表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リコール  作者: エイジ
6/13

第5章 仮面の優しさ

翌日もマイクはやってきた。

いつもと変わらない笑顔。

そして、いつもと同じように紅茶のカップを差し出した。


「ありがとう」


やはり、変わらない笑顔だった。

――けれど、あのときキッチンで見た、“小さなカプセルのような何かを入れる”後ろ姿が、どうしても頭から離れなかった。


カップを唇に運ぶふりをして、そっとテーブルに置く。

そして、何気ない様子で肘でカップを倒した。


「――あっ!」


紅茶がテーブルに広がり、床へと滴っていく。


「あっ!もう! なにしてんだよ!」


マイクが急いで立ち上がり、タオルを取りに走る。

そして戻ると、まるで“何かを隠すかのように”、過剰なほど丁寧に紅茶を拭き始めた。


テーブルの上、縁、床の隅――目に見えない染みまで残さないように慎重に。


その姿はただの親切とは違い、どこか焦りと強迫的なものが混ざっていた。


「ごめん……手が滑っちゃって」


ステフがそう言っても、マイクは顔を上げずに拭き続けた。


「ううん、いいよ……やけどしなかった? こっちこそ大きい声出してごめん。ちょっとびっくりしただけだから」


笑顔に戻ったマイクの声に、今度はステフが笑顔を返した。

――だが、胸の奥に、不信の種がはっきりと根を張った。


その夜、悩んだ末にステフはノア刑事に連絡を取った。


「ちょっと相談したいことがありまして…」


「はい、もちろん。何か思い出しましたか?」


「いえ、そうではないんですが……マイク。彼にちょっと怪しいところがあって…」


「電話で話しづらければ、いまからお宅に伺いましょうか?」


「はい、ではお待ちしてます」


30分後、ノア刑事はやってきた。

取調室と変わらぬ、アンドロイドのような無表情さを携えて。


今回は、いつものスティーブン刑事とは別の刑事が同行していた。


「いつもの刑事さんとは違う方ですね」


「ああ、スティーブン刑事ですね。彼は別件で出ています。では、お邪魔します」


ステフは部屋に招き入れ、飲み物を3つ用意し、キッチンのテーブルに向かい合って座った。


そして、前日と当日の出来事、不審な行動、夢の内容について順を追って説明した。


「なるほど」


ノアは冷静に話を聞き、夢のことを隠していた点を軽く注意したうえで、成分検査を提案してきた。


「数日後には結果が出ると思います。それまで、理由をつけてマイクには会わない方が良いですね。どこか行くところはありますか?」


「わかりました。家族も友人もいないので……ホテルにでも泊まります」


「それがいいでしょう。ちょっと失礼」


そう言ってノアはスマートフォンで連絡を取り始めた。

しばらくして鑑識課のメンバーがやってきて、紅茶がこぼれたあたりから何かを採取し、静かに去っていった。


数日後、ノアから電話が入った。


「検査の結果です。微量の睡眠導入剤が検出されました。ごく少量で、一度の摂取で身体に害はない程度です。目的が明らかでない点が気にかかりますね」


ノアの声は相変わらず落ち着いていたが、背筋がひやりとした。


「では……もし、眠っていたら……」


「ええ。眠らせること自体が目的ではないでしょう。ちなみに、以前に同じようなことはありませんでしたか?」


「…そういえば、話しているうちに眠ってしまったことが何度か……疲れているんだと思ってましたが」


「あくまで推測ですが、記憶が戻らない一方で夢の内容だけが鮮明になっている。これは偶然とは思えません」


そして、ノアの提案はこうだった。


「次にマイクが来たとき、おそらくまた紅茶を入れてくれるでしょう。飲んでください。部屋には盗聴装置を設置させてください」


ステフは黙ったまま頷いた。


マイクには数日間、検査入院をすると伝えていた。

検査が終わったと報告した当日、マイクはすぐにやってきた。


優しい笑顔。いつもと変わらぬ調子で、紅茶を淹れてくれた。


ステフはそれを受け取り、少しだけ怖さを感じながらも、微笑んでいつも通り飲んだ。


しばらくすると、眠気が襲ってくる。

マイクにとっては、いつも通りの光景。ステフはソファで眠りについた。


ノアは近くの車内で、盗聴装置を通じて部屋の音を聞いていた。


マイクがソファに座り直す音。

ステフの様子を揺すって確認する音。

ポケットから何かを取り出すような音。


――スマートフォンか。


静かな部屋に、通話音声が響いた。


「……だいじょうぶです。今日はちゃんと飲んで、いま眠っています」

「はい。徐々に記憶も定着してきてるように見えます」

「本当の記憶も戻ってないようです。はい……気づかれないように気をつけます」

「……また連絡します」


短い沈黙。


――マイクのため息が、小さく落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ