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第10話 八杜神社 8/7

 明くる朝、俺は家で神楽木さんが迎えに来てくれるのを待っていた。


 時分はこれから気温が急激に上がってくるという時間帯。まだ太陽が空に登りきっていないこともあって、暑さは少しばかり穏やかではある。……それでも暑いが。


 今日は神楽木さんが紹介してくれるというアルバイトのデモ、というか俺にどの程度までの仕事を振っていいかの確認作業みたいな事をするらしい。


 先ずはこれから神楽木さんが運転する車に乗って、神楽木さんのお父さんが管理している八杜神社に向う予定だ。


 時間的には九時に来ると言っていたので玄関先で待っていると、時間ピッタリで神楽木さんが運転しているだろう車が家の前に乗り付けてきた。


 助手席のドアが開き、中から誰かが出て来る。何か変だなと思っていたら、中から出て来たのは神楽木さんではなく、制服姿の三つ編みの女の子だった。


「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」

「……よろしく?」


 カチコチと、多分緊張しているだろうにハキハキと元気よく挨拶をして来たその子の格好──制服姿を見るに中学生だろうか。……しかし、何故、見知らぬ女の子が? 


「ごめんね、石動くん。ウチでお手伝いしてくれてる子なんだけど、付いていくってきかなくて……」


 俺は理解が追いつかずに茫然としていたが、運転席から降りてきた神楽木さんが言った。


 それから控え目に手招きされ、身長にだいぶ開きがあるからと爪先立ちになって、コソコソと耳に顔を寄せて来る。ふんわりと、いい匂いがする……


「あの子はウチがお祓いのようなことをしてるってのは知ってて、殆ど一般人だけど少しだけ見える子なの」


 だけど、危ないからこういう事には本当はあまり関わらせるのは良くないんだけどね、とのこと。どうにも神楽木さんのお父さんが彼女のことを弟子にと話をつけてきたらしい。


 聞くに、一応見えるとは言え、あまり強い力では無く、霊に干渉できるほどのものでは無いそうだ。神楽木さんも中途半端な力では逆に危ないと反対はしているそうなのだが……彼女自身も興味とやる気があり、それを押すお父さんの存在もあってか、断りきれないまま弟子になったのだとか。


 ちなみに彼女の本名は羽鳥繭子、中学ニ年生。神楽木さんの生家のある地域に縁のある数少ない子の一人なのだという。


 要はしがらみということだ。神楽木さんも大変そうだな……


「取り敢えず、乗って乗って。安全運転でいきます」


 とまあ、そんな感じでクーラーの効いた彼女の車に乗り込んで目的地である八杜神社へ向かうこととなった。


 ちなみに神楽木さんの車は外車のデカくてゴツいSUV車である。絶対高い。中は広いし、いい匂いがする。免許もねぇ、車もねぇ、そもそも金もねぇ! 俺の劣等感が刺激されるぜ……! そんな事を考えていたら、バックミラーでチラチラ此方を見ていた神楽木さんと目が合って少し気まずくなった。


 ──気を取り直して。道中、俺はアルバイトについて色々と話を振ろうとしたが、いかんせん会話のリズムというか、繭子ちゃんがいる前でどこまで聞いていいのかとかが全く掴めなかった。


 俺の会話スキルなんてたかが知れているので致し方ないこととは思うが、それでも気まずさは拭えない。


 ちなみに繭子ちゃんは助手席に座っており、基本的に三人で当たり障りのない会話をしていても神楽木さんにしか返答しておらず、俺の方には関心すら向かなかった。女子中学生ってそんなもん? それとも、俺、何か嫌われるようなことしちゃった……? 


 流石に神楽木さんも繭子ちゃんへの違和感に気づいたのか……


「繭子、石動くんは凄い人なのよ。緊張してるのかもしれないけど、失礼をしたら駄目」


 神楽木さんが繭子ちゃんにそう言うのを、俺は車の後部座席で黙って聞いていた。何か知らんけど神楽木さんから俺への評価高すぎねぇ? 何で? 俺、神楽木さんに凄いって思われるような事、教えたことも、した事もないのだけど? 


「ご、ごめんなさい結衣先生……凄いのは何となくですけど、わかります。でも何か怖くて……」


 俺、中学生に怖がられてた件。地味にショック。いや、俺だってわかってはいたけどさ……。タッパもあるし、肩幅というか横にもそれなりだ。女子中学生からしたら体格的に威圧感があるのは認めよう。


「ごめんな。デカくて怖いかもしれないけど、普通に話し掛けてくれていいよ。別に怒鳴ったり、怒ったりしない」

「あ、いえ……そのっ、何か存在感? 圧? みたいなのが怖くって……ごめんなさいっ」


 え? (^q^)


「ぷ、くっ……」

「あ、あと顔とか目もちょっと……何か、熊とか大きな猛獣が後ろにいるみたいで……」


 神楽木さんにも笑われた。取って食われると思われてるってこと? 泣いていい? けどここでそれを表情に出してしまうと俺が神楽木さんから凄い人認定を受けることが出来なくなってしまうかもしれないしなぁ……ここは何も言わないでおこう……


 □


 神楽木さんの車に乗って三十分ほど。俺達の住む町の方でも外れというか、月隠山に連なる峰、隣り合う別の山へと入ってゆく。赤く塗装された大きな橋を越え、途中の集落を抜け、更に揺られること三十分。標高の高そうな山間に位置する村落、目的地の近くへとようやく到着した。


 近隣の駐車場に車を止め、ここからは少し歩くことになるそうだ。


 車のドアを開け、身体を伸ばす。やはり自然が近いだけあって呼吸がしやすい気がする。日陰や木々も多いので、暑さも下界よりは幾分かマシのような気もした。また、山の中にある村落ということで、当然の事ながら人通りは少なく、見た限りでは住む人がおらず手入れされていないのか森に呑まれかけているような家も来る途中に見られた。


 神楽木さん曰く、住んでいる人も大半が老人とも言える人たちで、細かい定義とかは別にあるがこの場所みたいなのを限界集落と呼んでいるらしい。


 若い人達はだいたいが仕事のために山を降り、麓か、もっと利便の良い場所に転居している。ここは昔からの地域の助け合いの気風が強い場所ではあるが、外の人には排他的でもあるから、あまり村の外の人が関わるのは止めた方がいいとも言っていた。


 それに、どうせ、あと十年、二十年もしたら無くなっている場所だし、とも。


「神楽木さん、小中はここから通ってたの?」

「まさか。私も繭子も、別に麓の町の方に家があるよ」

「そうですよ、石動さん! こんな不便な場所に住むなんてあり得ませんって!」 


 アハハハハハ、と彼女達は笑っていた。そりゃそうか。学校行く度に、何か用事の度に上り下りしてたんじゃ、流石に大変だもんな……


「それにここの人たち口煩くて。男はいないのか〜、とか結婚はまだか〜、世継ぎは〜とか。女だったら、あぁしろ、こうしろって。全く、女は召使いじゃないんですよ」

「何度か先生にお見合い写真持って来た事もありましたもんね!」

「……繭子? いらないことは言わない」

「ヒィ、あっ、はい!」


 どうやら神楽木さんには特定のお付き合いしている人というのはいなさそうだ。神楽木さんほどの容姿なら、引く手数多だろうに。


「い、石動さんは結衣先生のことどう思ってるんですか?」

「えっ?」


 どうって……同級生? 恐らくは、話の流れ的に異性としてどうか、という事を聞きたいみたいだが……困ったように神楽木さんをチラリと見てみても無視された。え? どういうこと? どうしても答えなきゃいけない流れ? 


「えっと……綺麗な人だし、相手になれる男は羨ましい奴だな、とは思うよ……?」

「ですって! 良かったですね、結衣先生!」

「っ、繭子!!」


 本心ではあるが、当たり障りないように褒める。すると、神楽木さんが繭子ちゃんのことを叱りつけるように声を荒げた。びっくりした。


「ひーっ! なんでっ」


 あー、なるほど。繭子ちゃんは神楽木さんを励ましたかったのか! たまにいるよな。すごい美人なんだけど、なかなか交際とか結婚に結びつかない女の人。神楽木さんも実はその類なのかもしれない。


 と、一人で納得していたら神楽木さんにめちゃくちゃ恨めし気に睨まれた。……何で? 



 ──目的地である場所は、小高い山の上、鳥居をくぐって石段を更に登っていったところにあるらしい。


 神楽木さんたちの後に続いて、鳥居をくぐる前に礼を一つ。木々のトンネル。古く急な石段をえっちらおっちら、と登ってゆく。石段は今の階段のように真っ直ぐ切られてはおらず、一枚一枚、鏨で打って削ったかのような物だ。所々には泥や苔がついており、気をつけていないと転んでしまいそうだった。現に──


「──きゃ──」

「ひゃあっ!」


 多少は登り慣れているであろう繭子ちゃんでも見事に足を滑らせ、危うく階段下に真っ逆さまになる所だった。一番後ろに付いてて良かったよ……


 神楽木さんも繭子ちゃんの不注意を目元を険しくさせ、厳しくみている。やっぱり弟子のことは心配なんだろう。


「……大丈夫ですか、繭子」

「あ、だだだだ大丈夫ですっ」


 階段を登り終え、もう一つの鳥居をくぐる。その鳥居の正面の向こう──神楽木さんのお父さんが管理しているという八杜神社があった。


 規模はやはり神楽木さんが言っていた通り、あまり大きくはない。ただ、周囲が木々に囲まれている中で小さいながらも堂々と建っている社は妙に神秘的に感じられる。鳥居から社殿までの間に石燈籠が何基も並んでおり、拝殿の前には珍しい狛犬ならぬ狛兎が一対並んでいる。その様は厳かさを感じ、自然と頭が下がる思いだ。


 というか、実際に神秘が残っているように感じる。神社の境内は綺麗に掃き清められ、落ち葉こそあれど、人の生活によるゴミなどは一粒たりとも落ちてはいない。


 社を囲むように林立している木々の中からは何者かの視線と気配が感じられた。害意などが感じられないことから、取り敢えずそこまで悪いものでは無さそうだった。


 鳥居から本殿までの間に敷かれた石畳を歩き、本殿の脇を通り抜けて社務所と思われる建物に来ると、白衣に袴姿の男性がちょうど中から出て来る所だった。


「おや……もしや、あなたが石動さんかな? こんにちは」


 見た目は四、五十代くらいに見える。線が細く、背も高くないが、柔和な笑みを浮かべており、穏やかそうな人だ。


「石動くん、紹介するね。私の父で、ここの宮司をしている神楽木衣弦です」

「どうも、こんにちは。石動辰巳です。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね。君の話は娘から聞いているよ」

「は、はぁ……悪い話でないといいのですが……」


 悪い話と自分で言っては何だが、俺のような意味の分からん過去を持つ男がいきなりやってきたのだ。父親として不信感を持っていたとしても何らおかしくないだろう。というか、神楽木さんは何処まで話しているのだろうか。


「とんでもないよ。今日は結衣の手伝いをしてくれるという話だそうじゃないか」

「え? えぇ……」


 俺の見分をサラリと済ませたのか、そもそもしていないのか、衣弦さんはニコリと笑う。


 とはいっても、どんな仕事をするのとかまだちゃんと聞いてないのだ。神楽木さんの話では、俺がどこまで出来るかを確かめたい、という話までは聞いていたが、実際に何をどうする、といった突っ込んだ話まではしていない。


 それは俺も気づいていたので、ここに来る途中にでも聞きたかったのだが、繭子ちゃんがいるのに、どこまで話をしていいのかも分からなかったというのもある。


「えっ……あっ、ごめんなさい、石動くん。そういえば、今日のことちゃんと話して無かったよね」

「おや、珍しい……結衣が連絡ミスをするなんて」


 衣弦さんは目を丸くし、興味深そうにしていた。


「結衣が誰かを此処に連れてくるなんて初めてのことだしね。てっきり舞い上がって忘れていたのかな?」

「お父さんっ!」

「はははは」


 神楽木さんは顔を赤くしながら衣弦さんに怒っていた。この人もなかなかいい性格をしていらっしゃる。


 そうして少し取り留めのない雑談をした後、 取り敢えず、俺の出来ることを確かめてみようという事になり、霊などの存在が見えないという衣弦さんと繭子ちゃんには社務所で待っていてもらう事になった。


 繭子ちゃんは二人だけで何をするのか、と興味深げにして待機を渋っていたが神楽木さんがニコリと笑うと直ぐに素直になった。多分、弟子にしか感じられない師の圧力というものがあるのだろう。


 その後、俺は神楽木さんに案内されて拝殿の中へと連れて行かれた。拝殿の一辺には階段と、その上がった所に扉が設けられており、その前には祭壇が置かれている。恐らく、閉ざされた扉の奥が本殿になっているのだろう。


「ここの神社はね、月読尊……つまりは月の神様、夜の国を治め、暦を司る神格を御祭神として祀っているの」

「へぇ〜、そうなんだ……」


 神道において、神は八百万いるとされている。その中でも代表的なのが三貴神、天照大御神をはじめ、須佐之男命、月読尊が有名だろう。


 俺も詳しくは知らないが、月読尊が月に関係の深い神であるという知識くらいは持っている。


「月読とはツキヨミ。つまりは月齢を数えるという意味からきてるんだよ」


 曰く、月の満ち欠けを見るということは、暦を数えるということ。月読尊は暦の神様であり、暦は農業とも深い関わりがある事から農業・農耕の神様でもあるのだと言う。


「……もしかしてだけど、御祭神様に向こう側で会ったことあるだなんて言わないよね……?」

「まさかぁ! そんな訳あるわけ無いって」


 月読尊と言えば天照大御神や素盞嗚命に居並ぶ三貴神だ。当然のことながら、そんな事ある訳ない。


 向こう側には神道の世界観と同様に、八百万の神々が存在していた。まぁ、神々とは言っても本当に大きな力を持ってるような神は本の一握りで、大多数は自然や動物の精、霊、妖怪などの存在が暮らすばかり。


 何度か名のある神に会ったことはあったが、本当に高貴と呼ばれる神とは会える機会なんてなかった。気軽に会うことが出来ない立場だからこそ、高貴と言われるのだろう。


「そ、そうだよね」

「こっちで言ったら、天皇とか首相に会うようなもんなんじゃないのかな……」

「な、なるほど……」


 向こうの事を思い出す。本当に色々な事があった。楽しかったことや、辛かったことまで。全て今の自分の糧になっている。懐かしい、というほど昔のこととは思えないが、以前はそんな余裕すら無かったように思う。


「……ねぇ、石動くん。今度、向こうの話聞かせて貰ってもいい?」

「別に良いけど、あまり面白い話じゃないよ」

「いいの、それでも。石動くんの話が聞きたいな」


 向こうの事を思い出してるのを悟られたのかな? 顔に出てしまっていたのかもしれない。もしかしたら、俺を心配して? ……何て優しい人なんだ、神楽木さんは。そんなに優しくされたら惚れてまうやろ。


「……ん、じゃあまた今度に」

「やった。約束だよ?」


 しかし、何だってこんなに優しくて美人なのに男がいないんだかね。あれか。高嶺の花って奴だったのかな。


「それで……ここまで来たけど、俺は何すればいいの?」

「うーん……まずは私と力比べしてみてくれないかな?」

「神楽木さんと?」

「うん。まずは石動くんの力がどれだけなのか知っておく必要があるでしょ?」


 と、言ってもなぁ。力比べって何するつもりなんだ? 腕相撲とかって訳じゃないもんな。パワー勝負では人間相手に負けることはないとは思うけど。しかし、てっきり妖怪だとか悪霊退治とかだと思ってたんだけど、違ったのかなぁ。


「お札の制御を私と石動くんとで奪い合うの」


 そう言って神楽木さんは一枚のお札を取り出した。普通のお札よりも一回り小さく、紙の地は白色。形は人型。書かれている文字は赤で……何か崩され過ぎて読めない字っぽいのが書かれてある。


「おっ、霊符だね」


 向こうにいた時、仲間が使っていたのを何度も見たことがある。これならできるかもしれない。使い方を教えて貰った事もある。ただ、俺の知るものとは紙や文字の形、模様も違うようではあるが……


「神楽木さんは霊符を使うの?」

「ううん、私はあまり使うことはないかな。今回は石動くんが物体や霊体に干渉出来るか確かめようと思って」


 神楽木さん曰く、霊符の使い方は大学生の時に友人に教えて貰ったらしい。どうやらその友達は道教由来の……陰陽道の心得があるのだとか。


 俺も昔聞いた限りだけど……霊符は、主に陰陽道や風水、霊的な信仰として用いられるお守りや霊的な力を宿した符のことだった筈だ。普通は邪気であったり、悪霊から身を守ったり、よくあるのは家に貼って、家庭や場所を守るために使ったりする。


 だいたいは特定の文字や記号を組み合わせて描かれ、それによって霊的な力を具現化させ、その場の不浄なエネルギーや邪気を祓い清めるという作用みたいだ。


 此方ではどうかはわからないが、向こうの術者などは数多ある多様な霊符を駆使して悪霊やら妖魔妖怪に立ち向かっていたのだ。……まぁ、あれだ。すごく雑に言うと特定の願い事が叶う魔法のカードみたいな奴だ。多分。


「それは、どんな効果がある霊符なの?」

「んー? 身代わりに近い感じかな」


 何故か神楽木さんが俺を見て苦笑いをしている。あ、こりゃ俺が物を知らないって思われてる奴だ。赤い札や黄色い札はよく見てたから知ってるが、どうやら人形の霊符というのは此方だと割とメジャーな奴だったらしい。


「じゃあ始めよっか。息を吹き掛けて」


 そう言って神楽木さんと俺で、一枚の霊符に順番に息を吹き掛けてから手を離す。


 すると、ふわり、と霊符は宙へと飛び上がり、そのまま頭上で円を描くように回り始めた。


「要は引っ張り合いだよ。結構丈夫に作られてるから、そうそう破れることもないと思うし、勝負だね。──むっ」


 神楽木さんが指を二本立てて刀印の形にした。そんな少し力むかのような声が聞こえるなり、彼女は念を込めたのか俺の中の何かが引っ張られる気がした。


「おっと……」

「力の籠め方──霊力の使い方は分かるよね?」


 お札も神楽木さんのコントロール下にあるのか、頭上から降りてきて、彼女の周囲をくるり、くるりと回り始めた。


「なるほど……それならっ」


 俺も指を立てて刀印の形にし、ムンッと霊符の制御を奪おうという意志を込める。


「んっ……あぅっ……ま、待、って……!」


 お札に籠められた恐らくは神楽木さんの力とが拮抗したのだろう……だが、僅かな抵抗の後、きゃっ、という神楽木さんの短い悲鳴と共にその均衡は破られた。


 俺と神楽木さんの間で静止し、お札がビッ、と音が鳴ったかと思ったら、勢い良くパンッ! と破裂するように粉々に周囲に飛び散る。同時に神楽木さんも弾かれたように尻餅をついた。


「だ、大丈夫っ? ごめんっ」

「いたた……」


 血の気が引く気がした。やってしまった。俺はと言うと、昔の数々の失敗を思い出していた。何となくこうなりそうな気はしていた。前にやった時もお前はセンスがないって言われていたから。……どうにも俺には細かい制御とか、そういうもの自体が向いてないらしい。


 立ち上がろうとする神楽木さんに手を貸し、引き起こす。そして気が付いた。


「か、神楽木さん、手に怪我が……」


 神楽木さんの手には小さくは無い裂傷が出来ていた。その傷口から彼女の血が流れている。た、大変なことをしてしまった……


「あはは、すごいね、石動くん! 引っ張られるどころか力が逆流してきたよ。破れたのは人形身の方が耐えられなかったんだね」

「本当にごめんっ! 血が出てるっ、早く手当てしないとっ」

「ありがとう、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。私、昔からあまり痛みとか感じないんだ。ちょっと手当てだけしてくるね」


 そう言って神楽木さんは立ち上がると拝殿から出てゆく。彼女の背を追って見送り、一人になると自分に何が出来るか考えた。


 治療費……お金がない……お詫びの品……何を贈ればいいの……? お金が必要になる事は無理だ……これは当分は神楽木さんの言う事を何でも聞いて許して貰うしかない。


 反省の意を込めて土下座して神楽木さんを待っていると、しばらくして彼女が戻って来た。その手には白い包帯が巻かれていた。


「……どうしたの?」

「本当に申し訳ありませんでした。何でも言う事聞くので許してください」

「え……何でも……?」


 頭を下げているので声しか聞こえないが、神楽木さんの声には怒りといった感情は含まれていないように感じた。むしろ喜色が感じられたような……? いや、そんなもの勘違いに決まっている。


「そんな、気にすることないよ! あ……でもこれって傷物にされちゃったってことなのかな……? その……何でも言う事聞いてくれるって言うなら……石動くん、私の事、貰ってくれたりしますか……?」

「えっ?」


 言われた意味が咄嗟に理解出来なくて思考が止まった。私を貰って? それはいったいどういう……た、確かに神楽木さんに傷をつけてしまったのは事実だけれども。……少し、ドキリ、と期待してしまった。混乱のせいで少し黙り込んでしまう。


「っ、じょ、冗談だよっ、冗談! そんなに考え込まないで! ほら、頭をあげて! 私の方も石動くんを試すなんて悪いことしちゃったし!」


 何と返したらいいか考えていたら、神楽木さんは焦ったように声を上げた。びっくりした。でも、やっぱり冗談だよなぁ……あと少しで馬鹿正直にハイって言うところだったぞ……


 本当に危なかった。もしそんなこと言ってたら大変なことになっていた。空気が死ぬに決まってる。こんな思わせ振りするなんて魔性だよ、本当に……でもそうか。神楽木さんはきっと冗談で俺の罪悪感を払拭しようとしてくれたんだろうな。くぅ……やはり、なんていい人……! 


「そ、そうだよね、冗談だよね……びっくりしたよ。でも、本当に俺に出来る事なら何でもするから言ってね。ホントに怪我させちゃって申し訳が立たないからさ……」

「は、はは……うん……冗談……ありがとう……怪我と御札のことは本当に気にしないでいいからね……怪我はすぐ治るし、御札もまた作るから……ははは……」

「どうかした? やっぱ痛い?」

「なんでもないよ! 元気ー!」


 一瞬、元気がないような気がして心配したが、そういう訳ではなかったようだ。女性は難しい。何を考えているのか想像がつかない。


 てか、すごいな、さっきのお札は神楽木さんの自作なのか。


「でも、今ので大体分かったかな。物にも私の力にも干渉してた。お札から私が籠めてた力が弾かれちゃったもの」

「……て、ことは?」

「お仕事は大丈夫だと思う。ただ……」


 神楽木さんが言うには、干渉する力が強過ぎるようなのだ。何かに無理やり干渉しようとするとさっきの霊符みたいに破裂してしまうかもしれないそうだ。


 い、今までそんな事無かったんだけどなぁ? まぁ、向こうじゃ人間よりも二段も三段も霊格の高い存在ばかりだったし、俺も常に全開でいかないと危なかったし……感覚が可笑しいというか、狂ってるのは俺の方なのかもしれない。やっぱり、普段はこういった力は使わないでおいた方が良さそうだ。大惨事になりそうだし。


 と、自身を戒めている時だった──


「ユイ? ソノ男ハ誰?」

「おわっ! びっくりした!」

「もう! 月餅、驚かせないで」


 急に聞こえてきた女の子のような声に驚き、拝殿の部屋にある祭壇の方を向くと──そこにいたのは真っ白な兎だった。


「ソイツ、懐カシイ匂イガスル」

「お、俺?」


 ……あ、兎の姿なのに喋っちゃってる。此方に戻ってからは初めて見るな。向こうには鳥獣戯画みたいな服着た兎の妖怪とか、兎が人の形となった精とかに会ったことはある。でも、目の前の兎はそういう感じでもない。もっと神聖さを感じる。


 あれか? ここは月の神様を祀っているという話だから月読尊の眷属とか神の使いとかそんなんではないだろうか。月の兎的な。


 ……だが、その兎──月餅と呼ばれた兎の眷属は俺と目が合うなり、神楽木さんの背に跳び乗ると隠れてしまった。だが、気になる事があるのか、神楽木さんの背からチラチラと此方を伺っている。


「デモ、懐カシイ匂イスルケド、血ノ匂イモスル。臭イノハ、チョット苦手……」


 そう言われて少し困惑してしまう。懐かしいと言われてもわからんし……血の匂いってのは、まぁ、思い当たる節がなくもない。


「月餅。彼が石動くんだよ」

「ヘェー……。コイツ、私ノ声、聞コエテル?」


 神楽木さんと肩口から顔を出した月餅が顔を合わせて会話する。月餅の長く垂れた耳がピクッと動いた。口元が動いている訳でもないのに声が聞こえてくる。念話みたいなものだろうか。


「一応聞こえてるよ」

「ヘェー……」


 うさ耳をぴくぴくさせながら月餅はじっと此方を見ているようだった。その姿は可愛らしく、神聖な雰囲気に反して威厳などというものは一切感じなかった。


「君がこの社を守ってるのか?」

「一応ネー。ココラヘンノ山ハ、私達ノ領域ダカラ。エライ、ダロ?」


 何ともマイペースな兎だ。神楽木さんが言うには、彼女──白い動物は神の眷属だと言われており、月餅は月読尊の眷属であるらしい。それでいて、彼女にとっては子どもの頃から一緒にいる友達なのだそうだ。


「ユイー、コイツガ番ニナルノカー?」

「番……?」

「なっ、何でもないよ! 全くもうっ、兎ってすぐそういうエッチなこと考えるみたいで嫌になっちゃうよねっ」


 どこにエッチな要素が……? 


 そう言うと肩口にいる月餅の首根っこを掴み上げると拝殿の外にポイッと投げ捨てた。あの、友達なのでは……? というか、御祭神の眷属では……? 


 放り投げられた月餅が気になり拝殿の外をチラッと見ていたが、普通に着地して森の方に駆けていきしばらくすると姿が見えなくなった。


「ンンッ」


 何事かと振り返れば、神楽木さんが咳払いをしていた。


「話は戻るけど……」


 色々と確認が済んだことで、今度はアルバイトの内容についての説明があった。


「いつもは私が霊障の相談を受けたりしているんだけど、ウチの神社で対応できるのがまだ私しかいなくて……私は普段仕事もあるし、最近相談が増えてきててちょっと困ってたんだ。中には少し訳ありで男手が必要な仕事もあるし……」


 神楽木さんは眉を下げ、本当に困っていると言った感じの表情だ。男手が必要とはいえ、人ならざる者が見えないらしいお父さんには頼れない、ということなのだろうか。


「俺は別に構わないよ。何でも役に立てれば」

「……うん。ありがとう、なら、これからよろしくね」


 それから、ようやくアルバイトの仕事内容について説明があった。当分は神楽木さんの霊障相談の補助になるのだが、慣れてきたら八杜神社に寄せられる相談の一部を任せることも視野に入れているそうだ。


 そして、お賃金であるが、相談補助の度にニコニコ現金支払い。


 取り敢えず除霊補助一回につき五万円。相談補助で一万円。依頼の難易度によってまた割り増しがかかったりするらしい。


 ……どのくらいの頻度で依頼があるのかわからないけど、貰い過ぎでは? 


 ちなみに、相談といってもお給金の発生するものと、そうでないものがあるらしく、毎回俺に相談の補助が来る訳でもないらしい。


 ……相場とか全然知らないし。神楽木さんから言われた条件なのだから、こんなものだろうと思っていれば良いのかな? 


「ちなみにだったんだけど、石動くんは除霊とか浄霊ってしたことある?」

「除霊というか……明らかに気が狂ってるとしか思えない悪鬼悪霊を叩きのめ──調伏したことなら」

「……叩きのめす?」


 戸惑いがちにそう聞いてくる神楽木さん。


 ちなみに俺の除霊方法は霊力的なあれやこれやを全力籠めてのぶつけ合いである。というより、ぶん殴るなり、武器を駆使してぶつかり合うだけだ。


 向こうだと神、霊、妖怪と色々な奴がいたが、肉体よりも精神の構成比率が高いのか、たまに悪性に影響されて堕ちてしまう輩がいるのだ。そういうのを俺たちが見つけると、まだ間に合うようなのは正気に戻るまで叩いて直す。ちょっと怪しいのは弱らせてから穢れを祓う。正気に戻れないほどに手遅れで、既に大きな被害を生んでいるのは滅する事になっていた。


 向こうにいたのは自然霊やら神霊と呼ばれる存在で人間の霊はいなかった。俺は人間の霊を相手したことはなかったが、だいたい似たようなものだろう。相手が反抗してきたのなら、全力で自分の持てる全ての力をぶつけるのみである。


「の、脳筋……ぷふっ」


 俺の解答に神楽木さんが何故か吹き出した。ツボにはまったのか腹を抱えて爆笑している。そんなに笑われる要素あったかな? 


「ふふっ……ま、まぁ、やり方は人其々だからね。それに、そのやり方はさっきのお札のことから考えると、あながち間違ってもいないと思う」


 人に憑いた状態ですると恐ろしいことになりそうだけど、と神楽木さん。さっきからちょこちょこ笑うけど、そんなに可笑しなことなのだろうか……


「それでね、えーっと、次の相談が……」


 そう言うと、机の上にあったノートに目を向けて神楽木さんが何枚かページを捲り始めた。俺も覗き込むと、綺麗な字で幾つか相談の日程が書かれていた。霊障相談の他にも各種ご祈祷や地鎮祭などの外祭──出張予定が組んであるようだった。


「もうすぐお盆だし、石動くんも忙しいよね?」

「今年は親戚が皆集まるらしいから、ちょっとね」

「そっか。私たちもお盆にはご先祖様に挨拶しに行ったりするから、似たような感じなんだよ」


 へぇ、神社でもお盆はあるのか。聞けば、神道においても、お盆の時期に祭りや儀式が行われることがあるのだとか。


 それも神道と仏教が混淆する形で日本の宗教文化に組み込まれていった神仏習合の影響らしい。


 他にも神社ならではというか、新盆の所が宮司を呼んで祝詞奏上したり玉串奉奠したりすることもあるため神楽木さんたちも忙しくなるのだとか。


「……それでね、実はこれから霊障相談が一件入ってるんだけど、どうかな?」

「急だね」

「昨日、急に相談の予約が入ったみたい。でもちょうどいいかなって」


 ごめんなさい、と神楽木さんは手を合わせて軽く頭を下げる。先方さんも、どうやら直ぐに見てもらいたいらしい。


「俺は構わないよ」

「ほんと?」

「う、うん」


 そう言うと神楽木さんは、笑顔を輝かせて詰め寄ってきた。彼女の距離感は人よりも半歩近い気がする。花のような甘い香りが漂い、鼻腔をくすぐる。そんな警戒心のない様子では勘違いされることもあるだろうに……気をつけるように注意を促した方がいいだろうか。


「それじゃあ、どうぞよろしくお願いします」


 そんな神楽木さんは俺の手に彼女の手を乗せて触れると微笑み、よろしくお願いします、と伝えてきたのだった。体温が人よりも低いのか夏だというのに、ひんやりした手触りが心地よい。


 ……くぅ、惚れてまうやろがい! 神楽木さんはやはり魔性の女……! こんなん絶対勘違いしてしまうって……!

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