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第18話 辰巳からの連絡 8/8(日)


 ──とあるアパートの一室。


 部屋の中は落ち着いた色調の内装で、物は綺麗に整理整頓され、所々控え目ながらも女性らしい小物が飾られている。その部屋の中央にはローテーブルが置かれており、その前に一人の女性がいた。


 スマホの前で待機して早二時間。結衣は正座の姿勢を崩すことなく、その時を待ち続けた。既に夕食も、湯浴みも済ませた。姿は寝間着姿であり、寝る前の肌の手入れも既に終えている。


 結衣は今日、辰巳がスマホを買いに行ったことを知っていた。そして、事前に電話番号を辰巳に渡しており、スマホを買ったらスリードで連絡が欲しいと伝えていたのだ。


『21:21 ??? :辰巳です。とどいてますか』

「っ!」


 そして、とうとう時は来た。スリードの通知音が鳴り、電光石火の如き速度でスマホを取り上げる。


『21:21 結衣:こんばんは! ちゃんと届いてるよ。スマホ無事に購入できたようでよかったです』


 文章を打ち終えて送るまでの時間、僅か十秒。大いに待たされた結衣は不満も合わせて、速攻で返信した。まるで、すぐに返信するのがマナーであるという考えを押し付けるように。


『21:27 辰巳:こんばんは。なれないので、ぎこちないです。すみません』

『21:28 結衣:いいえ! こうして石動くんと連絡が取れるようになって嬉しいです』


 ……だが、返ってきたのは実に五分以上も後のこと。結衣はまるで将棋盤や碁盤の盤面を睨むかの様子で座卓の上のスマホに注視しており、通知音が鳴るなり事前に決めていた一手を打つが如く返信する。


『21:30 辰巳:ありがとう』

『21:30 結衣:今日は一人で選んできたの?』


 結衣は不安だった。それはスリードでは相手の心が視えないから。相手の本心が視えない。知りたいことを知ることが出来ない。もしかしたら何かを隠しているかもしれないという思いが消えてなくならなかった。


 それは、目を合わせるだけで殆ど全ての情報を把握することのできる異能を持つが故の弊害とも言える。《《嘘のない世界》》で普段生きている結衣にとって、情報の制限されるメディアはある意味天敵であった。


 だからこそ、頭を働かせて結衣は情報を探ろうとしていた。


『21:33 辰巳:ウチの畑手伝ってくれてる女の子に頼んで付いてきて貰いました』

「え……そんな、嘘……」


 その送られてきた一文に眩暈がした。


「なんで、なんで、なんで、なんで──」

『21:34 結衣:あのプリン髪の不良っぽい子? どうしてあの子に? あの子じゃなくて私を頼ってくれてよかったんだよ? あの子とデートしたの?』


 知りたい疑問が頭の中に溢れる。目を見れば一瞬で把握、解決することの出来る疑問も、一々聞き出さなければならない。結衣は焦りのままに指を器用に動かして、辰巳を質問攻めにした。


 そして送ってからハッとなって後悔する。既に既読はついており、取り消しは意味をなさない。何でこんな文章を送ってしまったのかと。


『21:38 辰巳:その頭プリンみたいな色の子です』

『21:39 辰巳:女子高生だから詳しいと思いました』

『21:40 辰巳:神楽木さんにはこれ以上迷惑かけられないから頼めないです』


 自身の失策に気分を暗くしている所に返答があった。律儀にも辰巳は質問に答えてくれているらしかった。『デート』に関する問いには中々返信がなかったが、仕方ないと結衣は質問攻めにした理由の弁明も交えて、自身の感情を言葉に変えて打ち込んでゆくことにした。


『21:44 辰巳:デートではないと思います』

『21:45 辰巳:どうかした?』

「どうかしたじゃないよぉ……」


 それからややあって『デート』についての回答も得られた。少し時間が空いたのは辰巳が真剣に悩んでいたのだろうと結衣は解釈した。


『21:48 結衣:ごめんなさい。何でもないです。私は迷惑だなんて全く思ってないから、もっと頼っても大丈夫だよ。ううん、石動くんの事情を知ってる人は少ないみたいだし、私としてはむしろ頼って欲しいかな。そうだよね、相手は子どもだもんね。でも、私たちみたいな大人が、特に男の人が女子高生とデート、いいえ、お出かけなんかしたら犯罪だよ。だから今日のはデートじゃないよね。石動くんも気を付けないと駄目だよ! 親子、兄妹でもない歳の差のある男女が歩いてたら今は職質されることもあるから! 最悪の場合、警察に捕まっちゃうかも! 私、石動くんのこと心配です!』


 思ったよりも長文になってしまった。とはいえ、今の感情を言葉に変換するには、これでも短いくらいだ。言いたい事の本質は、他の女に近づくな、もっと私を頼れ、それに尽きる。そして、最後の心配しているの一文が、長文のお気持ち表明を送ったことへの免罪符になっていた。


『21:55 辰巳:心配してくれてありがとう。一応、遠い親戚らしいですが、気を付けます』

『21:56 結衣:ね? だから、初めから私を頼ってくれれば良かったのに……』

「チッ……」


 その文面を見つめて、普段全くすることのない──もしかしたら年に一度あるかないかの舌打ちをした。親戚云々の話は今日知ったことなのだろう。以前の辰巳にそんな知識はなかったし、その時も近所の娘と言っていた筈だ。知らなければ、結衣でも視ることは出来ない。結衣はその言葉を無視して、自分を頼ることが唯一の正解だったと罪悪感とともに刷り込む。


 結衣は辰巳を誘導し、行動を操ろうとしていたが、対面ならいざ知らず、文面のみで相手を誘導しようとするとどうしても言葉が強くなってしまう傾向があった。そこで、一度会話が途切れる。操ろうとしたことがバレて距離を置かれたかと結衣は不安になった。


『22:06 結衣:そういえば、どこでスマホ買ったの?』

『22:10 辰巳:駅前のdvdレンタルしているところです』


 十分間が空いたので、再び自分から質問を飛ばす。結衣はやっぱりスリードは苦手だと思った。対面なら、すぐさま甘えるなり、隙を見せるなどして警戒を解くことも出来るのにと。


『22:11 結衣:お買い物、羨ましい。あとは駅周辺を色々見て回ってきたって感じなのかな』


 気の持ちようなのかもしれないが、あまり疑問符をつけることも気になった。返信ごとに疑問符をつけていたら、それこそ詰問されているように思われるかもしれない。そう考えて返信したのだが、返ってきた文に嫉妬の感情が抑えられなくなった。


『22:15 辰巳:あとはファミレスでご飯食べて、ゲーセンに行って、本屋に行ったくらいです。久しぶりにゲーセン行きました。ゲームなんて12年ぶりでした。昔と全然違くて楽しかったです』

「は──?」


 楽しかった──他の女と楽しんだ。本来なら一緒に買い物に行くのは私だったのにと、暗い感情が溢れてくる。


 半人半霊である黄泉子が本性を発露させたせいか、LEDライトがホラー映画のようにチカッ、チカッと点滅しだし、来たる日の為にと好みでも無いのに女の子っぽく演出された部屋──その壁近くに置かれた可愛らしい置物がカタカタと振動し始める。その正体は念動力とも言えるポルターガイストであった。


『22:17 辰巳:美味しそうな店もありました。もし良かったら、色々お世話になったお礼に今度食事奢らせてください』


 しかし、続けて送られてきたその一文で嫉妬の炎は呆気なく鎮火した。


「もうっ……石動くんってば」

『22:19 結衣:ありがとう。ぜひ♡それと石動くん、怒ってる? そうでないなら語尾にです、ます、私に付けなくてもいいよ。何だか冷たく感じちゃうから……』

『22:21 辰巳:ごめん、そんなつもりなくて。文字、少し慣れてきた』


 先ほどの化け物じみた雰囲気はどこへやら。結衣は乙女のように頬を紅に染め、表情を緩めた。ポルターガイストは治まり、幸せオーラが身を包む。結衣はハートを文章につけるかはやや悩んだが、辰巳がかなり鈍感な方であることを考慮すると少しあからさまに攻めるくらいで丁度よいと判断した。


『22:22 結衣:駅前も12年前とは結構変わったからね。私も駅の近くにオシャレで美味しいお店があるって聞いて気になってるんだけど行ってみない? ついでに周辺も案内するよ! 車もあるから少し遠めでも全然大丈夫!』

『22:28 辰巳:ありがとう。ただ、先に着ていく服を買わないといけなくて。今日も祖父さんのお古の甚平着てたら恥ずかしいって言われたから』


 ──ここが勝負所だ。デートの約束を取り付ける。結衣は話を確実にするために、より具体的な計画を提案した。


 それから辰巳の和装に色気を感じないとは……と、あまり好ましい存在ではない來良に対してまだまだお子ちゃまだと断じて、結衣はフンと鼻を鳴らした。


『22:29 結衣:そんな酷い! やっぱり子どもにはまだ分からないんだね……石動くんの和装いつも似合ってるよ♡それなら、私が和装に合わせれば大丈夫だね! それか、今度、私が新しい服を選んであげたいです!』


 高速のフリック。自信をなくした男を慰め、勇気づけるのはいつの時代も女だ。私ならあなたに合わせられる、という熱烈な意志を込めた文章。それには明らかな好意が滲み出ており、ともすれば人によっては引いてしまう可能性のあるものだったが、構わずに送った。


 結衣の作戦──それは、まずは結衣自身を気になる存在として意識させることにある。あからさまに好意を伝えることで、やっぱり自分に好意があるかもしれない、と思わせることができたら、それはもう儲けものだと判断した。人は好意に弱い。よほど人格や容姿に問題がなければ自ずと向けられた好意に同調しようとするもの。そうなってしまえば、あとは友達と恋人の一線を超える切っ掛けだけ。


『22:35 辰巳:神楽木さんが優しすぎる……よろしくお願いします』

『22:35 結衣:はい、よろしくされました♡』

「よしっ……!」


 結衣は深く深呼吸して、小さくガッツポーズをした。まだ具体的な日付は決まっていないが、デートの約束を取り付けることに成功したからだ。──しかし、と結衣は思い直す。


 今はお盆の時期である。自分も辰巳も少し忙しくなってしまうので、デートするとすれば盆が過ぎてからになってしまうだろう。それは少々もどかしい。そこで、結衣はフラフラと視線を漂わせ、ふと卓上のカレンダーを見た。そして、盆の時期にデートしても何ら不思議ではない、自身にはこれまで無縁だったイベントがあることを思い出した。


『22:45 結衣:そういえば11日に市内で花火大会があるんだけど、もう予定は入ってますか?』


 花火大会ならば互いに和装でも何も可笑しくない。人混みは色んなものが一斉に視えてしまうため苦手だったが、花火をゆっくり見るときは人の少ない場所に行けばいい。幸いなことにその場所については心当たりがある。ただ、三日後という少々急な誘いではあることが心配ではあったが……夜のことなので時間は取れなくもないだろう。


 そう心踊らせて誘ったはいいものの……


『22:55 結衣:おーい』

『23:05 結衣:寝ちゃった?』


 待てども、待てども返事が来ることは無かった。


「……やっぱりもう寝ちゃったのかな?」


 もう遅い時間だ、仮に寝落ちしてしまうとしても仕方がない。花火大会の件についてはまた明日聞くことにしよう。そう思って布団の中でスマホを弄る。


『23:22 結衣:おやすみなさい、石動くん』


 辰巳へと送られた就寝前の挨拶を読み返す。恋い慕う相手に、おやすみと言えることの幸福を噛みしめる。これまで呟くように虚空に告げていたものではない。肉声ではないが、言葉はちゃんと届くのだから。


「おやすみなさい、辰巳くん……」


 結衣は幸せなような、そして、妙に不安になるような不思議な気分のまま眠りにつこうとする。


 その感覚こそ共時性……妙な胸騒ぎは虫の知らせとも言われるものであり、結衣自身にとっての恋敵の出現と、辰巳の危機を知らせるものであったことには、結衣自身まだ気づいてはいないのであった。

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