさすがにこじつけか。
もしかしたら私は、少し婚活に焦りすぎていたのかもしれない。
さっきの哀れな婚活怪獣を見て、そう思った。
普通になりたくて、普通の幸せを求めて、背伸びして。
勝手に期待して、勝手に裏切られた気になって、勝手に落ち込んで。
それで自分を偽るくらいなら、ありのままの自分でいた方がずっといい。
「そうと決まれば動画編集ね。私の家に行くよ!」
「え! さすがに見ず知らずの男を家にあげるのは、やめた方が……」
「何言ってんの! 私が君に負けるわけないでしょ! さ、しっかりバズるように編集してね!」
「む、無茶苦茶だ……」
こうして私は、専属のカメラマン兼、動画編集者兼、恋人候補を手に入れた。
YouTubeの登録人数はこの出会いをきっかけに10倍に跳ね上がることになる。
魔法少女の戦いはこれからもずっと続く。