第6章 疑念の追及
警察署の取調室。マイクが通されたのは、先日と同じ無機質な灰色の部屋だった。
背もたれの硬い椅子。肌を刺すような冷たい空気。記憶と時間の感覚すら曖昧になる空間。
正面にはノア刑事。
少し離れた位置に、スティーブン刑事がパイプ椅子に腰を下ろしている。
その鋭い眼光は、ノアの冷静さとは異なる種類の圧力を部屋に充満させていた。
「今日は、改めていくつか確認させてください」
ノアの声は変わらず穏やかだが、部屋の空気は張りつめていた。
マイクは静かにうなずいた。
「その後も、毎日ステフさんと会っているそうですね」
「はい。心配で……。検査入院の日を除けば、毎日顔を見に行っています」
「彼女の記憶は、相変わらず戻っていない?」
「はい。僕のことも、まったく……。正直、少し悲しいですけど」
「夢の話は聞いていますか?」
「あの……女性が血を流して倒れていて、彼女がナイフを持って立っている――あれですか?」
「そうです。その夢だけは、何度も見て、徐々に鮮明になってきているそうです」
「ええ、僕にも話してくれました。事件と、何か関係あるんですか?」
「それは分かりません。ただ、夢を見たからといってすぐに逮捕とはいきませんから」
「……そうですよね」
ノアは視線を落とし、軽く間を取ってから切り出した。
「ところで、マイクさん。紅茶はお好きですか?」
「え……はい。まあ、好きですけど。急にどうして?」
「ステフさんが、あなたの淹れる紅茶を楽しみにしていると言っていました」
「そうですか……。あれはただのハーブティーです。体調も悪そうだったので、少しでも落ち着けるようにと思って」
「なるほど」
ノアは一枚の用紙をマイクの前に滑らせた。
「こちら、ご覧いただけますか?」
「……これは?」
「あなたがステフさんに淹れた紅茶の成分検査結果です。微量ではありますが、睡眠導入剤が検出されました」
マイクの表情が一瞬、固まる。
「あなたが混入させたんですね?」
ノアが声のトーンを落とし、鋭く迫る。
「目的はなんです? 眠っている間に、ステフさんの記憶に“何か”を施すためですか?」
マイクは眉を寄せたまま、視線を伏せた。
口を開きかけて、何も言わずに閉じる。
その沈黙を破ったのはスティーブンだった。
椅子を少し引き、低く重い声を落とす。
「俺たちは、まだ君を“被疑者”とは見ていない。だが――記憶操作に関わる人物が、彼女の近くにいる可能性があると見ている」
「記憶操作……? それって一体……」
マイクの声が、わずかに震えた。
「とぼけるのはやめろ」
スティーブンが鋭く言い放つ。
ノアが再び静かに続ける。
「ステフさんは、あなたと話すたびに眠り、夢の内容が徐々に鮮明になっていく。
そして、あなたはその眠った彼女のそばで、“記憶が定着してきている”と誰かに報告していた」
ノアはジャケットの内ポケットから、小型のレコーダーを取り出し、机の上に置いた。
無音の中で、再生スイッチを押す。
「……今日はちゃんと飲んで、いま眠っています」
「記憶も定着してきてるように見えます」
「本当の記憶も戻ってないようです」
部屋に響いたその声は、紛れもなくマイクのものだった。
マイクは唇をきつく噛み、深くうつむいた。
「……その電話。誰にかけていたのか、教えてもらえますか?」
ノアの問いかけに、マイクは沈黙を貫いた。
しんと静まり返る取調室――時計の針の音すら聞こえそうな緊迫の中、ノアは静かに言葉を重ねる。
「ここでの虚偽は、あなた自身に不利にしかなりません。
正直に話していただければ、まだ救える立場もあるかもしれません」
その声は冷静だったが、言葉の一つひとつに、圧力と意志がにじんでいた。