第7章 破れた静寂
取調室に沈黙が落ちたまま、時間だけが過ぎていく。
ノア刑事が視線を外さず、静かに問いかけた。
「……もう一度だけ聞きます。あなたが話していた電話の相手は、誰ですか?」
マイクは目を伏せたまま、小さく息を吸った。
その顔に浮かんでいたのは、観念した者の表情だった。
「……僕が……メアリーを殺しました」
ノアとスティーブンが一瞬だけ視線を交わす。
マイクはそのまま、震える声で語り始めた。
「僕と……メアリーは関係がありました。ほんの遊びのつもりだった。だけど……彼女は徐々に本気になっていって……
そして、ステフと三人でちゃんと話したいって……そう言い出したんです」
言葉を選ぶように、一呼吸、置いた。
「僕は止めました。でも彼女は言うことを聞かなかった。『今すぐステフに電話する』って……」
手が震え、唇をかみしめながら、マイクは続けた。
「言い合いになって……僕は彼女を突き飛ばしてしまったんです。そしたら彼女が、たまたま近くにあったナイフを手にして……
もみ合いになって……気づいたときには、彼女が倒れていて……動かなくなってて……僕の手には、ナイフが……」
スティーブンが低くつぶやく。
「それで?」
マイクは小さくうなずいた。
「パニックでした。何も考えられなかった。
そのとき……携帯が鳴ったんです。1ヶ月ほど前に、たまたま入ったバーで知り合った男からでした。
仕事は“探偵”というか……“何でも屋”というか。『困ったことがあったら相談しろ』って、名刺を渡されていて……」
「その電話に、出たんですね?」
ノアが静かに訊ねた。
「……はい。頭が真っ白で……とにかく、誰かに助けてほしかった。
何を話したかあまり覚えていません。でも、男はこう言ったんです。
『わかった。15分後、いまから言う番号に電話しろ。頭出しはしておく』って……」
「それが、記憶操作を請け負う業者だった?」
「……はい。彼らはすぐに現場に現れて……話を聞くと、『君の記憶を消して、ステフの記憶を書き換えれば、
彼女が犯人になる。君は自由になれる』って、そう言ったんです」
マイクはうつむき、声を絞り出した。
「最初は何を言っているのか理解できませんでした。でも……可能だと、言われたんです」
「断ることはできたはずです」
ノアの声には、怒りが滲んでいた。
「はい……すぐに警察に電話すべきでした。
でも……僕は、怖かった。混乱して、彼らの提案を断る勇気もなかったんです……」
マイクの声が震え、言葉がかすれていく。
重苦しい沈黙が落ちた取調室で、スティーブンが初めて立ち上がった。
「記憶操作を依頼した相手。名前は?」
マイクは首を横に振った。
「名乗りませんでした。連絡先は……この番号です」
彼の携帯に映った番号を、スティーブンはすばやくメモし、誰かに電話で調査の指示を出していた。
「何でも屋の男は?」
ノアが続けて訊ねる。
「彼とは、その後一切連絡がつかなくなりました。これが彼の番号です」
ノアもそれを控え、つぶやくように言った。
「姿をくらませた“何でも屋”。正体不明の記憶操作業者……
偶然なのか、それとも――背後に、何かがあるのか……」