第15話 市街地エリア 8/8(日)
まだ涼しさの残る夏の早朝。今日も今日とて、家庭菜園と呼ぶには広すぎる畑の手入れに精を出す。
辰巳の身の丈にまで生長したキュウリの苗。アーチ状になった短いトンネルの中に入りながら、葉と枝の隙間に手を入れ、チクチク、カサカサという肌を刺激する感触に耐える。収穫作業を終えた頃には、始めてからもうそれなりの時間が経過していたらしい。
取れた実はちょうどよい大きさの物から、太り過ぎてオバケになってしまった物もある。それは石動家で消費するには明らかに多過ぎる数で、消費しきれない分は近所の畑を持たない家に配られる運命にある。
額には玉のような汗が浮かんでおり、辰巳は首にかけていたタオルでそれを拭った。
「來良、このキュウリの枝は取ってもいいのか?」
「ん? あぁ、大丈夫。子蔓は2節残して。ついでに頭も取っちゃっていいと思う。もう花重さんと私じゃ上まで届かねーもん」
「はいよ。しかし、毎日毎日実が成って嫌になるな……」
石動家では収穫は朝だけだが、他所様では夕方にも取るらしい。ウチの畑の作物は別に売りに出す訳でもないので朝まで放置することになっていた。
來良は手袋を嵌めて、トマトの苗を弄っている。辰巳も加勢して、それに倣う。二人は黙々と作業を続けた。
「前も言ったけど、トマトの脇芽は上の2〜3個残して全部取っちゃっていいから。あと大玉トマトの赤くなってる房4つくらい残して、先っちょの小さい実はいらないから摘果して」
「……おう」
説明してくれるのは有り難いことだったが、初心者の辰巳には難しかったようだ。辰巳がノロノロしている内に、來良がテキパキ作業を進めてゆく。
一度切ってしまえば元の形には戻らない。本当に切ってしまって大丈夫なのか辰巳が自信を持てないのは、経験が足りていないせいだった。
その後もピーマン、オクラ、ツルムラサキ、モロヘイヤも収穫し、一通りの作業は終えることが出来た。最後に散水して終わりだ。井戸から水を引いている蛇口を捻り、ホースの先端に取り付けた散水ノズルから苗の株元に水を流し込んでゆく。
「水やりって日中じゃ駄目なのか?」
「別に駄目じゃないけど、あまり暑い時にかけると熱湯になって、根っこ痛めることがあるんだってさ。あとは上からかけると、水滴がレンズみたいになって葉っぱが焼けたりとかさ」
「へぇ」
「まぁ、上からかけることはないと思うけど、水やりは朝か夕方にやった方が無難ではあるかな」
來良は歩きながら畑に水を撒いて、さっさとホースを片付けてゆく。周囲は既に気温も高くなりつつあるが、山から時折り吹く風が涼を運んでいた。
──汗で張り付いたシャツをパタパタと扇ぎながら、縁側へと移動する。
居間の奥にある台所からは卵の焼ける香ばしい匂いと、味噌汁の優しい香りが漂って来る。辰巳の祖母である花重が朝食の準備をしているのだろう。
朝から気だるい雰囲気の中、何をするでもなくそのまま縁側に寝転がる。首にかけていたタオルを顔に被せると、瞼が重くなった気がした。心地よい微睡み。視界が暗闇に覆われると、腰に当たる床板の感触や軒下に吊るされた風鈴のチリン、という音が鮮明になった。
朝食が出来上がるまでの休憩時間。辰巳は今日これからの予定を思い起こして、隣で寝転がりながらスマホを弄っている來良に声をかけた。
「なぁ、來良。ケータイって詳しいか?」
「なんだよそれ。私、一応女子高生なんだけど? オッサンよりは詳しいと思う」
寝転がっていた來良はスマートフォンを胸の上に置いて、上を向くようにして辰巳に顔を向けた。その姿勢のまま話の続きを促すように視線を寄越すので、辰巳は身を起こして言葉を継いだ。
「いや、俺もケータイを持とうと思ってさ」
「むしろオッサンの歳で持ってない方が驚きなんだけど。このご時世でスマホも持ってないって……ウチの小学生の弟でも持ってるよ。流石、無職」
「む、無職じゃねぇ! 不定期だけどアルバイト始めたわ!」
「ふーん、じゃあフリーターかぁ」
「フリーター?」
無職という心を抉る物言いに反論したが、異界生活の長かった辰巳が聞き馴染のないフリーターという言葉に疑問符を付けた。その様子をしっかり見ていた來良が呆れた様子を滲ませ、ジト目を年上の辰巳に向ける。
「オッサンくらいの歳で、定職に就かない奴のことだよ」
「なんか辛辣だな!?」
來良の容赦ない言葉に辰巳がショックを受ける。そして、來良も寝転がっていた姿勢から起き上がると胡座をかいた。その表情には仕方ねえオッサンだな、という思いが透けて見えるが、口の端が緩んでいるので楽しんでいるらしい。
どうやら辰巳の反応を面白がっているようだ。悪趣味な奴め! と、そうは思うが、実際問題として來良の言う通りなので言い返すことが出来ないのが悲しい所である。
「まぁ、今どき何も珍しいことじゃないけどね。……そんなことよりもケータイがどうしたわけ?」
「ん、あぁ……本体だけ買おうと思ってさ。何だっけ、シム何とかは別で買うつもりなんだ」
「SIMカードね。買うのは中古?」
「そうそう。オススメとかあったら教えてくれないかなぁってさ」
「オススメねぇ……私は長いことこれだけど」
來良が辰巳に掲げて見せたのは裏面にリンゴのマークがついたスマホだった。そのスマホ本体は女の子らしいケースに入れられている。
「他にも色んなメーカーがあると思うけど、余程変なのじゃなきゃ大丈夫だと思う」
それから、來良はバッテリー、動作の速さ、容量、ネットの評判も参考にするといいかもと言った。しかし、初心者である辰巳にはその要素がどのようにケータイに影響するのか分からない。まして、情報を集める手段が人に聞くことしかないので、現段階では判断もつけられなかった。
「な、なるほど……ありがとうな」
「別に、このくらい大したことじゃないし」
「……なぁ、來良。今日暇なら一緒にスマホを見に行かないか? 昼くらいなら奢るぞ」
「えー? まぁ……今日はバイトも休みだし、別に良いけどさ。昼奢ってくれるってんならついてってやるよ。オッサン頼りねぇからな」
「頼りないは余計だ!」
常識知らずではあれど、辰巳も男なのだ。年下の女子に誂われたり、頼りにならないと言われるのは心外である。
「ほら、出来たよ。仲良く喧嘩してないで食べな」
「はーい!」
「おいー?」
そんな時に花重から朝食の準備が出来た事を告げられ、辰巳の抗議は素知らぬ顔でスルーされてしまうのだった。
□
初めは家の比較的近くにあるリサイクルショップに行くつもりだったのだが、來良が辰巳の誘いに同意し、二人で行くならいっその事と、結局、繁華街のある駅前の方まで出て行くことにした。
來良は一度家に帰り、諸々の仕度を済ませて再度合流することとなった。まだ午前中で比較的温度も落ち着いてはいるが、長々と太陽の下で歩きたくなどない。まして、これから太陽が天辺に登るほどに気温は上昇してゆくのだ。歩くという選択肢はそもそも無かった。
それから車等の移動手段を持たない辰巳と來良の二人が市内を循環するバスに乗り三十分ほど。駅前の停留所で降りる。
來良の服装は肩の開いたTシャツにデニムのショートパンツ、白いスニーカー。活動的だが露出が多く、その眩しい御御足は健康的な男である辰巳には少々目に毒である。辰巳は直視しないように視線を反らした。
反対に、此方に戻って間も無い辰巳は、まだ体に合う服を持ち合わせておらず、体格が似ていたという祖父のお古の甚平に雪駄という出で立ち。体格の良い辰巳が着ると、それは妙な雰囲気があった。更に、それに面白がった來良が彼女のサングラスを掛けておくように言うと、出来上がったのは見た目は完全に《《輩》》であった。
少なくとも近づきたいとは思わない。辰巳も來良も、どちらも涼し気な格好ではあるが、組み合わせとしては違和感があった。
「ほら、こっちこっち」
「あちぃー……日本ってこんなに暑かったっけ。俺が子どもの頃はこんなに暑く無かったと思うぞ……」
來良が慣れた様子で先導し、辰巳は彼女の後について行く。その図は周囲から見れば二人が年の離れたヤンチャな兄妹のように映ったかもしれない。
雪駄をペタンペタンと鳴らしながら駅前を歩く。暑さのせいであろうが、その気怠げな様子も相まって非常に見た目がよろしくない。露出が多く、かつ見目の良い來良に男の視線が向きにくいのは、辰巳の威圧効果に他ならなかった。
──二人揃って家電やゲーム機なども扱っているというDVDのレンタルショップに入る。店内の冷やされた空気が火照った体に心地良い。冷房で体の熱が一気に下がってゆく。
來良は以前にもこの場所に来たことがあるようで、迷うことなくスマートフォンのコーナーへ案内した。スマホ本体はガラスケースの中で並べられて展示されており、その機種も多種多様。古いものから最新の物までズラリだ。
しかし、その種類のあまりの多さにどれを選んだものかと辰巳は目眩がする思いだった。
「……スマホってこんなに種類があるんだな」
「そりゃ、そうでしょ。メーカーが違えば形も違うし、同じメーカーでも機種名が変われば性能だって全然違うし」
「なるほど……來良はどれなんだ?」
「私と同じのはこれ」
「……高っ」
來良が指差し示す機種は中古とはいえ中々に良い値段がする。しかし、來良の持っているスマホは買った時は新品でニ十万以上する代物だったらしい。本当に高校生だよな……? と辰巳は戦慄した。
とはいえ、今では中古でそれなりの数が出回っているので、これでも価格は落ちている方だと言う。
「高いけど性能もデザインも良いよ。で、どうすんの?」
「……どれ選んだらいいかわからん。迷ったら俺も來良と同じ奴にするかなって思ってたんだけど……」
「真似すんなし」
「高くて買えねぇわ! 俺はどれを選んだらいいんだ……?」
スマホ初心者からすれば何が違うのか訳が分からない。追加で來良から説明されたギガとかラムとか言われても辰巳の頭には全く定着しなかった。
「自分で選びなよ。色とか形とか大きさとかさ……あと、あんまり安いのはやめた方がいいんじゃない?」
「どうして?」
「バッテリーがすぐなくなるとか、動作遅くてカクつくとかさ。あるかもしれないじゃん」
「へぇー……やっぱわかんねーから、もうこのオススメって書いてる奴でいいや。このメーカーなら間違いないんだろ?」
「まぁ、古めだけど間違いはないと思うよ」
合わせて近くのコーナーに置いてあったSIMカードも購入する。これも何が何だか分からなかった為、辰巳は近くにいた店員にスマホで何がしたいのかを伝え、どれを選ぶべきか教えて貰う事が出来た。
他にも店内を一通り見て回り、店を出る頃にはそれなりの時間が経っていた。入口のドアを開けると、ムワッとした熱波が二人の身を包む。それに辟易しながらも、二人は駅前周辺を散策することにしたのだった。
「付き合わせて悪かったな。時間もちょうどいいし、約束通り昼は奢るからさ」
「ん。なら、ありがたく御馳走になる。腹減ったー」
「何食べたい?」
「なんでもいい。でもオシャレな店とか選ぶんじゃねーぞ。オッサンとそんな店に入ったって仕方ねぇから。つーかその格好で一緒に入るのは恥ずかしい」
「入んねーよ! ……お前、ほんと辛辣だよなぁ」
「お前いうな。オッサンは抜けてっから、何かやらかしそうで怖いんだよ」
「……最近の女子高生はホント強えな……」
そして、駅前周辺をぐるりと探索し、やってきたのは無難なファミレス。全国展開している大手有名チェーン店だ。駅前にあったその店に二人は入ってゆく。今日は日曜日であり、しかもランチタイム。店内は多くの客で賑わっていた。席に空きがあるか不安になるレベルだ。
「いらっしゃいませー。二名様ですね、こちらへどうぞ」
ほどなくして席に案内されると、席に備えられたメニュー表からそれぞれに食べたい物を選びだす。最近のファミレスは人に頼むのではなく、機械で注文するらしい。十数年の間に変わるものだと辰巳は思った。
「私はこのパスタにしよーっと。あとはドリンクバーとデザートもいい?」
「好きにしろ」
「やった」
來良はさっさと決めて、ドリンクバーを取りに行ってからはスマホをいじっている。ついでに辰巳はさっき買ったばかりのスマホとカードも來良に渡して諸々の設定してもらうことにした。当然のことながら充電は切れていたので、今は來良が持っていたモバイルバッテリーを借りて充電している。
辰巳はメニューを眺めるが中々決められなかった。しかし、優柔不断と言う事なかれ、メニューの写真を眺めているとどれも美味そうに映るので致し方ないのだ。
「どれも美味そうだけど、洋食は沢山あってよくわかんねー……うーん……この鯖の味噌煮定食にしてみるか……」
「花重さんもそうだけど、石動家って和食ばっかりだよな」
「まぁ、婆ちゃんが和食以外を作ってるのは見たことないな。昔の人だし、そんなものなんだろうけど……來良は婆ちゃんが料理の先生でもあるんだろ? 洋食は習わなかったのか?」
「習ったのは和食ばっかりかな。私は洋食も興味あるんだけど」
「ふーん。別に自分で作ってみたらいいじゃん」
「それはそうなんだけどさ……」
「?」
モゴモゴと何かを躊躇するような様子を來良が見せるのは、短い付き合いながら珍しい事だと辰巳は思った。それにはきっと何か言い辛い理由があるのだろうとも。
「あ、わり。ちょっとトイレ行ってくる」
「うい」
と、そこでタイミング悪いなと思いつつも、辰巳は少しだけ離席することにしたのだった。
□
ペタンペタンと歩く度に雪駄が鳴る。別に辰巳自身は周囲を威圧するつもりなど欠片もないのだが、すれ違う人、すれ違う人……皆が道を譲り、目を合わせないように顔を背ける。
そんな周囲の反応に傷つきながらも元の席へと戻ろうというところだった。
「ん?」
トイレを済ませ、辰巳が戻って来ると席の周辺に人がいる。どうやら來良は誰かに絡まれているようであった。すわナンパかと思い、辰巳が追い払ってやろうと近づいてゆくと、その対象がどのような人物か見えてくる。
來良に絡んでいるのは若い男が三人。高校生もしくは大学生くらいにも見えないこともない。そして、近づいて少しだけ話が聞こえたが、どうにもナンパとは少々違うようだった。
「──夏休み中だとクラスメートでも中々会わないもんだな」
「確かに。講習があれば別なんだけど、來良さんは夏期講習希望して無かったんだっけ」
「私は勉強とか元々向いてないんだよ。進学する訳でもないのに、勉強とかしたくない」
「あー。猪瀬は就職活動組だっけ」
「俺らは夏期講習漬けだよ。ウチは父親が行っとけって言うからさ、口ごたえなんて出来ないし……」
「それな。俺んちは母ちゃんだけど」
「ストレスばっかり溜まるんだよなぁ……もう問題文見たくない」
辰巳はあぁ、と納得した。彼らはナンパなどではなく、來良の学校のクラスメートであり、夏休みだというのに勉強漬けであるらしい。いや、夏休みだからこそライバルに差をつける為、勉強に集中しているのであろう。しかし、今日は日曜日。彼らにも勉強から解放され、息抜きをする時間は必要だった。
彼らの談笑を耳に、しばし物思いに耽る。辰巳からすれば学生時代など遥か昔。結局、高校に行けなかったことを思うと、勉強は好きではなかったが羨ましくなる。あのまま神隠しに遭遇しなければ、自分は普通の高校生になっていたのだろうかと。
「就職活動組も大変そうだよなぁ。説明会とかもあるだろうし、見学とかも行かなきゃいけないんだろ?」
「なー。それに先生達の評価で応募出来なかったり、応募先変えられるとか、正直どうかと思うわ」
「猪瀬も就職より進学した方がいいんじゃね? 猪瀬は途中まで成績良かった筈だろ? まだ間に合うって」
「……」
同級生達はあーだこーだと話をしているが、当の來良は会話に入り込めずに押し黙ってしまう。しかし、そんな様子も気にせず、彼らは話を続けた。
何しろ今は本来、夏休み中。しかしながら、この同級生達は勉強漬けでストレスが溜まっていたのだ。ただし、今日は少しだけ特別な日でもある。男子高校生にとっては嬉しい特典付きの日。だから、少し調子に乗って、解放的になっていたのだろう。普段なら気を使って言わないような事も簡単に口にしてしまう。
──自分の言葉が、どれだけ人を傷つけてしまうかという事には気にもとめずに。
「そうだ。來良さん、暇だったら俺ら今から遊びに行くんだけど一緒に来ない?」
「……暇じゃないし、今からご飯だから行かない」
「えーいいじゃん、皆でカラオケ行こうよ! 後で栞奈とか優愛とかも来るし」
「そうそう! きっと楽しいって!」
「連れがいるから無理」
「連れ? 連れって、來良の友達? 俺らは気にしないし、一緒に連れてきたら?」
「マジで言ってる?」
そう言われ、來良は騒ぐ同級生達の後ろに立っていた辰巳のことを指差した。その指につられて同級生の男子たちが振り向き、その存在を見上げる。当然のこと、辰巳は挨拶した。
「──どうも」
いや、辰巳は突然來良に振られたせいで上手く挨拶が出来ていなかった。コミュ障か。
190はあると思われる上背。太い腕。逆立つ短髪。スモークのサングラス。厳つい甚平に雪駄の出で立ち。それに加えて、駅前を歩いてる時に貰った団扇をパタパタさせている。どこの組……いや、無頼漢ですか? といった風貌である。高校生の男子達の心臓は嫌な鼓動を始めた。
「え、え、え……背でっか……こ、この人すか……?」
「体イカツ……めっちゃ強面なんすけど……も、もしかして……年上の彼氏さんですか……?」
「甚平……來良さんの連れって……あの、ヤ、ヤ○ザ、なんすか……?」
「それ親戚のお兄ちゃん」
來良が此処ぞとばかりにニヤリとする。無自覚上から目線で、スカした男子達が急にビビリ始めたので気分が良くなったのだろう。
「……へ? 來良さんの兄ちゃん?」
「な、なんだ、そうかぁ……良かった……」
「正直ビビリました……猪瀬って近づいたらいけない奴だったのかなって……」
來良がネタバレすると男子達はあからさまにホッとした様子を見せた。辰巳は何も言うことは無かったが、彼らの言葉は大概失礼であった。現に、辰巳は男子高校生たちからの評価に、団扇をパタパタさせたまま内心でショックを受けている。
「そー。まぁ、血の繋がりはほぼないけど」
「あー……そっか。じゃあ、今日は兄ちゃんとデート中だったってことか。邪魔してごめん」
「あー。俺ら邪魔者になってたってこと」
「ごめんっ、猪瀬!」
「は? デート違うし! 買い物に付き合っただけだし! なんでそうなる。馬鹿なの?」
しかし、そんな同級生達のノリ任せの謝罪もとい誂いだったが、來良は嫌な顔をして過剰に否定する。その大きな反応に、誂いがいがあると思ったのか男子達がニヤリとした。
「まぁまぁ、そんなに怒らなくても。本気で言った訳じゃないし、冗談だって」
「そうだよ。俺も姉ちゃんに荷物持ちで買い物付き合わされる事、結構あるし。あー、でも……それがデートって言われたら確かに嫌だな……」
「ハハ……でもまぁ、そんなもんだよな。ごめん」
男子達が口々にごめん猪瀬と謝った。それから……
「最初は年上の彼氏さんなのかなって思ったけどさ……よく考えたら猪瀬に彼氏ってのもあんまり想像つかないよな」
「モテる割にそういう噂聞かないもんなー」
「確かに」
「容姿に惹かれて告白して、こっぴどくフラれた男子は数知れず」
「おまいう」
「それお前が言っちゃう?」
「俺は今でも本気だし」
同級生達は、今までに告白しては玉砕してきた学校の男子達のことを思い返し、自分達の中の一人がそうだったとナハハと笑う。そのノリに來良は眉を顰めた。
「……お前ら、好き放題言ってくれるじゃんね?」
「あっ……」
「じゃあ、俺らはもう行くのでー。またな、猪瀬! 今度落ち着いたら皆で遊び行こうぜ!」
「お兄さんもお邪魔しました~。猪瀬の機嫌悪くさせてごめんなさいっ」
そこでようやく來良の怒った様子に気づいたのか男子達は逃げるようにして足早に立ち去っていった。辰巳はその背を見送ると、何事も無かったかのように來良の向かいの席に座った。
「……ったく」
「今の何だったんだ?」
「同じクラスの男子。暇だからカラオケ行こうってさ。アイツら、今日は女子と一緒に遊べるからって浮かれてんの」
「ふーん……良かったのか? 折角誘われたのに來良は行かなくて」
「あのさぁ、先に約束があるんだから、そっちを優先するのは当然でしょ。それにあのノリについてくのは正直ダルいって」
「……そりゃそうか。ありがとな」
呆れた表情を向け、正論を突きつけてくる來良に苦笑で返す。どのような仕儀なのか辰巳の周囲の女性はしっかりした考えを持つ者が多い印象があった。
「というか、何だよ。親戚のお兄ちゃんって。本当はやっぱりお兄ちゃんって呼びたかったのか?」
「マジで引くからやめて、それ」
「おっさん呼びよりは大分マシだと思うんだけどな……」
「おっさんをお兄ちゃん呼びなんて背筋がゾワゾワする。キモい」
「そうか……」
「何でそんなに残念そうにすんだよ……」
辰巳も先程の男子達のように來良のことを誂ってみるも効果なしだった。むしろ強い言葉で返されてダメージを食らったまである。
中学の頃まではたまに会う関係だった親戚の兄姉、弟妹のような存在は多いが、辰巳自身は一粒種であった。そのため弟、妹という存在には何となく憧れのようなものがあるのだ。
「それにほら、あんまり歳が離れてると変に勘違いされることもあるしさ。その方が誤魔化しやすいじゃん? それに遠い親戚ってのは間違いじゃないらしいよ」
「? へぇ、そうだったのか」
歳が離れていると何を変に勘違いされると言うのだろうか、辰巳は頭を軽く捻ったが答えは出なかった。ただそれも、本当に遠い親戚であると知って、そんな小さな疑問はすぐにどうでも良くなった。
『お待たせいたしましたなのだ』
と、二人で会話を弾ませていると何事かを喋りながら辰巳と來良のテーブルに近づいてくる存在があった。
「あ、やっと来たみたい」
『ご注文の料理を持ってきたのだ。料理を取ったら画面の受け取りボタンを押して欲しいのだ』
「えっ!! スゲーな!! 最近の店はロボットが配膳してくれんのか!!」
「ちょ、声デカイって……! 恥ずかしいから……! スマホも持ってねーし、マジでどこで生活してたんだよ、この人……」
配膳にやって来たのは、ロボットだった。來良は声量を抑えろと辰巳を注意するが、これまでずっと現代日本を離れていた辰巳はロボットに興味津々で、対象が動く度に目を輝かせている。その辰巳の様子に、今時配膳ロボットに驚く奴がいることに來良は逆に愕然とした。
『ありがとうなのだ。失礼するのだー』
配膳ロボットから料理を受け取り、テーブルに並べる。ボタンを押すとロボットは立ち去って行った。辰巳が物珍しそうにその後ろ姿を眺めて見送った。
テーブルの上には辰巳の鯖の味噌煮膳に、來良のパスタは季節限定の夏野菜の冷製パスタが並ぶ。デザートで頼んだパフェは後で来るらしい。
「……いただきます」
「まーす」
──食前の挨拶をしつつ、箸を進める。辰巳は黙々と鯖の味噌煮を口に運んだ。昔に祖母が作ってくれた物を思い出して選んだ料理だったが、口に運ぶと味や食感にどうにも違和感が勝る。依然は好物の一つだったが、味の嗜好が変わったのか鯖は口に合わなくなっていたようだった。
ともすれば、來良の方はクルクルとフォークを器用に使い、満足そうに食べている。それを見て、辰巳は洋食にも挑戦してみれば良かったなと思うのだった。
□
「──そうだ。ほら、半分充電できたからもういいだろ。もうスリードの設定とかも終わってるから。あと、番号が一個もないのは可愛そうだから、特別に私の入れておいた」
「おぉ! ありがとな!」
食事を終え、残されたパフェをゆっくりと食べながら辰巳は來良から基本的なスマホの使い方を教わっていた。
昔のケータイのようなボタンが無いのに、画面を触るだけで反応する。仕組みは全くといって想像もつかなかったが、辰巳は新しい玩具を手に入れたかのように、すぐにスマホの操作に夢中になっていった。
辰巳が自身の初ケータイを興味深げに弄っていると、受信音と同時にスリードとやらの通知が来た。
それをタップすると、メッセージが現れる。
13:34 來良:ゴチでした
辰巳は目の前にいるんだからお礼くらい口で言えよ……とも思ったがむしろ今回は自分が世話になった身なので、まぁいいかと口を噤んだ。それから眉間にシワを寄せて返信の文を入力して返す。
13:36 辰巳:はい
辰巳が送信ボタンに触れると、晃のスマホが反応した。どうやら無事にメッセージは届いたらしい。
「そういえば、この後はどっか寄る所はあるのか?」
「特にはないけど、本屋行ってから帰ろうかな。……今度、やっぱり他のレシピもチャレンジしてみようかなって」
「へー、いいんじゃないか。なら俺もついていくかな。今日、誘ったのは俺だしな」
「ん」
このまま解散というのも味気無い。來良が本屋に寄りたいというので辰巳はついて行くことに決めた。何気に本屋に行くのも随分と久しぶりのことである。昔読んでたマンガの続きはどうなってるのかな、とふと気になった。
「來良はやっぱ料理に興味あるのか?」
「ちょっとだけ」
「そうか。だけど、高校卒業したらどうするんだ? さっきの話を聞く限り來良は就職するみたいな感じだったけど、進学はしないのか?」
「……さぁ。家からは離れられないし」
「やりたい事があるなら、そっちを考えた方がいいんじゃないのか? 家の事は家族に相談してからでもいいんだろうし。來良の人生だろ。もし料理に興味あるならさ──」
「……うるさいな、いいんだよ。オッサンとことウチは違うんだから。ウチの事情もよく知らない癖に、あんま人ん家に口出ししようとすんなよな。それお節介だぞ」
辰巳の言葉は來良の事を考えたつもりの言葉ではあったが、來良はそれを拒絶した。祖母の花重からも言われていたことだが、來良にも何か抱えている事情があるようだった。
それに、これも花重が言っていたことだが、どうにも來良は自分一人で抱え込む癖があるようだ。ただ、辰巳がそれを聞き出すことが出来ないのは、まだまだ付き合いが浅く、彼女の信用を得られていていないという事なのだろう。
「……そうか。悪かったな、確かに人の家の事に口を出すべきじゃないよな」
「……ふん」
しかし、來良も本気で怒った訳ではないのか、辰巳に対して拒絶したことを少し気にしているようでもある。かといって素直に謝る事も出来ないという難しい年頃だ。來良は口を引き結んで視線を外すが、時折辰巳の様子を伺っていた。それを見て、辰巳は仕方なさそうに口元を僅かに曲げる。
「……悪かったって。ほら、後でアイス買ってやるから機嫌直せ」
「……高いヤツがいい」
そういう時には男が悪者になってしまうのが世の常なのだろうか。辰巳が謝り、帰りにアイスを買ってやると言うと來良の表情の強張りは消え、今度はムッと拗ねるようなものへと変化する。それから不機嫌をぶつけるようにアイスはコンビニでも売っている高い奴にしろと要求した。それに笑って応える。
「好きにしろー。今日の俺はお大尽だぜ」
「何だそれ。つい一昨日までは花重さんに寄生するプー太郎だった癖に」
「うるせぇっ、人が気にしてることを……」
辰巳が調子に乗っていると辛辣な言葉が返ってくる。しかし、そこにはしょうもないオッサンだな、とでも言いたげな笑顔があった。大人びているとはいえ、來良もやはりまだ子どもなのだろう。要求が通るとアッサリと表情を明るくさせたのだから。
「アハハハッ、食費くらいはちゃんと稼げよなー」
母親が亡くなり、祖父は厳しく、父親も仕事で家を開けがち。加えて弟の世話もあって來良はしっかりしている。いや、そうなるしか無かったのだろう。だからこそ、もしかしたら彼女の周囲には甘えられる対象がいなかったのかもしれない。
來良がどのような交友関係を持っているのかは辰巳には分からない。だが、口にはせずとも兄のように頼られる存在になれればと辰巳は思う。
それは祖母に気にかけるよう言われたからではなく、來良のことを心配する一人として。そんな事を本人に言えば、自分の心配をしろと言われるのだろうが……辰巳は來良の力になれればと思っていた。
「……やっぱゲーセンも行こうかな、久しぶりに」
「ゲーセンかぁ……じゃあ俺も行くか。あぁ、でも俺、ゲーセンなんて12年振りだわ」
「それマジ?」
そして、來良がゲーセンに行くと言うと、それについて行くことにした辰巳は楽しみにした様子でカラカラと笑った。
実に12年振り。ゲーセン自体で遊んだ記憶はあまり残っていないが、辰巳が昔友人達とよく行っていたビル地下の古いゲーセンにはビリヤード台や卓球台、ダーツがあって、むしろそこでよく遊んでいたのを思い出す。
そんな思い出を懐かしそうに話すと、來良はへー、と目を丸くする。ビリヤードかぁ、アレって面白いの? と会話しながら。
「──あぁ、ちょっと待て」
それから飲食の代金を支払い、ちょうどファミレスを出た所で辰巳は來良を呼び止めた。何気なく來良の肩あたりにデコピンをし、パッパッと払う仕草をする。
「何?」
「ん、あぁ。何か《《悪いムシ》》みたいなのがツこうとしてたわ」
「うえー……虫? もうついてない? 大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
畑で作業している時は虫など気にもしないだろうに。
かつて行っていたゲーセンを懐かしみ、自分や友人達の後ろを、何処に行くにも雛鳥のようについて回っていた年下の弟分のような存在がいた事をふと、思い出しながら──もしも自分に妹がいたらこんな感じなのだろうかと、辰巳は含み笑いするのだった。




