第2章 疑惑
ステフは、警察署の一室にいた。
窓のない灰色の壁。無機質な机と椅子。
取調室――テレビか、現実ではないどこかで見たような気がするその光景が、今の現実だった。
「まず、あなたが記憶を失っている状態であることは、私たちも把握しています」
静かに話しかけてきたのは、ノア刑事。
書類に目を通しながらも、彼の声には迷いがなかった。
「ですが、あなたの記憶が戻るのを待っているわけにもいきません。
もし何か思い出すことがあれば、お話しください」
ステフは小さく頷いた。頭の中は霧のまま。
けれど、自分に何が起こっているのかだけは、知りたかった。
「事件が起きたのは五日前。
被害者は――メアリー・カーター」
その名前に、身体が微かに反応した。
けれど、どこかで聞いたことがあるような、まったく知らないような。
感覚が曖昧で、どこにもつながらない。
「……知っているような……でも思い出せません」
ステフがそう答えると、ノアが淡々と説明を続けた。
「残念ですが、彼女は何者かに殺害されました。
第一発見者は、被害者の母親です。
連絡がつかなくなった娘を心配してマンションを訪れ、異変に気づいて通報しました。
事件の発生は、その二日前と推定されています」
ノアは表情を変えずに続ける。
「死因は、胸部と腹部を中心とした複数の刺傷。
現場からは、犯行に使用されたと思われる刃物のような凶器は見つかっていません」
スティーブン刑事が一枚の写真を差し出す。
「これ、見覚えありませんか?
近くの監視カメラに映っていた映像です。
事件の夜、被害者の家の前に立っていた女性。あなたに、よく似ている」
ステフは写真を見つめた。
光が反射して顔ははっきりと分からない。けれど、立ち姿は確かに、自分に見えた。
「……私が……そこに?」
言葉を口にした途端、頭の奥にざらりとした映像が流れ込んできた。
暗い部屋。
空気の重さ。
苦しそうな声。
冷たい金属の感触。
ナイフ――。
振り下ろす。
悲鳴。赤い飛沫。倒れる人影。
「――あっ……!」
思わず机に手をついて身体を支える。視界が揺れ、呼吸が乱れる。
「ステフさん?」
スティーブンの声が少し高くなった。
ステフは苦しげに首を振り、必死に落ち着こうとする。
「……本当に、私が……?」
その小さな声は、取調室の静けさに、深く沈んでいった。
毎週土曜か日曜に一話ずつアップしていこうかと思いますのでよろしくお願いいたします