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第34話 石動家の食卓 8/9(月)

「──私も一緒にプールに行くことになった」

「は? え、どいうことだ」

「水着、私と美鶴で選んだ。かわいいよ」


 結局、水着を選ぶのに一時間以上かかり、その間に輝は別の店を見てくると俺を置いていってしまった。加えて、湊はといえば此方も途中で待つのに飽きてもう一度ゲームセンターに行ってしまっていた。


「だから、水着。私のも買った」


 晃が買った水着の入った袋を掲げて見せてくる。美鶴ちゃんの分も一緒になっているのだろうか。隣には美鶴ちゃんがいたが、少し眠そうにしており晃に手を引かれていた。


「……それで、どういう話をして晃も一緒に行くことになったんだ?」


 晃も美鶴ちゃんも少しは仲が良くなったようで結構だが……何故一緒に行くという話になったのか。それが気になる。


「……美鶴が私の水着も選んでくれた。楽しみにしててね。タツ兄、ドキドキする?」

「……経緯を言え、経緯を」


 美鶴ちゃんが晃を誘ったのは明らかだ。だけど、そうなるまでの道筋が分からない。二人だって会ったばかりだ。まだそんなに仲がいいという訳ではないだろう。遊びに行くのに気軽に誘い合う関係では当然ない。


 チラリ、と晃が隣の美鶴に視線を向けた。


「……美鶴が私のフォローしてくれるって。……その……式神見せてくれたら」

「懐柔されるの早すぎるだろ……」

「美鶴が言うには、向こうは二人組だったから私は不利だって。喧嘩で勝つには数は重要」

「まずその物騒な思考をどうにかしてくれ……美鶴ちゃんを喧嘩の頭数にいれるな」

「数は正義だよ」

「あのなぁ……」


 晃は得意気に鼻を鳴らして頷く。駄目だ。晃は昔から負けず嫌いなところがあるからな……このまま晃を放っておくと、本当に美鶴ちゃんの今後に悪い気がする。もっとも……晃も美鶴ちゃんにのせられているのだろうが。なんて8歳児だ……


「それにタツ兄は車持ってない」

「うっ……」

「子ども連れてバス移動は過酷。タクシー移動は金がかかる。行きは良くても、帰りは大変」

「そ、れは、確かに……」

「ふふん。私、そういう所はしっかりしてる。疲れ知らず、体力おばけのタツ兄には分からないかもしれないけど、子どもの体力では厳しい」

「ぐ……」


 実際、晃の言う通りだった。子どもたちを連れ回しても体力的には厳しい。それに加えて運転免許証を持っていない俺としては、移動手段に車を出してくれるという晃の申し出はとてもありがたい。……ここは素直に晃の好意に甘えるしかない。……ないのだが。


「……車出してくれるのはありがとな。だけど、美鶴ちゃんに悪影響なことはしないでくれよ。世話になってる叔父さんから預けられてるんだから。それと式神の使い方教えてとか言われても絶対教えるなよ」

「…………分かった」

「即答しろっ。まさかもう約束したんじゃないだろうなっ……!?」

「…………し、してないよ」

「その間はなんだ」


 晃は目を逸らした。どうやら既に何かを約束してしまっているらしい。もう既に美鶴ちゃんに転がされているではないか……こいつ、本当に大丈夫か。今までこんな調子で騙されてたんじゃないよな……? 


「約束したのは、私の式神をちょっと見せるくらい」

「ちょっとって何だ、ちょっとって」

「本当に少しだけ。式神と契約とかしないから」

「当たり前だ……! 何考えてるっ!」


 晃の言葉に眉根を寄せた。美鶴ちゃんは霊感を持っているらしいが、式神を持てるほどの力は無いだろう。契約できたとしてもコントロールできるかどうかは分からない。


「──辰巳お兄さんはケチ。教えてくれたっていいのに」


 晃の隣にいた美鶴ちゃんが口を開いた。何気に会話したのは初めてじゃなかろうか。


「美鶴ちゃん……無茶言わないでくれ……まだよく分からないかもしれないけど、本当に危ないことなんだよ」

「……それでも知りたい。私は変なのが見える。だからって、人と違うからって仲良くなれない。友達も少ない。お兄さんも変なのが見えるんでしょ? なのに私を仲間外れにするの?」

「そ、そんなことは……」


「──おーい、辰巳さん!」


 輝が手を振りながら声をかけてきた。その後ろには湊もいる。二人がいては霊能関係の話は出来無い。美鶴ちゃんの説得はまた今度になりそうだった。


「買い物、終わった?」

「……ああ、もう終わったよ」

「よかった。それじゃ、早く帰ろうぜ〜。腹減ったー。婆ちゃん何作ってくれてんのかなー」


 美鶴ちゃんも再び口を閉ざし、晃の手を握っている。仲の良い姉妹のように見えて微笑ましくはあるのだが、この後の展開を考えると複雑な心境である……


「晃お姉さんもお婆ちゃん家で一緒にご飯食べよ」

「……いいの?」

「お婆ちゃんにお願いする」


 美鶴ちゃんの言葉に晃が嬉しそうに目を細める。そして俺の方をチラリと見る。期待するような目だ。


「……わかったよ、俺からも言うから」

「やった」


 表情は変わらないながらも雰囲気は本当に嬉しそうだった。


「……帰るか。婆ちゃんならきっと歓迎してくれるだろ」

「うん」


 そう思い、俺は晃にそう声を掛けたのだった。


 ──ちなみに。


 帰りは晃の車に乗せて貰うことになったのだが……晃の車はピックアップトラックとか言う、後ろに荷台のついた大きな車であった。


 カッコイイよ? カッコイイけどさぁ……神楽木さん──いや、結衣のゴツいSUV車といい晃といい、すげぇのに乗ってるのな……全く羨ましくて仕方ないぜ……


 □


 ──晃の運転するピックアップトラックに揺られること暫し。車内では後ろ席に子ども達が三人。俺は助手席だった。後部座席の輝と湊は窓枠に肘をつき外の景色をぼんやりと眺め、真ん中の美鶴ちゃんは疲れた様子で大人しい。


 俺の隣では、晃が上機嫌で運転している。聞こえてくる鼻歌。何の曲か思い出せないが昔聞いたことのあるものであることは確かだ。


「それ、なんて曲だったっけ」

「え? んー、なんだっけ。ど忘れしちゃった」

「好きな曲じゃないのかよ」

「好きだよ? でも歌詞と曲名が合ってないってことあるじゃん。私そういうの覚えられないんだよね」

「そういうもんか」

「そういうものだよ」


 不思議な気分だった。昔はチャリの後ろに乗っていた存在が、今は車を運転していて俺達を乗せている。悪い気分ではない。ただ……夏の空気のせいもあるかもしれない。少しの寂しさを感じて感傷的になったのは。


「……こうして見ると、街の景色も昔とそんなに変わらないもんだな。畑無くなったり、知らない建物が立ってたりはするけど」

「そうだね」

「なあ晃……」

「なぁに、タツ兄」

「もし俺が………………いや、何でもない。忘れてくれ」

「そこまで言われたら気になるんだけど」


 もし俺がまた此処からいなくなったらどうする? と、喉まで出かかった問いを飲み込んだ。だが……


「……またいなくなるなんて言わないでね。もしそうなら私も付いていく。もう残されるのは嫌」

「……ははっ。心配性か? 別に二度と会えないような場所に行ったりはしないさ」


 女の勘とでも言うのだろうか。俺の言おうとしていた言葉は晃の口から出た。俺は笑ってごまかす。


「私を置いて行くなら、それは私を捨てたってこと。その時は迷わず死んでやる。後悔したって遅いから」

「……何を大袈裟なことを」

「大袈裟じゃない。だってタツ兄がいなかったら意味ないもん」


 晃の口からサラッと恐ろしい言葉が出てくる。


 昔から晃はこうだった。何でか俺に依存しているというか……独占欲が強いというか。しかし、昔はここまで極端じゃなかったようにも思う。いや……好意を自覚している分だけ昔よりも依存心が強くなっているのかもしれなかった。


 チラリとバックミラーを覗く。後ろの席では三人が俺達の話に聞き耳を立てていた。あまり人には聞かせたくない話だ。この話はもうここではしない方がよさそうだ。


「──着いたよ」


 やがて見慣れた祖母の家の前まで辿り着く。晃が停車させると一同はシートベルトを外し車を降りた。


「婆ちゃん、ただいまー」

「おかえり。おや昨日の娘も一緒かい」

「こんばんは。私もお邪魔してもいいですか?」

「悪い事なんかないさ。ほら、アンタも上がんな」

「お邪魔します」


 玄関扉を開け声をかけると中から婆ちゃんが姿を現した。婆ちゃんは俺達の他にも人がいたことに少し意外そうにしていた様子だった。まぁ、人数が増えて帰ってきたらそうなるか。


「──お婆ちゃん。晃お姉さんもご飯一緒がいい」

「それは別に構わないが。随分懐いたね?」


 婆ちゃんの服の裾を摘んで美鶴ちゃんがおねだりする。あざとい……そして、婆ちゃんの言葉に苦笑してしまう。美鶴ちゃんは結構強かだよ……実際には可愛らしいだけではないのだ……


 婆ちゃんも人が多くて賑やかなのは好きなようだけど、若干訝しげにしている。一応何があったかくらいは伝えておくべきだろう。


「ショッピングモールで合流してさ、美鶴ちゃんの水着一緒に見て貰ったんだ。それで、プール行くのにも晃が車出してくれることになった」

「おやおや……それは世話になったようだね。それなら礼はしなくちゃならない」


 別に食事を一緒にするのが礼という訳でもないが、感謝のしるしにはなるのではないだろうか。


「お婆ちゃん、今日のご飯なに?」

「天ぷら、馬刺し、鯉の甘煮に、タケノコ汁。他にもあるから、さっさと手を洗ってきな」

「馬刺しっ! 霜降りあるかな?」

「婆ちゃんのタケノコ汁久しぶり!」

「お婆ちゃん、おやきは?」

「あるよ」


 ──そうして家の中に上がり込むと輝達三人はドタドタと我先に洗面所へと走って行った。


「手伝います」

「いい心掛けだが、客人を働かせるわけにゃいかんさ。今日は辰巳に任せるとするよ。今の時代、座ってりゃ飯が出てくるって訳じゃないんだ。男にも動いて貰わないとね」


 晃は気を利かせて台所の婆ちゃんの元に行ったが直ぐに返されたようだ。その代わりに呼ばれたのは俺の方だった。まぁ……そうなるよな。家に住まわせて貰ってる身なんだから。


「晃、ゆっくりしてていいから。美鶴ちゃん達と話でもしててくれ」

「そう……分かった。あ……後で少しいい?」

「それはいいけど」

「うん」


 何か重要な話でもあるのだろうか。晃の瞳には真剣なものが含まれていた。それだけ言うと晃は美鶴ちゃん達の元へ行き、俺は婆ちゃんの手伝いをするべく台所に向かうことにした。


 □


 ──今日の料理は婆ちゃんの大盤振る舞いだった。


 食卓の上には皿いっぱいに盛られた天ぷらや馬刺し、料理が所狭しと置かれている。今日の歓迎の為に婆ちゃんがずっと準備してくれていたんだろう。それら全て美味そうで早く食べたいという気持ちになってしまう。


「晃お姉さん。こっち来て」


 美鶴ちゃんが晃の袖をクイクイと引っ張り自身の隣に座らせた。婆ちゃんだけは定位置で、俺や他の子ども達も自由に座る。婆ちゃんの正面に俺。隣に晃、婆ちゃんの隣に輝の形になった。


「召し上がれ」


 ──いただきます


 みんなが手を合わせ食べ始める。


「うまっ!」

「ほんとだ。美味しい!」

「うん。婆ちゃんの料理最高〜」

「天麩羅サクサクで美味しい」

「美味しい……」


 輝達兄弟が一口食べては感想を漏らす。それは俺も同様で口に運ぶ手が止まらない。やっぱり婆ちゃんの料理は美味いな……


 婆ちゃんが笑顔を見せる。俺が作った訳ではないのだが、子ども達が美味しい美味しいと食べていく様子は見ていて気持ちが良い。もっと食えと言いたくなる。


「タツ兄のお婆ちゃんの作ったご飯美味しい」

「そうかい。それなら良かった。沢山食べて行きな」

「晃。ウチの婆ちゃんは來良の料理の先生って知ってたか?」

「そうなの? ビックリ。そういえば來良も料理が上手だった」

「ほう。アンタ、來良ちゃんの知り合いだったのかい」

「來良は私の妹分。私を慕ってくれている可愛い子」

「……高校の後輩なんだってさ。あと、來良が危うい時に晃が助けたこともあったらしい」

「ほぅ」


 会話しながらも、晃は美味しそうに食べ進めている。表情は変わらないが、箸を進めるスピードは早かった。


 ──楽しい夕餉の時間。しかし、どうしても気になって箸が止まる瞬間があった。それは……


「……」


 無言でタケノコ汁に入った《《鯖の身》》を箸でつつく。此方に戻って来てからどうにも苦手になってしまったもの……來良とファミレスで鯖の味噌煮を頼んだ時もそうだった。おかしな話ではあるが……鯖を前にすると身体が怯んでしまう。それはきっと、俺の変化に原因があるせいだろう。


 ──変化。それは……俺が人外の存在である『天狗』へと転じてしまったこと。


 誰にも言えない秘密。知られてしまえば此処にはいられないような。明かすことの出来ない隠し事。


 ──妖怪や神の暮らす《《向こう》》の世界では人間こそが異物であるために、人間そのままでいることは出来なかった。向こうで生きるため、向こうの住民になるために、異界の食物を身に取り込みヨモツヘグイをするしかなかった。


 俺が天狗と呼ばれる存在になったのは、それだけが原因ではないが……向こうの環境に合わせて身体が作り変わっていったのは事実。向こうで暮らす内に俺は人から天狗という人外に転じていった。


 そして、その天狗だが──実は鯖が苦手だという伝承があるのだ……それは鯖が神聖な霊力を持ち、神饌としての性格を持つからとも。その話を知った時は何を馬鹿なと思ったものだが、こうして体感すると事実であったことを痛感した。


 なぜなら──鯖が……鯖が、めっちゃ臭く感じるんだ。


 身体が拒否感を覚えるものの、折角婆ちゃんが用意してくれた料理なので残す訳にもいかず口に運ぶ。咀嚼すると口の中一杯に鯖の味が、生臭さが広がり思わずえづきそうになる。


 食事中に露骨に嫌そうな顔をしたわけではないと思う……だがしかし、晃はそんな俺の変化を見逃さなかったらしい。


「タツ兄。鯖苦手なんだっけ?」


 晃に訝しげに声をかけられる。晃は俺の変化を望まないフシがある……人をやめたことを知られれば、きっと大きなショックを受ける。何とか隠し通さなければならない……


「ああ……最近になって苦手になったみたいなんだよ」

「ふーん……」


 目を合わせて苦笑する。晃は何を考えているのかよく分からない顔で俺をジーっと見てきた。


 昔からこいつは変に勘がいいから油断ならない。俺は悟られない内にさっさと食べてしまうことにした。


「……そういえば、晃。いつもは飯はどうしてたんだ?」

「どうしてたって?」

「今はひとり暮らしなんだろ? 自炊してるのか?」

「うん。たまに後輩とか竜養寮の仲間とかと会って食べたりするけど、大体は」

「へぇ、大したもんだな。俺は料理らしい料理はしたことないからな……」


 異界にいた頃はほとんどが旅の空だった。野営飯には慣れているが、腹を満たすためという目的の方が大きかった。ゲームみたいに物を運ぶ魔法なんてあれば別だったんだろうけど、食料なんてそんなに持ち歩けなかったからな……


「そうなんだ……そうだ、タツ兄、今度ウチに食べに来て。一人は寂しいし、一緒にご飯食べたい」

「それはいいけど……なら晃がいいなら、今度お邪魔するか。しかし、あの《《アッちゃん》》が料理なぁ……」

「なに? なんか変?」


 晃の言葉で思い出すのは、昔の晃──アッちゃんが握ってくれたバカでかいオニギリ。嬉しかったし実際に美味しかった記憶はあるが、センスには少し不安が残る。昔を思い出して、笑みが溢れた。


「お二人は本当にお付き合いしていないんですか?」

「本当はしてる」

「してない」

「ふふ、幼馴染なんでしたっけ。息ピッタリですね」

「……輝、いい子。よしよし」

「えっ、あっ、えっ」


 多分、俺と晃の掛け合いを聞いていての感想なのだろう。晃が輝の感想を気に入ったのか態々移動して頭を撫で始めた。……人の家で自由過ぎる。一応食事中だ。座れ。晃の接触に輝が照れている中……美鶴ちゃんがポツリと言った。


「──晃お姉さん、ご飯一人で寂しいならこれからお婆ちゃん家でご飯食べたらいいのに。お兄さんもいるし。皆で食べた方が美味しいよ」

「!!」

「あの、美鶴ちゃん……?」


 こ、これは美鶴ちゃんが晃の後押しをしてる、のか……? 晃が目を見開いて驚いている。晃にそんな恩を着せたら絆されて、色々と口止めしたことまで喋ってしまいそうで不安だ……


「美鶴、とてもいい子……」

「お婆ちゃん、駄目……?」


 晃は今度は輝から美鶴ちゃんに可愛がりの対象を移した。やっぱり絆されてやがる。上目遣いの美鶴ちゃんのおねだりは強力だ。俺だったら美鶴ちゃんみたいな年下の女の子のお願いをキッパリ断れる気がしない……だが──


「──えぇ? でもさぁ、お盆じゃん? 彼女でも親戚でもないのに人の家にいるって……何か変じゃね?」

「……湊は悪い子」

「いててててて!! は、離せっ」


 晃がおもむろに湊の頭をグリグリし始める。暴力はやめろ暴力は。……というか湊の奴、年上の女の人と触れ合えて恥ずかしそうだけど満更でもない顔してやがる。


「──ははぁ……美鶴、さては何か約束事をしたね?」

「っ!」

「大方、味方するから見返りに何かを求めているといったところか……クク、ちょっと見ない間に賢しくなったものだ。私にはそれが何かは分からないが、アンタはそのお嬢ちゃんに協力してるんだろ」


 婆ちゃんは流石に鋭いな……美鶴ちゃんは晃の味方をする対価に霊能や式神に関する知識を求めている。美鶴ちゃんの発言は決して無邪気で善意だけのものじゃない。打算が含まれている。


「──まぁ、結論から言えばウチで飯を食べることについては許可しよう」


 ……ん? 


「ほんとうっ? 良かったね、晃お姉さん!」

「あ、ありがとう、タツ兄のお婆ちゃん」

「ただし──それじゃあ、ちょっと公平ではないね。私が贔屓をして、アンタを推していると思われるのも宜しくない」


 ちょ、待て待て、婆ちゃん突然何を言い出すんだ。


「辰巳。神楽木のお嬢さんもウチの食事と集まりに誘いな。それでお相子だろうさ。皆にどう説明するかはアンタがよく考えておくんだね。まぁ、彼女でも、婚約者候補でも、嫁と愛人でもなんでもいい」

「ちょっ……えっ、なんでっ」

「何でって、その方が面白いからだが」


 無茶苦茶すぎでしょーが!! 身内にどんだけヤバい奴だと思われろと!! 今更ではあるけども!! 


「まぁそれは冗談だが。……アンタは取っつきにくいところがあるからね、少し隙を見せた方がいい。皮肉は言われるだろうが、女という取っ掛かりがあった方が緩衝にもなって皆もアンタと関わりやすくなるだろうさ」

「い、いや、でも、神楽木さんだって盆には用事があるだろうし……」


 ……た、確かに俺は十年越しに行方不明から帰ってきた謎の存在Xだし、警戒されるのも分かるけども! 輝たちの表情も晃がいることで当初より明るくなったのも分かるけどさ! それにしてもさぁ!! 


「つべこべ泣き言言ってないで声かけな。あの娘なら来る。それに比べて、ウジウジと思い切りのない……竜一といい、お前といい、全く情けない。石動の男はどいつもこいつも……」


 婆ちゃんのボヤきが止まらない。ぐぅ……そうだった。父さんも、俺も……というか叔父さんたちでさえも婆ちゃんの決定には逆らえないのだ。婆ちゃんこそが石動家の頂点。絶対の権力者なのだから……


 □


「──もう行くのか? もう少しゆっくりしていけばいいのに」

「うん。明日の準備もあるから」


 夕飯を食べて暫くすると晃が帰るというので見送りに出た。輝、湊、美鶴ちゃんの三人も玄関前までは見送りに出たが、俺は晃が話があるというので外にまで出て来ていた。


 夏とは言え、辺りは日も落ち既に暗くなっている。あぁ、そうだ。後で遅くなり過ぎる前に神楽木さんにも連絡しないといけないな。


「他の女のこと考えてる顔してる」

「してないよ。どんな顔だそれは……」


 晃の車の傍らで交わす会話は妙に緊張感を孕んでいた。その横顔は昔よりもずっと大人びていて──けれど根本は変わってはいないのだろう。


「今日のこと。ありがとうな、助かったよ」

「……力になれて良かった」


 素直になれないのは昔からだ。晃は俺の褒め言葉に対して少し顔を伏せる。その仕草が妙に懐かしくて、俺はつい口元を緩めてしまった。


「それから……式神のことだけど」

「……うん。でも約束した。美鶴にはちょっと見せてあげるだけだから。契約とかはさせない」


 晃の瞳が力強さを帯びる。やはり気にしていたらしい。出来れば見せるのも控えて欲しいのだが、晃は約束というものに真摯なところがある。意思は硬いようだった。


「……分かってる。ただくれぐれも気をつけてくれよ。美鶴ちゃんはまだ小さいんだから」

「……うん。タツ兄は心配性。でも安心して。ちゃんと分かってるから」

「それならいいんだけど……あと」

「?」


 もう一つ言わなければならないことは、婆ちゃんが言っていたことについてだ。


「ウチに飯食いに来ていいって許可もらったことだけど」

「うん」

「晃も分かってるとは思うけど……俺は身内でもあまり評判は良くないみたいだ。まぁ、行方不明になって周りに相当な迷惑かけたことになってるからな……だから、俺といたら晃も同じ風に見られるかもしれない。俺としては盾にするみたいで気が乗らないんだけど……」

「私はそんなこと気にしないよ」

「……だけどさぁ」

「タツ兄は本当気にしすぎ。タツ兄のお婆ちゃんに貰えた折角のチャンスだもん。この機会に石動の一族に顔を売っておけってことでしょ? ならこれはもうあの女との勝負。私は負けるつもりはない」


 流石に顔を売れっていう意図はないとは思うけど……というか、晃はいったい身内の集まりを何だと思ってるんだ。


「すまんな、晃」

「ありがとう、でしょ」

「ありがとう、晃」


 フッと軽く笑むように目を伏せ、俺目掛けて晃が飛び込んでくるのを受け止める。


「充電」


 そう言いながら抱きついてきた。そのまま腰に腕を回して、胸に顔を埋めグリグリと額を擦り付けてくる。甘えてくる猫のような仕草はくすぐったく、妙に庇護欲を掻き立てた。


「……じゃあ、また明日ね」

「あぁ……また明日」


 名残惜しそうに離れると晃は運転席へ乗り込んだ。ピックアップトラックがエンジン音を立てて去っていく姿を見送りながら──ふと思った。


 俺が帰って来てからというもの、晃はずっとあの調子で距離が近い。俺にとっては晃は昔からの付き合いなのだが……昔とは違い大人びた一面が見えて妙に女の部分を意識してしまう。


「……っ」


 自分の思考を遮るように頭を振る。


 人ではない存在になってしまった俺が、この先、彼女たちといつまでも一緒にいられる訳が無い。……もし仮に一緒になれたとしても、老いることない俺を彼女たちはどう思うだろうか。老いてゆく彼女たちを俺は見ていられるだろうか。


 まさか、《《俺と同じ場所まで堕ちて来てくれ》》だなんて言える筈も無い……


 帰ってくる前はまさか好意を持って俺の事を待ってくれている存在がいるなんて思いもしなかった。向けられた好意がこんなにも辛いなんて思いもしなかった。故郷に帰って来て、こんなにも心が苦しくなるなんて思いもしなかった。


 これは俺の考え過ぎなのだろうか……


 □


「……はぁ」


 晃を見送った後、俺は間借りしている自室に戻り布団の上に倒れ込んだ。身体は元気だが、精神は混乱している。最近は一日の内に本当にいろんな事が起きすぎている。結衣と晃の件もそうだが、美鶴ちゃんの式神への興味の強さも気になる。そして婆ちゃんの提案も……


「そろそろ電話、かけなきゃな」


 買ったばかりのスマホを手に取る。画面には神楽木結衣の名前が表示されている。連絡を待ってると言われたのに、なかなか電話する勇気が出ない。


 腹に力を込め、その勢いのままに通話の表示に触れ、呼び出し音が鳴る。何故女の人に電話をかけるのはこんなにも緊張するのだろう。三回鳴ったところで応答があった。


『はい。もしもし? 辰巳くん?』

「っ、こんばんは、神楽木さん。連絡遅くなって、ごめん」

『こんばんは。大丈夫、連絡来るのは分かってたから。今日はごめんなさい……辰巳くんに迷惑かけてしまって……』

「いや、それは全く気にすることないんだけど……ハハハ……」

『うん……』


 互いに気不味い沈黙──困った。なんと切り出せばよいのか。やはり告白の事があったせいで互いに気を使っている感じが拭えない。正直、こういう状況の経験がない俺にとっては辛い時間だ。


『辰巳くん……もう私のこと結衣って呼んでくれないの?』


 電話口の向こうから、何処と無く悲しげな声が聞こえてくる。


「あ、あれは……ごめん。その、調子にのって呼び捨てにしてしまって」

『名前で呼ばれて嬉しかった。一気に距離が近くなったみたいで、辰巳くんのものになったみたいで……』

「え……あ……」


 大胆な、まるでそれを望んでいるかのような言葉──その声に、その言葉に感情が乗っているのが分かる。耳に入り、思考を鈍らせる甘い声。いや、それどころかその声を聞いているだけで思考を誘導されそうな感覚に陥って動揺してしまう。


『……名前で呼ばれたいの。私も辰巳くんって呼ぶから』

「か、神楽木さんがいいなら……その……」

『神楽木さんじゃなくて。結衣って呼んで』


 促されるままに結衣、と呟き……その後に『さん』と付けた。雇用主でもあるし、どうにも呼び捨てにするのは憚れた。ただ、彼女ほどに綺麗な女の人に名前で呼んで言われれば抗える訳がなかった。


 それに彼女は──不思議なのだ。結衣さんからは説明し難い……引き合うような力を感じていた。何かが気になる感覚……思えばそれは、資料館で再会した時から。これが恋愛感情なのかどうかは分からない……だけど確かに他人とは違う何かを感じていた。


『……ふふ。嬉しい』


 通話の向こうから小さく安堵したような吐息が聞こえてくる。名前を呼んだだけでこれ程喜んでくれるものなのか? こんなにも慕ってくれて嬉しいと思うと同時に、応えられないことに申し訳無いという気持ちもまた混在している……


「っ、それで……花火大会の誘いだったんだけど」

『うん』

「実はさ……親戚の子の面倒を見てほしいって世話になってる叔父さん頼まれてて……多分、花火大会は子ども達と行くことになると思う。結衣さんからの誘いは嬉しかったし、それが無かったら行けたと思うんだけど──」

『そ、っか……残念だけど仕方ないよね……』


 心底残念そうな声音で呟かれる。その声音に申し訳なくなって慌ててしまうが、話にはまだ続きがある。


「そ、それで、もし良かったらなんだけど……皆で一緒にいかない? 皆で行っても楽しいだろうし、実は婆ちゃんから《《神楽木のお嬢さんも》》食事と親戚の集まりに誘えって言われてて……」

「私《《も》》?」

「……今日、晃が夕飯食べて帰ったんだけど、従妹の女の子に気に入られてさ。夕飯また一緒に食べることになったんだよ。婆ちゃんは公平にとかって──」

『──行く。行きます』


 食い気味に返答が来た。周り知らない人ばかりだと思うんだけど躊躇わないのか……


「で、でも、何か嫌じゃない? 変な事に巻き込んでしまって申し訳無い気が……」

『そんなことないよ。前に御婆様に挨拶しておいて良かった。そうじゃなかったら声を掛けられることすら無かったと思う』


 それは……どうなんだろうか? 言われてみればそうなのかもしれない。


『……あと気になってたのだけど、お店で水着見てたみたいだけど皆で海にでも行くの?』

「いや海じゃなくて湊が──従弟がレジャープールに行きたいって言うからさ。明日連れて行くつもりなんだよ」

『……辰巳くん、車ないよね? ということは、もしかして……』

「えっと、晃が車出してくれるって……」


『──あの女ぁ……私を出し抜いたつもり……?』


 小さく聞こえたのは低い声だった……ゾワリと背筋に悪寒が走る。電話越しなのに感じる寒気。……結衣さんの声はそれほどまでに冷たく、重苦しいものだった。


「結衣、さん……?」

『私が運転する』

「え?」

『私も行く。辰巳くんをあの女と二人きりになんてさせないから。絶対、変な事しようとするに決まってるっ』

「いやいやいや、結衣さん仕事とか家の用事とか色々……」

『大丈夫。もうお盆休みに入ってるから。家のことはお父さんがいるし』

「そ、そっか……」


 有無を言わせぬ語気だった。てか、別に俺と晃が二人で行く訳ではないんだけどなぁ……


『──辰巳くん。私、貴方のことが好き』

「っ」

『諦められないの。子どもの頃からずっとずっと好きだったから。一目惚れだった──小学生の頃に辰巳くんが転校して来て、一目見た時から私の心の中にはずっと辰巳くんがいる』

「結衣さん……」

『ホントはもっと時間をかけるつもりだった……本当の私を見せるのが怖かったから。でも、もうそんな悠長なこと言ってられない。全力で辰巳くんに私の想いを届けるから』

「待ってくれ、俺は……」


 ……俺、誰とも恋人関係になる気は無いって昨日言ったばかりだよな? どうして晃といい結衣さんといい、俺の意思を無視するんだ? 聞いて? ねぇ、俺の話聞いて? 


『──私、親友には重い女だって、サイコパスだって言われた事あるの。だから、ごめんね。辰巳くんには迷惑かけるかもしれない。本当の私を知っても……嫌いにならないでね。もしも……嫌いになったら──』


『そんなの耐えられないから──その時は私を殺して?』


 ──どいつもこいつも死ぬだの、殺せだの……俺の意思はまるっと無視じゃねぇかよ……


 ……告白と呼ぶには一方的で。謝罪にしては自己中心的に過ぎる。俺はその言葉に困惑し、何も言い出せなかった。


 ただ……結衣さんの想いは本当に『重い』のだと、その言葉からは感じられた気がしたのだった。


 

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