エピローグ 回収されない真実
病院の薄明かりに照らされた廊下を、スティーブンは静かに歩いていた。
マイクの病室の前で立ち止まり、深く息をつく。
そしてノックもせず、ドアを開けた。
病室では、マイクがベッドに腰掛けていた。
両脇には警官が一人ずつ立ち、彼の意識は明らかに戻っていた。
(……目を覚ましたのか。戻らないはずだったがな)
「やあ、目が覚めたか、マイク」
スティーブンが努めて穏やかに声をかけると、マイクはゆっくりと顔を上げた。
「はい……でも、まだ頭がぼんやりしていて……」
「数日間、昏睡状態だったからな。無理もないさ」
「そうらしいですね。事件のことは聞きました。
事件以前の記憶はあるんですが……事件以降のことはまったく……」
スティーブンは眉をひそめた。
「……記憶が戻ったのか? それは良かったな。ステフにも知らせておかないとな」
マイクは不思議そうに首をかしげた。
「ステフ? ……誰ですか?」
「おいおい、また記憶操作されたのか? ステフだよ。お前の恋人だろ」
「え? 僕、恋人なんていませんよ。もう二年くらいずっと……」
「…………」
その表情に演技の色はなかった。
スティーブンの顔から、血の気が引いていく。
彼は病室を飛び出し、携帯を取り出す。
電話帳からステフの番号を選んで発信――だが、繋がらない。
その足で彼女の自宅に向かうが、部屋はもぬけの殻だった。
警察署へ戻り、事件関係者のファイルや記録を確認する。
だが、ステフの存在は報告書に数件あるのみで、実在を示す記録は何ひとつ残っていなかった。
まるで――最初からこの世に存在しなかったかのように。
スティーブンは、調書の束を握りしめたまま、言葉を失い、ただ立ち尽くしていた。
*
──その頃。
どこかの地下施設。
無機質で冷たい空間。壁一面がガラス張りになっており、奥に誰かの姿が見える。
白衣のスタッフがガラス越しに声をかける。
「おかえりなさい、ボス。すべて、うまくいきましたね」
ステフは、ゆっくりと微笑んだ。
「ええ。実験としては、上出来ね。ノアも片付いたし」
「スティーブンはどうしますか?」
「彼にはまだ利用価値がある。証拠は押さえてあるし、しばらく泳がせておくわ」
そう言ってステフは、静かに振り返る。
「さあ――本格的にビジネスを始めましょう」
ここまで『リコール』を読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました
最初は「GW暇だし、ちょっと小説でも書いてみるか」くらいの気持ちで始めたこの物語ですが、お蔭さまで無事にエンディングまでたどり着くことができました
皆さんが「えっ?」と思ってくださる瞬間があったなら、書いた甲斐があります
次回作は、AIをテーマにした近未来の物語『ヒューマンコード』(仮称)を予定しています
早ければ今月、遅くとも8月にはスタートしたいと思っておりますので、よければお付き合いください
重ねて、最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!