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第8話 来客続々と 8/6

 週末。世間は休みと言うことだが、俺はここ最近、毎日のルーティンとなっている家の畑の手入れに精を出していた。というよりは、仕事もないので毎日が休みではあるのだが。ハハッ。


 キュウリ、トマト、ナス、とうもろこし、ピーマン、オクラ、スイカ、カボチャ……婆ちゃん植えすぎだろ。しかも、婆ちゃん家の庭にある家庭菜園はなかなかの広さだ。他の家がどうなのかは知らないが、だいたい400平米くらいあるだろうか。


 ゆとりを持って植えているとはいえ、一人で管理するには明らかに厳しい広さだと思う。この作付面積で、かつ多品目。どうやって一人で管理してたんだろうか。


 早朝とはいえ、日は昇って来ており温度は高い。内心では愚痴ばかりだったが、そうしていては何時までも作業が終わる事はない。覚束ないながらも、既に実がなっているものは収穫し、不要な部分があれば鋏でちょん切り整える作業を進めていく。


「ちは〜! 花重さんいる〜?」


 玄関の方から若い女性の声がした。


「はいよー、庭に回ってー!」


 その声に反応して、少し離れた場所で苗の手入れをしていた婆ちゃんが玄関の方に大声で答えた。


 すると玄関の方から現れたのは農作業用の幅広の帽子と顔を覆うフード、アームカバーにTシャツ、ダボッとした緩いジャージの女性──肌を完全に隠したその人物の顔は伺うことは出来なかった──の姿があった。


「おはよ〜。……あ? ダレ?」


 その女性が此方を訝しむようにして言う。いやいや、此方のセリフ。


「あぁ、おはよう來良ちゃん。コレ、孫。扱き使っていいから」

「はぁ」


 どうにも眼の前の女性は婆ちゃんの知り合いらしい。農作業の格好をしているということは、手伝いに来てくれたということなのだろう。


 しかし、アレだ。もう下っ端の扱いだなぁ……まぁ、農作業なんかは素人仕事で慣れちゃいないし、仕方ないんだけどさ……


「婆ちゃん、もっと何か紹介とか……俺、初対面なんだけど」

「挨拶なんぞ勝手にせぇよ、図体の割に肝の小さい……近所のクソジジイんとこの孫の猪瀬來良ちゃんだ。來良ちゃんはまだ高校生だが、要領が良い。しっかり教えて貰うんだね」


 マジかぁ。高校生っていや、15〜18? てことは最低でも12は離れてるのか……


「……あ? おっさん、邪魔すんなよ」

「お、おっさ? ……辰巳だ。よろしくな」

「ハァ……」


 別におっさん呼びが嫌だとか、そう言う訳ではなかったのだが、実際に言われる年とは思ってもいなかった。一応まだ二十七なんだが……


「あのさぁ、アタシのことガキだと思ってナメてんのかもしんないけど、おっさんは教えて貰う立場な訳」

「え、あ、あぁ……」

「チッ……とろくせぇなぁ。わかんでしょ、大人なら」

「……よ……よろしくおねがいします……?」


 ふん、と鼻で笑われた。何だコイツ。何考えてこんな態度とってんだ。婆ちゃんも婆ちゃんで、何も言わねぇし。というか、婆ちゃんは自分だけさっさと作業に入っちゃったし。


「……うぃ。んじゃ、収穫作業のコツだけど──」


 と、來良は切り替えが早いらしい。戸惑う俺を他所に、彼女は女子高校生とは思えないほどテキパキと準備を始める。


 そんな姿を眺めながら、どこか釈然としない気持ちのまま、彼女に教えて貰いながら俺たちは作業を開始するのだった。


 □


 ミニトマトはヘタが反り返ったら収穫適期。柄のコブを押さえて少し回すと、簡単に取れる。楽だから房ごと取る人もいるとか。売るのでなければ、そこまで丁寧にする必要はないそうだ。それから脇から生えてくる小さな芽は取れと言われた。


 キュウリの収穫の目安はだいたい20センチくらいで、大きくなる前に取る。収穫を逃して大きくなりすぎると食えたもんじゃないらしい。あと粉吹いてる実の株があったが、病気とかではないらしく、むしろ美味いと言われてるとか。來良は正直味の違いはわかんねーけどなと言っていた。


 スイカは脇芽を取るくらいで、蔓を整えた。実が大きくなっていたので収穫頃だと思っていたのだが、來良は実をポンポンと叩くと音を聞いて、まだ早いと言った。大玉は多分、盆くらいに収穫でいいらしい。小玉はいくつか試しに収穫してみてもいいそうだ。


 一緒に作業を進めてゆくと分かったのだが、來良は農業の経験が豊富みたいだ。チラッと聞いてみた限り、祖父──婆ちゃん曰く近所のクソジジイが畑を持っているようで來良も手伝いでよくやらされているらしい。


 そして意外にも、來良は口の悪さに反して教え方が上手く面倒見も良いのかもしれない、と当初の印象から上方修正しようと思っていたのだが……


「おい、おっさん! 蔓踏んでるって!」

「え? あ、わり」

「あーあ、つかえねーなぁ」


 ピキキッ……こンのガキゃあ……どうにも蔓を踏んでいてしまっていたらしい。足元の蔓を見てみると見事にペッタンコに潰れてしまっていて、潰れた組織から汁が滲み出ている。その駄目になってしまった蔓に着いてあった小玉スイカも丁度良かった? ので収穫することになった。


 悪いのは俺だが、もう少し言い方と言うものがあるだろうに。コイツ、こんな性格して学校で大丈夫なのだろうか。


「腰いてー。そろそろ休憩しようぜ〜。つか、おっさんの癖に体力ヤバくね? 無理すんなよな」


 うるせぇな。こちとらまだ二十代じゃい。あとおっさんじゃねぇ。


 ──いいペースで進んでいるらしく、今日はこのままナスは小さいのも大きいのも一旦全て取ってしまう作業までしてしまうそうだ。大きいのはそのまま使い、小なすは漬物にすると美味いとか。そして、縦横に茎葉が広がって伸びたものをバツバツ刈り込んでゆき、花と蕾も見落としがないように容赦無く切り落としてゆく。勿体ないとも思ったが株を休ませて、また秋に収穫するためには必要なのだそうだ。


「──お疲れさん。ほれ、辰巳、來良ちゃんもそろそろ終わりな」


 集中している内に大分時間がたっていたらしい。此方を呼ぶ声が聞こえると、何時の間にか作業を終えた婆ちゃんが縁側にて冷たい麦茶と茶菓子を出してくれていた。


「なんだ、大分進んだねぇ。意外と良いコンビなんじゃないかい?」

「うぇー、勘弁してくれよ花重さん〜」


 はっはっはっ、と笑う婆ちゃん。大分高くなった日が地面をジリジリと焼いていた。コップにギュウギュウに入れられた氷が急速に溶け出してゆく。


 空は雲なく晴れ渡る。既に炎天下の酷暑が町を支配する時間帯だ。アブラゼミはジージーと高らかに鳴き響いている。その音はまるで熱気を乗せているようで、耳に届くたびに暑さを更に強く感じさせた。


「あー、あっちぃ……」


 げんなり、と声の張りを失った來良が頭部を厳重に覆っていた帽子を脱ぐ。其処に現れたのは黒と明るい茶のプリン髪を後ろで一本に括った女の子だった。


 今まで帽子の影になっていてよく見えなかったが來良は灰色のカラコンを入れ、そして作業時から気づいてはいたが付け爪もつけていた。そんなのでよく作業出来たものだと逆に感心してしまう……グラスに入った麦茶を呷るように飲む姿は相応に幼い。まぁ、アレだ。所謂、ヤンキー娘と呼ばれる人なんだろう。


「ひゃ〜、冷たあぁ〜。花重さん、もう一杯ちょうだい」

「はいはい」


 婆ちゃんはまるで孫を見るかのような目をしていたように思う。作業中、特に來良に尋ねるようなことはしなかったが、彼女はどういう経緯でウチの畑を手伝うようになったのだろうか。


「なぁ、來良ちゃん」

「來良、ちゃん〜?? おっさんが気持ちわりぃ……呼び捨てでいいよ。年上だろ」


 年下なら少しは敬語とか付けるとか、丁寧に話す努力したらどうなんだよ。……そんなこと口にしたら立派な図体の癖に小せえ男だな、とか言われそうだから言えないが。


「來良」

「なに」


 俺が呼ぶと、來良はこちらを見ることもせずに返事をした。


「ちょっと気になったんだが、來良は何だって此処の畑仕事手伝うようになったんだ?」

「……あん? 何だっていいだろ」

「それはそうだけど……これまでずっと婆ちゃんの手伝いしてくれてたんだろ? 悪かったな。これからは俺も婆ちゃんのこと手伝える。だから──」


 畑を手伝ってくれているのは、近所付き合いの一環なんだろうが、あまり他所様に頼り切りになるのは良くないように思う。それに目の前の來良はまだ高校生。俺には無かったが、高校生なら一番楽しい時期じゃなかろうか。手伝いが負担になっていないだろうかと思ったのだ。だから、今は俺もいるし、無理しなくてもいいと……そう親切心で言うつもりだった。


 しかし、俺の言葉は途中で遮られた。


「だから、何だよ? もう来る必要ないって? 身内じゃないアタシは邪魔だって言いたいのか?」

「ん? いやいや、なんでそうなる。そういう意味じゃなくて……」

「……ぽっと出の、身内ってだけの癖に。しゃしゃんな。花重さんの手伝いは、アタシが好きでやってんだよ」


 途端に不機嫌になる來良。俺には訳がわからなかった。だってただ此処を手伝うようになった経緯を聞いて、もしも負担になっているようなら無理しなくていいと気づかいで言おうとしただけなのに。そんな、場の雰囲気が緊迫感を帯び始めたかという時だった。


「全く……石動の男は総じてデリカシーがないからね。済まないね、來良ちゃん」

「……うぃ」

「婆ちゃん」

「おまけにウチの男共はあまりにも気が利かなくてね。だから一人で大変そうにしてる私を見かねて、來良ちゃんが手伝ってくれるようになっただけさ。そんな機微も分からんとは……辰巳も爺さまと比べりゃ、まだまだ物足りない。來良ちゃんは何時でもここに来ていいんだよ。私も助かるからね」


 ……どうやら俺は來良の善意を無碍にしようとしてたみたいだ。婆ちゃんは一人暮らしだ。もしかしたら來良は婆ちゃんを一人にしていることにも怒っているのかもしれない。そして、俺は婆ちゃんと來良が築き上げてきた関係に横槍を入れてしまったと。


 カラカラと笑う婆ちゃん。何となく、はぐらかされた感じはするが……いったい婆ちゃんと來良の間にはどんな過去が、どんな繋がりがあるのだろうか。


 ……取り敢えず、婆ちゃんの息子の叔父さん達が定期的に手伝いに来ているといったことは無かったらしいことは簡単に予想がついた。とばっちりだよ、もう。


「そうだ。辰巳、來良ちゃん、ちょっと野菜が取れ過ぎたんでね。あとでご近所と、知り合いのとこに配って来ておくれ」


 と、先程の空気を払拭するかのように婆ちゃんは俺たちに指令を下した。てか、今空気が悪くなりかけたばかりなんですけど? 何? 二人で話して和解してこいとかそういう意味? 


「え〜? ……おっさん、車は?」

「そんなものはない」

「はぁ? 車くらい持ってねーのかよ。幾つだよ、おっさん」


 ぐぎぎ……生意気なガキンチョめ。噛み締めた歯が軋んだ。


 □


 俺が來良にバカにされ、歯を噛み締めていたときだった。


「ごめんくださーい」


 ──と、その時、ピン ポーンという古い呼び鈴の音が鳴り、誰かの来訪を告げる控え目な声が聞こえてきた。


 あぁ、そうだ。昨日、資料館に行ったんだが、そこで同級生の神楽木さんに出会い、思いがけないきっかけからアルバイトに誘われていたのだった。


 ただ、俺が携帯を持っておらず、その時は婆ちゃん家の電話番号も把握していなかったがために連絡手段に困り、神楽木さんが話をまとめてから家に来てくれることになっていた。再会してごく間も無いとは言え、彼女には本当に世話になりっぱなしだ……これから頭が上がりそうにない。


 流石に申し訳なくて、最初は俺が神楽木さんの所に伺うと言ったのだが……神楽木さんは譲らなかった。でも、可笑しいな。午前中は畑の作業予定があるからと、約束は午後にしていたと思ったのだけど……


 と、少々不思議に思いながらも縁側をぐるっと回り、外から玄関まで迎えに出る。


「おはよう、神楽木さん。ごめん、こんなに早くに来るとは思わなくて」

「おはよう。こちらこそ、ごめんね。午後にちょっと用事が出来てしまって……」


 どうやら神楽木さんは午後に急な用事が出来てしまったせいで、申し訳なく思ったがウチに来る用事を前倒しにしたらしい。


 そんな神楽木さんは昨日の地味な服装──当たり前だろうが仕事用の服とは打って変わっての私服姿だ。今日は清楚な白いワンピースに身を包んでおり、日傘をさしたその姿は大人の女性の雰囲気を前面に醸し出している。


 ワンピースから伸びる、夏場とは思えない程に白い肌の手足が酷く眩しく映る。率直に言おう。なんか刺さる……


 しかし、どこか違和感がある。……そうだ、今日は眼鏡をしていないし、光の反射の加減かと思ったが目の色が違う。神楽木さんの目は深い青緑の碧色だった筈だが、今は茶になっている。彼女もカラコンを入れているのだろうか? 


「今日は目の色が茶色なんだね」

「職場ではもう知られてるからいいけど、外でそのままだと少し目立つから……」


 付けてないほうがキレイなんだけどな……勿体ない。ちなみに職場では虹彩異色症と話しているそうだ。何それ。ついでに普段つけている眼鏡には少し色が入っているらしく、それで瞳の色を分かりづらくしているのだとか。


「い、石動くん、あまり、その……」

「あっ、あぁ、ごめん」


 恥ずかしげに顔を伏せる。どうやら、あまりにもマジマジと見過ぎたらしい。


 それからハッと我に返る。何時までも玄関で立ち話という訳にもゆくまい。取り敢えずは、婆ちゃんに神楽木さんを紹介せねばなるまいと思い、家の中へと案内する。


 ちなみに婆ちゃんには資料館で同級生に会ったこと、仕事を紹介して貰えそうな事は話している。ただ俺が本物の神隠しから帰ってきたことを神楽木さんが知っていることや、彼女が俺と同じく見える筈のない者達が見えることについては話していなかった。それは神楽木さんが隠しているだろう秘密や事情を明かしてしまう事になりかねなかったからだ。


「婆ちゃん。昨日話した同級生の神楽木さん」

「おやおや。今はこんな格好なんだけどすまないね」


 畳敷きのお茶の間へと通し、声をかける。縁側で農作業していた格好のまま長閑に麦茶を飲んでいた婆ちゃんだったが、俺の声で此方を振り返った。


「午後に来る予定だったけど、急用が出来たから早めに来ちゃったって」

「え、あ、あの、石動くん。その説明だけだとちょっと……」


 背後からは神楽木さんの困惑する声。何か不味かっただろうか? 


「お邪魔いたします。はじめまして、神楽木の、結衣と申します。まずは急にお訪ねしてしまい申し訳ありませんでした。昨日、石動くん……いえ、辰巳くんから相談を受けまして、私の方で紹介出来そうなお仕事を纏めていたのですが、元々約束していました時間に外せない急用が入ってしまいました……申し訳ないとは思いましたが、時間を早めてご訪問させていただいた次第です」


 と、畳に正座して30度ほど上体を倒し、手を膝頭で揃えた。それを見た婆ちゃんも居間に上がって同じように礼を返す。それから神楽木さんは此方、ほんのお気持ちですが、と袋から取り出した何かを婆ちゃんに渡していた。


 しかし一気に言い切ったな。それに何かすごい。所作? 振る舞い? っていうのが育ちのいいお嬢さんって感じ。俺、対応間違えちゃった? こういうマナーって言うのかな。この年で何も知らないのが恥ずかしくなってくるな……


 若干気まずい心地のまま神楽木さんを見ると、彼女は思う所などないという風に、にこりと俺を見て微笑んだ。なんだ、神楽木さんは心でも読んでるのか? 取り合えず神楽木さんに思うところがなさそうで安心した。


「ほぅ……そうかい。ありがたく頂戴するよ。この大馬鹿のせいで色々と気を回させてすまなかったね。良かったらこれからも辰巳の力になってあげておくれ」

「はい、それは勿論。まずは携帯電話を買える資金を貯めて貰うつもりです」

「はっはっはっ! それはいい! 面白いお嬢さんだね」


 冗談なのか本気なのか分からなかったが、笑い声がしていたから婆ちゃんにはウケていたみたいだった。でも、そりゃそうか。ケータイさえあれば、神楽木さんが訪問する日時の調整なんてもっと簡単に出来た筈なんだし。


「辰巳。仏壇に上げときな」

「分かった」


 婆ちゃんの言葉通り、仏壇に神楽木さんから貰ったお土産をお供えした。と、そこで俺は此方に向けてこっそり手招きしている來良に気づいたのだが──


「しかし、お嬢さん神楽木といったね」

「……ご存知でしたか。ですが、どうかご心配なく。今はもう、頭の固い方たちはだいぶ少なくなりました。それに辰巳くんを害するような気は私にはありませんし、許しませんから」

「……悪いね、やはり歳を取るとどうにも心配性になってしまう。辰巳が信じたんだ、アンタに任せるよ」

「ありがとうございます。御婆様のご信頼とご期待に応えられるように頑張ります」

「クク……御婆様ねぇ」


 ──と、残念ながら神楽木さんと婆ちゃんが何を話しているのかは、離れた場所にいた俺にはよく聞こえなかった。というのも、その時には俺は來良に手招きされて彼女と話をしていたからだ。


「……おっさん、もしかして、あぁいうのが良いのか。あれ絶対ヤバい奴だから気をつけろよ」

「ヤバい?」


 來良に近づくと、開口一番にそう注告された。


「いや……何か、あの女見てると、なんかこう、背中がザワザワする。アタシの勘はよく当たるんだ」

「……あんまり初対面の人に対して失礼なこと言うのはどうかと思うぞ」


 向こうには危険な事も沢山あったし、勘に助けられたことも一度や二度ではない。だから勘を軽んじている訳ではなかったが、俺は特に何も悪い予感はしていなかった。


 俺が同じく殆ど初対面の來良に、一応年上としてやんわり注告して返すと、けっ、アタシの言うこと聞いておくべきだと思うけどな、と來良が呟いた。


「だって、どう見ても狙い過ぎじゃん。コワ過ぎ」

「狙い過ぎ?」

「あーあー、分かってねーなー。相当自分に自信持ってないと着れないねぇから。白のワンピースなんて」

「そう、なのか? 実際、よく似合ってると思うけどな……」


 肩を竦めるようにしてヤレヤレと、馬鹿にした風に俺を見た。


「考えてもみろよ、汚れやすい白だぜ。アレ、自分は清純ですってアピールなんだからな。中身はともかく」

「來良、お前なぁ……」

「全部計算だって、計算。おっさん、いくらモテねーからって、付き合う女はちゃんと考えた方がいいぜ? つーか、その気にさせて貢がせるってパターンもあるかも」

「なっ、馬鹿言うな! 神楽木さんは、そんなんじゃねぇから」

「はぁ〜? 絶対ちょっとは期待してただろ。おっさんのあの女を見る目マジでキモすぎだったぞ」

「えっ、マジか……」


 來良の言葉にショックを受ける。そうか……俺、確かに神楽木さんの姿見た時、何かイイなって思ってたわ……女の人は男の視線に敏感だって聞くし、変な目で見てたのも神楽木さんにバレてたのかもしれない。そういえば、神楽木さんも少し居心地悪そうに……してた、かもしれないな……反省しよう……


「こんにちは。少し石動くんを借りてもいいかな?」


 と、神楽木さんが婆ちゃんへの挨拶を終えたのか柔和な笑みを浮かべて此方へ来たのだが……


「うーわ……やっぱ、キッツ。胡散クセェ匂いがプンプンっすよ、蛇っぽいオネーサン」

「ちょ、おいっ」


 初対面の人に対していきなり暴言を吐いた。瞬間、シン……──と、二人の間の空気が死んだ気がした。


「……キミ、まだ高校生かな? あまり初対面の人に失礼な事は言わない方がいいと思うよ」


 と、神楽木さんは少々驚きはしたようだが、言葉の意味を理解してからもニコニコとした表情を崩さない。暴言を吐いた來良に大人の対応として声を荒げることもなく、穏やかに注意したのだが……


「ほらー! おっさん見てみ? 普通こんなん言われたらブチ切れるだろ? 表情ピクリとも変えねぇのは絶対ヤバい奴だって!」

「こ、こら! 失礼だぞ! か、神楽木さん、失礼な事を言って申し訳ない。この子、近所の子でっ、俺も今日会ったばっかりなんだけど……婆ちゃんが畑の手入れを手伝ってくれてるみたいなんだ」


 多分、わざとだったのだろうが流石に注意せざるを得ない。ウチの農作業を手伝いに来ている子なのだ。いくら他所の子とはいえ、ウチにも責任はあるだろう。慌てて頭を下げ神楽木さんに非礼を侘びた。


「そうなんだ……子どもの言ってることだもん、私は気にしてないから大丈夫だよ」


 な、何だろう。今の神楽木さんからはフフフ、と含み笑いが聞こえてくるようで背が寒くなる気がしたぞ。


「どうしたの? 石動くん」


 パッと彼女の顔を伺ってみたが、先ほどと変わらず柔和な笑みを浮かべていた。気のせい、だよな……? 


「アンタ……アタシを子ども扱いしたなぁ?」

「気に触ったなら謝るけど。ごめんなさいね?」


 苛々している來良に、神楽木さんは年上の余裕を滲ませている。傍目から見ても彼女らの相性はよくは無さそうというのが分かった。


「來良ちゃん。先のは流石にいただけないねぇ」

「うっ、花重さん。でもよぉ……」


 婆ちゃんが來良の言を咎めると、來良は言葉を詰まらせた。どうにも人を食ったかのような物言いをしがちな來良でも婆ちゃんには頭が上がらないらしい。


「理由は私が言わなくてもわかるだろう。アンタには物を考える頭があるんだ。今の自分が本当に誰にでも誇れるものかどうか、しっかり振り返ってみるといい」

「わ、わかったよぉ……」


 穏やかだが、厳しさの感じられる言葉だった。毅然とした態度で真正面から言葉を投げ掛けられ、かと言って無視する事も流すことも出来ないのか來良はバツが悪そうにした。


「……悪かったな、胡散臭いとか言って」

「……御婆様には意外と素直なのね。でもまぁ、いいわ。気にしないで。今後は気をつけた方がいいと思うけど」


 根負けしたように謝った。といっても頭を下げるようなことなどしないし、相手の目を見るようなこともしない。傍目、全然謝っているようには見えず、嫌々なんだろうなというのはハッキリと分かった。


 神楽木さんもそれには当然気づいていたようだが、深く追求する事なくサラッと流したので、本心はどうあれ事を大きくするつもりは無さそうだった。


 ──ホッと息をついたのも束の間。再びピンポーン、とインターホンが鳴った。今日は千客万来かな。今度は喧嘩するような人でないことを祈るばかりだ……


 □


 今、お茶の間では俺、婆ちゃん、それととある一人の男性が座卓を囲んで座っていた。


 少し前までは神楽木さんと來良もいたのだが、かなり個人的な事情を話し合うということで会話もそこそこに解散ということになったのだ。


 といっても、神楽木さんに関しては急ぎ俺がどの程度のアルバイトを任せられるのかの確認をしなければならないらしく、間を空けずに明日また会う約束をしている。時間を取らせて本当に申し訳ないと思う。


 來良に関しても、婆ちゃんから畑の収穫物のお裾分け参りを頼まれていたので午後イチでまた来ると言っていた。戻りがけに『おっさん車持ってねーからジジイから一輪車借りてきてやる』という言葉は有り難くも余計だったが……


 ともかくとして、今この場では普段はいない男性を交えて話をしていた。


「久しぶり、と言っておこうか辰巳。僕が君に最後に会ったのは、君がまだ小さかった頃だから覚えているかはわからないが……」


 そう、眼の前にいる男性は婆ちゃんの末の息子であり、父さんの弟である竜臣叔父さんだった。数日前の事になるが父さんの上の兄である竜一叔父さんが此処に来た際、竜臣叔父さんに連絡して貰っていたのだが、来てくれるのが今日だったのだ。


 曰く、竜臣叔父さんは弁護士をしているらしく、俺の戸籍がないという現状を何とかするのに相談にのってくれるとのこと。


 神隠しから帰って来たら既に死んだ事になっていて、戸籍も無くなっていました〜なんて何処に相談したらいいんだよ。竜臣叔父さんがいなかったら俺はガチで詰んでいたかもしれないのだ。


「覚えてますよ。昔、この家に叔父さん達皆が集まってた時の事、記憶にあります」

「そうか……」


 父さんの葬式のことは俺ももうあまり覚えていない。だが、盆の行事やらで親戚の皆が集まった光景は覚えている。


 俺が覚えていると伝えると竜臣叔父さんは少し口元を緩めた。確か、あの時はまだ俺も小学生だったと思う。この家に皆が集まった際、当時は子どもながらに、叔父さん達大人組にも俺達子ども組にも入りきれていない竜臣叔父さんを不思議に思っていたと思う。


「あぁ、僕らは上と下とで結構年が離れていたからね。中学に上がる頃には何人か家を出ていたし、実は上の兄弟にあまり遊んで貰った記憶もないんだよ」

「へぇ、そうだったんですか」


 と、その話をすると叔父さんは苦笑して、その理由を教えてくれた。


 どういうことかといえば、竜臣叔父さんは兄弟の中でも年が離れているらしく、竜一叔父さんと竜臣叔父さんとでは10以上歳の差があるらしい。それを聞いて、なるほどなと思った。


「辰巳の父親の竜樹とはよく遊んだけど、それでも6か7くらいは離れてたかな。当時は上の兄貴たちが酒飲んでるのに自分だけジュースで嫌だったなぁ」


 と、昔を懐かしんでいる様子だった。


「ちょっといいかい、竜臣。今日は昼食べていくんだろう?」

「あぁ、食べていくよ。母さん」


 そうかい、なら二人でしっかり話し合っておくんだね、と婆ちゃんは俺たちを置いて台所に行ってしまった。昼も近い時間帯だ。昼食を作りに行ったんだろう。


 と、婆ちゃんが昼食を作りに行ったことを切っ掛けとした訳ではなかったが、具体的な話が始まった。


「──それで、戸籍のことだったね。辰巳が帰って来たと聞かされた時は竜一もとうとうボケが始まったかと思ったよ」

「あはは」


 さもありなん。普通の感性で考えれば死んだ人間が帰ってきたということだ。正気を疑うのも分かるというものだろう。


 それから、竜臣叔父さんにはこの町に帰って来てからの事を話した。実家に帰ったら追い返されたこと、婆ちゃんを頼ってこの家に来たこと、母が来て争いになり今は殆ど絶縁状態だということ、そこで自身の戸籍が既に無くなっていると知ったこと、竜一叔父さんと話をしたこと、今戸籍がなくて困っていること。


「そうか……大変だったな」


 そう労ってくれるのは有り難いことだ。


「だが……突然居なくなった理由も何処に居たのかも話せないんだな?」

「はい、すみませんが……」


 そこが難しい所だ。まさか異界に行ってて、なかなか帰って来れませんでした、なんて言える訳もない。よしんば、理由を話したとて馬鹿にしている、本気ではないと取られてしまうのは怖いことだった。


 竜一叔父さんにも言えることだが、信じていない訳ではない。何だかんだ受け入れてくれるのだとは思う。ただ、今はどうにも踏ん切りがつかなかった。


「なるほどな……母さんもそうだが、神隠しとはよく言ったものだ」


 竜臣叔父さんはやはり頭がいいのだろう。もとより失踪の原因など幾つも考えられるものではない。警察の捜査をすり抜け、誰かに連れ去られた痕跡すらなかったのだ。


 謎、正体不明、摩訶不思議。理解出来ない現状を埋めるものは根拠のない妄想しかない。それがこの地域では神隠しという言葉になった。そして、失踪した張本人が真実を話さないとなれば、妄想が現実味を帯びることもあるのかもしれない。


 だからなのか、竜臣叔父さんはそれ以上深く聞いてくる事は無かった。


「ふーむ……そうか。なら少し工夫しないといけないかもしれないな」


 それから竜臣叔父さんは、戸籍がなくて困る現状と、これから取るべき方法をいくつか話してくれた。


 やはりというべきか、戸籍がないと身分や身元の証明が難しくなり、結婚や出生の証明、公的な手続きや権利の行使、学校や雇用等、色んな場面で問題が生じる可能性があるらしい。


 仕事が決まらないことや、銀行口座が作れないこと、ケータイの契約が出来ないなどもその一例だろう。


「それで、考えられる方策だけど」


 曰く、新しく戸籍を作るか、もしくは死亡届けが出ている現状を修正する必要があるらしいが、叔父さんは後者で話を進めるつもりのようだ。


 実際、死亡届けが出ていた人が本当は生存していた場合だが、状況を修正するために法的手続きが必要になるらしい。まずは誤って出された死亡届けを取り消す必要があり、その後に関係する公的機関や関係者に対して、正確な情報を提出、生存を証明するための手続きを行うことで、状況を修正するというのが大まかな流れなのだそうだ。


「個人で手続きをするには少し煩雑な作業だから、僕が出来る所は代理でやっておくつもりだよ。辰巳本人がやらなければいけない所は今度、委任状と一緒に書類を送ってよこすから。署名はしておいてね」

「何から何まですみません……ありがとうございます」


 本当に竜臣叔父さんがいて良かった。婆ちゃん然り、竜一叔父さんや竜臣叔父さん、神楽木さんも含めて、こうしてると本当に周りに助けられてるなぁ、としか思えない。義理堅く生きなきゃなと思う。


「まぁ、今までいったい何処で何してたのかが気にならないと言ったら嘘になるけど……この仕事柄色んな立場事情の人と話す機会があるからね。秘密には慣れてるよ」

「……ありがとうございます」

「ま、僕も竜樹には昔色々助けられたりもしたし、助け、助けられってのは巡り巡ってゆくものだよ若人」


 温かい言葉に涙ぐみそうになった。湿っぽくなった目元を誤魔化すようにして拭った。


「っ、そういえば竜臣叔父さん、盆の話は聞いてますか?」

「ん、あぁ、聞いているよ。ウチの妻や子どもらにも話はしてあるから問題なく集まれると思う。竜樹が亡くなってからは皆が時間合わせて集まることは無かったからね。久しぶりで楽しみだよ」

「そうだったみたいですね。俺も皆さんと会うのも十二年ぶり以上になります」


 そうなのだ。俺が神隠しにあって帰って来るまで十二年の時が経っている。十二年あれば色んな事が変わる。竜臣叔父さんの所には、この十二年の間に産まれた俺の会った事のない子どももいるらしい。それにこの前、竜一叔父さんがチラッと言っていたが、凛姉の所にも子どもがいるのだとか。俺にとっては初の従甥になる。


「生意気なガキンチョ共ばかりだろうけど、従兄弟に会えるのは楽しみにしてると思うよ。だから、是非ともガキンチョ共の遊び相手、よろしくね」


 そう言って竜臣叔父さんは口元を吊り上げるような悪そうな笑みを浮かべたのだった。あぁ……やっぱりこの人も婆ちゃんの息子だわ。



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