第17話 晃 8/8(日)
來良の提案で三人でお茶しに行くことになった道すがら。晃は來良に尋ねた。
「……そういえばだけど。來良、もしかしてさっきのグループの女の子から、何か恨まれるような事でもした?」
晃がそう聞いたのには理由がある。恐らく、先程の同級生達が遠巻きに來良の様子を伺う視線の中に敵意が含まれていたことに気がついていたからだろう。
「え? うーん……正直、恨まれるほど話した事はないんすけど、もしかしたら、そいつの好きっぽい男子に告白された事くらいっすかねぇ」
「もしかしてさっきのグループの中にいた男子?」
「あー……まぁ……」
気まずそうに來良が頷いた。あのグループの中には來良にフラれたみたいな事を言って、笑っていた男子がいた筈だ。
「やっぱり」
「まぁ、すぐ断りましたけどね! 全然タイプじゃねっす。フラれたってのに、ヘラヘラしてる男っすよ? 本気じゃないって言ってるようなもんじゃないすか」
來良は、ふん、と鼻を鳴らした。どうにもあまりいい印象は抱いていないらしい。
「來良は昔からヘラヘラした男が嫌いだったっけ」
「うっす。しかも、アイツしつこいんすよ。いっつも群れてるんすけど、遊びに誘ってその中に入れようとしたりしてきて。男なら断られたらスパッと諦めろっつーの」
「あぁ、それは面倒だ。私だったら殴りコロっ……ンンッ……………………少し、怒るかもしれない」
「……その不穏な言葉の言い直しは何か意味があったのか?」
「とっさに言葉が出てこなかっただけだから……普段はそんなこと考えてないよ。全く、これっぽっちも」
見た感じではクラスに一人か二人いるような明るい普通の少年というイメージだったが、実際に言動を聞くに色々と苦労はしているらしい。
それに反応してか、晃が物騒な事を言いかけ、咳払いしてやんわりとした表現に言い換えた。そして反応でも確かめているのか、晃がチラチラと俺を見る。……なんだ?
取り敢えず、最初の言葉の方が本音だったように聞こえたが……その言い訳が本当なのか、俺は來良の方を見た。
「そうなのか?」
「うーん。晃先輩はたまに物騒になる感じかな? でも仲間には絶対そんな事しないよ」
やっぱり晃はヤンキーな人種のようだ。來良の反応を見るに普段は普通のようだが、キレると手がつけられなくなるのかもしれない。……まぁ、見た目からしてヤンキーっぽい來良の先輩だしそういうものか。類は友を呼ぶとも言うし。
「……あのさ、來良……」
「はい? 晃先輩、どうしたんすか」
「私、そんな物騒じゃないよね?」
「えっ? 物騒ですよ……前に夜うるさくて寝れなかったからって族にカチコミした時とか、昔不良ぶっ飛ばしてた時だって……」
晃が來良の言いように不満そうにしていた。……それにしたって晃は随分とヤンチャしていたようだ。ゲーセンのパンチもそうだったが喧嘩も強そうだし、逆にそのカチコミされた族はその後どうなったのか話の内容が気になる。
「そんなこと、なかった、よね?」
静かに首を振った。暴力を感じさせる圧ではないが、ジッと見つめられて静かに言われると、異を唱えることは躊躇われるのだろう。來良は難しい顔をしていた。
「そんなこと、なかった。來良の記憶違い。だよね?」
コイツ、來良の記憶書き換える気かよ。
「え、えーと……はい……ありませんでした……」
「ね?」
「何が、ね? なんだ……それで本当に信じると思ってんのか……ツッコミどころしかないんだが」
來良が困ったように答えると、ね、と満足そうな雰囲気を出して晃が此方を見た。いやいや、もはや隠せていないだろうに、それは。それでも晃は普段の言動がヤンキーそのものである事を隠したいのか、來良を威圧して取り繕おうとしていたが、それでは逆に墓穴を掘るというものだ。
「……まぁ、いいけど。しかし、モテるってのも大変なものなんだな。学生の時は羨ましいばかりだったが」
「よく知らねー奴にコソコソ噂されたり、興味持たれて近づかれるのは正直ストレスだよ」
「そういうもんか」
「でもまぁ、オッサンと晃先輩のお陰で奴らも大分ビビってたみたいだし、今回ので流石に諦めたんじゃないかな」
アハハと笑う來良。その明るい笑顔を見て、少しだけ安堵する。
「……來良、それでも女子の嫉妬には気をつけなよ。來良は気にしないだろうけど、変な噂流されるとかもあるから。今回も二人で出かけてたんでしょ」
「噂っすか? もしかして、オッサンと? ないない! あり得ないっす! それに、ちゃんと一応親戚関係だって言ってますもん」
「おいおい、大丈夫なのか。女の子は怖いな……」
「そうだよ。陰湿な嫌がらせとかもある。気をつけないと」
「まぁ、もしそうなっても私は気にしないんで。ただのクラスメートなんて卒業したらもう会うこともないっすから」
アハハと笑う。あくまでも軽い反応に晃は、はぁ、とため息を吐いた。晃も苦労した経験があるのだろうか。
確かに、学校という閉鎖的空間での噂話というのは恐ろしい早さで出回る。そして、真実かどうかも怪しい噂話に振り回されて、人間関係が可笑しくなることもあるだろう。それを考えると、気軽に來良を誘ったのはあまり良くなかったのかもしれないなぁ……
「それに、もし噂が出回っても卒業までは穏やかに過ごせそうじゃん? 学校で軽いストーカーみたいに付き纏いされるよりマシっすよ」
來良からしてみれば噂上でも彼氏が出来れば周囲は穏やかになるのではという考えらしい。しかしストーカーか……変な奴は何処にでもいるからな……
「來良に、ストーカー……? ストーカーはクソ。クズ確定。許されない。やっぱり一回、シメとこうか?」
晃がまた不穏な事を言う。……本当に隠す気あるのか?
「だ、大丈夫っす! 心配してくれんのは嬉しいっすけど、晃先輩がそんなことしたら洒落にならないことになるっすよホント……先輩は一応社会人なんすから……」
「……そう?」
「いや、シメる……? まだ子どもの高校生を……?」
慌てたように來良が両手を振り、晃が残念そうに言葉尻を弱めた。來良の思考がまだ正常で良かった。後輩が可愛いのは理解するが、普通に考えなくても大人が高校生シメたらいかんでしょう。それをやんわり言ったら──
「……分かった」
不満そうに返された。どういうことなん? シメるの言葉は本気だったのか……あぁ、もしかしたら晃はストーカーに嫌な経験でもあるのもしれない。もしそうなら過剰に反応するのもわかる話だ。それにしたって過激だが……それに來良が『一応』社会人といった所が少し意味深にも感じたが……
「……ちなみに、なんで晃は自分がヤンキーだって隠そうとしてるんだ?」
「ヤンキーじゃない」
「とっくにバレてるから。別に隠さなくても気にしないし」
「本当? ……前にお前は粗暴だって兄達に言われた。暴力的な女だって思われたくない」
そりゃ、シメるとかの言葉が普通に出てきちゃうなら粗暴とも言われるでしょうよ。人に暴力的な女だって思われたくないのは理解できるが、それは実際に暴力振るわなければいいだけなのでは?
そう言ってみたのだが……
「……一度カッとなると、中々怒りが抑えられなくなる。……昔からそうだった。別にヤンキーになりたくてなってる訳じゃない。……何故か周りから勝手にそう見られるだけ」
どうやら昔からの気質らしい。あと、急激に怒るがニ〜三十分くらいで冷めてしまうらしい。そして怒りが冷めた後でいつも自己嫌悪に陥るのだとか。そういう気質もあってかヤンキーに見られやすいというのもあるようだ。
中々に晃も自分の質には難儀しているらしい。しかし、こう言っては何だが、それ俺に話すようなことか? 來良という共通の知り合いがいるとはいえ、知り合ったばかりだろうに。
「まぁ、晃先輩はたまにバイオレンスな感じになるっすけど、それで助けられたこともあるっすよ!」
「……來良は本当にいい子だね」
「ふへへっ」
晃にクシャッと頭を撫でられた來良が、嬉しそうに笑った。気恥ずかしいのか顔は俯けていたが、目尻を下げて照れくさそうにしているのが見える。……微笑ましい光景だ。内容は微妙であるが。
「おい、オッサン。ビビんなよ? 晃先輩はなぁ、暴走族を一人で潰したこともあるんだぜ」
「さっき言ってた夜うるさくて眠れなかったからカチコミしたってヤツか」
「そうだ! 晃先輩は強いんだ。それに、引ったくりとかもしてたみたいでかなり質が悪かったから困ってた人も多かったみたいだし。中には感謝してる人もいるんじゃないかな」
いや、そんなムフンと胸張って言われてもな……確かにパンチングマシーンの数値を見る限り、女性としてはかなり威力のある拳を放っていた。だけど、いくらなんでも女性一人にやられるか? 一人で暴走族を壊滅って……漫画じゃあるまいし。
「……いや、でも流石にそれは話を盛ってないか?」
「……」
「マジなんだって」
晃は目を逸らし、來良は俺の疑うような言葉を否定した。それから、ほらコレその時の、と來良が証拠の動画を見せてくれた。その動画の中では激昂した晃が体格のいい男をぶっ飛ばしているところであった。
最近の若い奴らはこういう褒められたことじゃない事も平気で動画で撮るのかと、そのことにも引いてしまう。
「晃先輩がキレると相手が急にビビッて《《動けなくなる》》ことがあるんだよ。その内に一発いれて終わりだよね」
「……」
多分殺気とかか晃先輩から出てて、相手の動きを止めているんだ、と來良は得意げに語る。殺気で動きを止めるとか、そんなことあるかよ……と、よくよく動画を見てみると、白い糸? のような物が相手の男達に絡み付いて動きを阻害しているようにも見える。何だこれ。
ちなみにその後は暴走族のメンバーになっていた女の子たちの何人かが晃の強さに感銘を受け、妹分になりたいと申し出て来たのだとか。……ヤンキーの考えてることは分からんな。負けたら傘下に入るとかって文化なのだろうか。
「……その顔、絶対引いてる。暴力的な女だって思ってる。だから言いたくなかった。キレてる時は抑えがきかないから恥ずかしい……」
そんなだからヤンキー連中の間では晃は非常に恐れられているらしく、狂犬晃だとか火喰姫だとか喧嘩黒豹だとか呼ばれているらしい。二つ名かよ。あと犬なのか、鳥なのか、豹なのか統一してくれ。
「……來良、やっぱり悪い子」
「えぇっ!? オッサンに晃先輩の凄さを教えてやろうと思っただけっすよ!?」
まぁ、來良にとっては悪い先輩? ではなさそうだ。喧嘩には巻き込まないで欲しいものだが……
□
話しながら道を歩いていると、そこでようやく次の目的地であるファミレスに到着した。先導していたのは來良だったが、昼とは別の場所だった。
「あ、ちょっと席外すっす。……オッサン、晃先輩に迷惑かけんなよ」
トイレにでも行ったのだろうか。ということは晃と二人きりになる訳だが、晃も俺と二人きりになりたく無かったら來良についていくなりするだろう。
ちょうどいいタイミングでもある。來良が席を外している今の内に確かめたいことがあった。
「……ちょうどいいタイミングだから聞くけど、いいか?」
「いいけど、何を聞きたい? 恋人ならいないよ。むしろ、まだまっさら。それとも來良が戻ってくる前に連絡先交換する?」
晃は軽く首をかしげる。……まっさらなのか。いや、連絡先も、そういうことが聞きたいのではなくて。
「そうじゃなくて……ゲーセンで男の霊の隣に座ってただろ。晃も視える人なんだよな」
「……そうだよ。あの霊が一回だけゲームしたら成仏するって言うから見張ってた」
何故か残念そうな声音でそれがどうした、とでも言いたげな声音だった。
「晃もお祓いの仕事をしてるとかなのか」
「まぁ、それなりに。そんなことよりも、來良がいたから中々聞けなかったんだけど……私も聞きたい事がある」
晃も神楽木さんと同じようにお祓い関係の仕事をしているのか尋ねたのだが、そんな事と言われ、話は流されてしまった。
それから何も言わずにジッと見つめてくる。
「なんだ……?」
流石に見てくるだけでは、晃の言う聞きたい事は分からない。
「ずっと他人行儀だからさ。ゲーセンでも初対面だよなとかって言うし……やっぱり私の事、忘れちゃった?」
「えっと……すまん、どっかで会ってたか……?」
目を伏せ、しゅん……と悲しげな雰囲気が伝わってくる。今まで全くそんな素振り見せなかったのに。
「やっぱり忘れてる……ひどい。子どもの頃、一緒に遊んでた。私はすぐに分かったのに……」
どうやらまたやってしまったらしい。神楽木さんもそうだったが、昔の事忘れ過ぎだろ俺。
だけど、本当に分からないことがあるんだ。爺婆はあまり変わらないから誰なのか分かるんだが、子どもの頃に会ってた人は本当に分からない時がある。会う人、会う人、成長して見た目がガラッと変わってるんだ。それなのに分かる訳ないじゃん……
「ま、まじか。どれくらい前の話だ? 中坊の時には会ってた?」
「……お兄さんが《《神隠し》》で居なくなる前までだよ。……ねぇ。あなた、本物? ……本物なら私のことを忘れるなんて有り得ない」
「何言って……」
目に猜疑心が混じる。剣呑な雰囲気が漂い、更にはドスの効いた低い声を発した。
「待て待て! 思い出す! ヒントくれ!」
「竜養寮」
晃の口から出たのはその一言だけ。
「竜養寮……確かに、昔は竜養寮出身の友だちとよく遊んだりしてたけど」
晃の言う竜養寮というのは、慈願寺に関連する寺院が経営している保護施設のことだ。仲の良かった友達が竜養寮にいたこともあって俺もよく出入りしていた。晃もそこの出ということなのだろうか。
──懐かしい。御山の麓を走り回り、虫取りしたり散策したり、近くの川に釣りや泳ぎに行ったりもした。大人に内緒で竜養寮に泊まろうとしたのがバレて怒られた事もあった。寮の裏山の誰も使ってない廃屋を見つけて秘密基地に改造した事もあった。どれも大切な思い出として俺の中に眠っている。
「それじゃあ、そのよく遊んでた友達の名前は?」
「えぇ? カン、シュウ、ケータ……」
「……合ってる、《《けど》》」
そりゃそうだ。幼馴染達を間違える訳がない。カンとシュウは施設、ケータは普通の家の出だ。みんな同じ小中学校で、よく遊んでいたメンバーだ。……みんな元気だろうか。
「友達、もう一人いたでしょ? 本当に忘れたの?」
「え……? 怖い怖い……同級生はその三人だけだよ……」
そう言うと晃は黙ってしまった。
「……じゃあ、《《あの時》》の事は覚えてる……? 可愛い女の子を助けた事があったでしょ」
「あの時の事……助けた……女の子……」
ヒントが増えた。でも抽象的すぎて絞り込めない。頑張って記憶を探る。
「あぁ! そうだ変態公園! 確か、カンとシュウと一度だけ、不審者に連れ去られようとしてた子を助けた事があったっけな!」
唐突に閃いた。変態公園というのは不審者がよく出没するというので、同年代の子どもの間でそう呼ばれていた公園のことだ。そこで偶々遊んでいた時に不審者に腕を掴まれて泣きそうになっていた子がいて、石投げて撃退したことがあった。それのことだろ!
「誰、それ。違うし」
「……」
違ったらしい。
「……ふーん、《《あの時》》の事、思い出せないんだ。私は覚えてるのに。《《約束》》も幾つかしてあったのに。ふーん……ずっと待ってたのに……サイアク」
「ヒント……ヒントくれ……」
「ヤだ。思い出すまで悩み続けて。また聞くから」
ゲシゲシとテーブルの下で脛を蹴られる。晃は拗ねたような口調で言う。殆ど無表情のままだが……本人であることは認めて貰えたようだが、答えを明かすつもりはないらしい。とはいえ、ヒントなしでは思い出せる気がしない。
「頼む……!」
「……しょうが無いね。一回しか言わないから」
手を合わせて懇願すると、折れてくれた。晃がおもむろに席を立ち、俺の背後から首に腕を回す。何をするのかと戸惑っていると、晃が耳元で言った。
「──タツ兄ちゃん」
耳にかかる吐息。懐かしくも甘い声音。その呼び方にゾクリ、と背筋に電流が走る。心臓がドキリと大きく鼓動した。
その呼び方は……確かに昔そう呼ばれたことがあったのを覚えている。そもそも俺はあまり年下との接点はない。数少ない接点は竜養寮の年少組くらいだった。昔から俺は背が高いこともあって、寮の年少組によくおんぶをせがまれたり、遊ぶことを強請られることがあった。
経験と記憶が繋がる。自身の背にしがみつく《《少年》》。他の年少組に変わってと文句を言われても意地になって明け渡そうとはしなかった。
「その呼び方……もしかして……? えっ……えぇっ? アッちゃん……?!」
思わず振り返ると、そこには少し昔の面影を残しつつも綺麗な女性に成長したアッちゃんの顔が間近にあった。
再会してから数時間たつというのに、今頃になって懐かしさが溢れてくる。昔のアッちゃんはそれはもう暴れん坊で喧嘩で誰かを泣かすなんてのはよくあることだった。よく笑い、泣き、悲しみ、怒る。感情の激しい子だったのを覚えている。
ただ、晃は──昔のようなハッキリとした表情を見せなくなっていた。何かあったのだろうか。これは聞いていいことなのかと悩む。多分、昔との表情の違いが大きすぎたことも、分からなかった理由の一つかもしれない。
「やっと思い出した。……遅すぎるよ」
「ご、ごめん。ずっとアッちゃんのこと男の子だと思ってた。カンもそう言ってたし……」
「……官九郎がそう言ってたの?」
「あ、あぁ……」
怒気をアッちゃんから感じる。表情に表れないだけで、感情が激しいのは変わっていないのだろう。……もしかしてだけど、感情が顔に表れなくなっているということなのだろうか?
首に回された腕から熱を感じる。それと、本能を擽るような甘ったるい香りも。誘惑から逃れるように首に回された腕をやんわりと外して、向き合うことで少し距離を空ける。それから隣の席にずれて、そこに座るように促した。
「そうか……あのアッちゃんが……綺麗になったもんだ」
「……フフン。ありがと。でもそれじゃあ來良が言うみたいに、本当にオジサンみたいだよ」
……確かに。ただ俺ももう30近いんだよな……この12年が全て無駄だったとは言わない。だが、此方に戻って来てからは家族や友人達と離れて、同じ時間を共に過ごすことが出来なかったことに寂しさを感じる事が増えた。
「ははは……さっきの話だけど、可愛い女の子がアッちゃんだとして、俺がアッちゃんを助けた事なんて……あったっけ?」
「あったよ……約束もした。これは思い出すまでヒントなしだから。それとアッちゃん呼びは子どもっぽくて嫌。私はもう子どもじゃない。晃って呼んで」
アッちゃん──いや、晃と遊んでいた頃のことはよく覚えている。……ただ、晃のことを助けるような出来事などあっただろうか。本当に出来の悪い頭で嫌になる……
「そうか……分かった。皆は今どうしてるんだ?」
「皆、元気だよ。秀平は結婚してもう子どもがいるし、官九郎も今度同じ寮だった子と結婚する。ケータ君は都会にいるって聞いたことがあるけど、連絡取ってないからわかんない」
「そっか……でも皆元気そうなら良かった。それにシュウは子どもまで……また皆に会いたいな……でも……寂しく感じるのは何でなんだろうな」
自分だけ思い出の中にいない。仲の良かった友達にずっと仲間外れにされている感覚とでもいえるだろうか。
「竜養寮の皆、忘れたこと無かったよ。タツ兄のこと」
そう言われ、感情がこみ上げてきて涙腺が緩んだ。小さく鼻を啜り、慌ててサングラスを掛けてそれを隠した。
「今度、一緒に会いに行こうよ。連絡してあげるから」
「……ありがとう。ハハ、でも久しぶりに会うってなると、何か不安になるもんだな」
「タツ兄、実は昔から結構泣き虫だったよね」
「いや、そんなことないだろ」
ハハと笑う。それに対して晃は、乏しい表情のまま目を少し細めて懐かしそうにした。
「お待たせっす〜。…………? 何かいきなり仲良くなってないっすか? 何で?」
「何でもないから気にしないで。ね? タツ兄」
「そうだな、晃」
「タツ兄ぃ~? えー、気になるっすよー。私だけ仲間はずれは嫌っす! オッサン! 晃先輩に性癖押しつけんな! キモい! 晃先輩に馴れ馴れしくすんなし!」
「嫉妬か?」
「ち、ち、ちがわい!」
「來良は本当に可愛い。よしよし」
「ほわぁ」
晃が來良の頭を撫でる。來良は悔しそうに顔を蕩けさせて、されるがままだった。
「──じゃあ、用事あるから私はこれで帰るね」
「おう、気をつけてな」
楽しい時間というのは早く過ぎるものだ。三人で会話に花を咲かせ、店に迷惑ではないかと思うくらい結構な時間店に長居してしまった。來良に約束していたアイスが倍以上お高いパフェに変わり、しかも晃にも奢る羽目になり俺の財布の中身はすっからかんだ。せっかくのアルバイト代は今日で全て吹き飛んだ。……ちょっとショック。
今の時間は既に夕方に近い。そろそろ解散というところで、晃から去り際にコッソリと言われたのだった。
「……今日の《《ゲームセンターでの事》》が知りたかったら、今夜11時に慈願寺の山門前に来て。待ってる」
□
來良の目的であった料理本を買った帰り道。バス停で待っている間のこと。來良との話題は勿論のこと、晃についてだった。
「來良にとって、晃ってどういう先輩だったんだ?」
それは晃が目の前にいては聞くことの出来ない質問だ。
「えー? んー……晃先輩は、とある切っ掛けで知り合った先輩でさ……お母さん死んじゃって辛かった時に色々心配してくれたんだよね。どうでもよくなってたのを引き留めてくれたっていうか」
ただそれは思っていた以上に重くなりそうな話だった。來良から昔の話を聞くことが出来たということは、今日のことで少しだけ信用を得られたということなのかもしれない。
そしてそれは、晃のお陰でもあった。晃が俺に気を許していると分かったからこそ、來良も俺を信用してもいいと思い始めている。それほどに來良の晃への信頼は大きい。晃と再会する前の俺であれば、來良は過去の話など教えてもくれなかっただろうから。
「夜の町とかにも遊びに行ったりしてさぁ。家にも帰らないで、何かムカつくーって憂さ晴らししてたんだ」
前に婆ちゃんが言っていた。一時期だが、來良の母親が亡くなってからしばらくは、彼女の実家である猪瀬家が荒れていたと。來良の言う夜遊びをしていた時期は、恐らくそれと重なっているのだろう。
それまで普通の女の子だったのに髪の色が青になったりピンクになったり。挙句、服装の傾向まで様変わりしていった。その時期のことを婆ちゃんは心臓に悪かったと言っていた。
「その時は私もあんまり良くない奴らとつるんだりしててさ、結構危ない目に合いそうになった時もあったんだけど……晃先輩がヒーローみたいに現れてそいつら皆まとめてぶっ飛ばしちゃったんだよね」
危ない目、の内容については触れなかったが、そういうことなのだろう。一歩間違えれば來良は一生ものの傷を負う可能性があったと。そのもしもの可能性が頭によぎり、怒りが沸いてきそうになる。
しかし、その危機を晃が救った。來良にそういった行為をしかけた奴らは全員ぶっ飛ばされた。そう聞かされて怒りは幾分か沈静化した。
「スゲー強くてさ、笑っちゃうくらいカッコ良かったなぁ……」
懐かしそうでいて、憧れの人を想う顔を來良はしていた。
「だからさぁ、私、晃先輩に憧れてるんだ。先輩みたいに喧嘩は強くなれないと思うけど、あの時の先輩みたいに私も誰かを助けられたらいいなって」
來良の持つヒーロー像の晃。きっと來良の中で晃はとても大きな存在になっているのだろう。
……でも、もしかしてだけど、服装とか言動も晃を真似しているとかはないよな? 來良も晃と同様に、露出の多い格好をしているし……否定は出来ない。
「そうか……凄いことだな、それは。なら、來良にとっては婆ちゃんが母親代わりで、晃は目標になる存在ってことか。どっちも中々ハードルが高そうだ」
「うん。でも、やっぱり晃先輩みたいにカッコいい生き方したいって思ったからさ。花重さんも、私を心配してくれた人だし目標にしてる」
何となくだけど、來良の抱えていたものが見えた気がした。勿論、それが全てではないのだろうが。ただ……目標にしている人物が婆ちゃんと晃であるなら、來良が後ろ向きになることはないのだろうと、そう思えた。




