第11章 嘘の中の真実
郊外の雑居ビル――その屋上で、ノアとスティーブンが対峙していた。
風が鉄柵を揺らし、金属音を冷たく響かせる。
「突然こんな場所に呼び出して、何のつもりですか?」
ノアが静かに問いかけた。
スティーブンはポケットからUSBメモリを取り出し、鋭い視線を向ける。
「悪いが、君のPCを調べさせてもらった。
複数の麻薬業者との通信ログ、暗号化された送金履歴、そして――メアリーの名前が記されたやり取りがあった」
ノアの表情がわずかに曇る。
「……は? 何の話です? あなた、何を言っているんですか?」
「君は麻薬組織と関係があった。そして、メアリーはその現場を偶然目撃した。
だから君は彼女を殺した。“CROWN DISTORT”を使ってステフとマイクの記憶を改ざんし、罪をなすりつけようとした……違うか?」
「……そのデータが、私のPCに? そんな馬鹿な……見せてください」
ノアが一歩踏み出す。
即座にスティーブンが銃を抜いた。
「動くな! 手を上げて、向こうを向け!」
ノアは手を上げたまま、ゆっくりスティーブンを見つめる。
「スティーブン、何かの間違いだ。……落ち着いてくれ」
そのとき、屋上の出入口から黒い人影が姿を現す。
「……カロン!」
ノアが叫び、即座に銃を抜いた。
男はこちらを一瞥し、駆け出す。
「やめろ、ノア!」
スティーブンの制止より早く、ノアの銃声が響いた。
火花が扉に散る。
反射的にスティーブンも引き金を引いた。
ノアの身体がぐらつき、膝をついて倒れ込む。
スティーブンは駆け寄り、うめくノアを見下ろした。
血に染まったシャツの下、ノアは薄く笑う。
「くっ……まさか……あなたが……とは……」
その声は、風にかき消された。
*
後日、捜査本部でノアの所持品と記録が再調査された。
その結果、彼が複数の麻薬取引に関与し、メアリー殺害にも関わっていた証拠が確認された。
事件の概要はこうだ。
麻薬取引の現場をメアリーに目撃されたノアは、証拠隠滅のため彼女を殺害。
新興の記憶操作業者 “CROWN DISTORT” と接触し、ステフとマイクの記憶を改ざんして罪を擦り付けようとした。
ノアが紛失したとされる携帯電話は、SIMカードが差し替えられた状態で発見された。
ステフの部屋に盗聴器が仕掛けられた日には、マイクからの着信履歴も残っていた。
凶器が未発見など不確定な点もあったが、ノアは死亡しており証言を得られない。
こうして、事件は「ノアが主犯」として公式に確定された。
警察は “CROWN DISTORT” と “カロン” の行方を追っているが、いまだ消息は不明のままである。
*
数日後、夕暮れ。
薄曇りの空の下、ステフは地下鉄の駅前でスティーブンと向き合っていた。
「スティーブンさん……見送り、ありがとうございます」
スティーブンは小さく首を振った。
「礼を言うのはこっちだ。……でも、結局、記憶は戻らなかったんだな」
「ええ……でも、仕方ありません。しばらく海の見える場所で、気分転換してきます」
「それがいい。マイクの意識が戻ったら、すぐ連絡するよ」
ステフは静かに頷き、改札へと向かった。
地下へ続く階段に、彼女の後ろ姿が沈んでいく。
スティーブンはその場に立ち尽くし、しばらくその姿を見送ったあと、ふっと口元に笑みを浮かべる。
「……いいのか? 彼女を自由にして」
その声に振り向くと、黒ずくめの男――カロンが立っていた。
「よくまあ、こんな筋書きを思いついたな」
「俺じゃない。“CROWN DISTORT”の書いた脚本さ」
「ノアに全部押しつけて、潔白か……悪党だな」
喉を鳴らして笑うカロン。
「……ああ。天国に行けたら、お礼を言わないとな。……俺は地獄行きだがな」
スティーブンも皮肉めいた笑みを浮かべた。
「とにかく、あの組織は恐ろしい。
お前もしばらく大人しくしてろ。警察には顔も割れてる」
「ああ、分かってる。しばらく姿を消すさ」
「……またな、落ち着いたころに」
カロンは片手を軽く上げ、地下鉄の通路へと消えていった。
*
実行犯は――スティーブンだった。
警察という立場を利用し、長年にわたって麻薬取引で私腹を肥やしていた。
メアリーに取引現場を目撃され、証拠隠滅のため彼女を殺害。
その裏には、“CROWN DISTORT”の存在があった。
彼らがノアに罪を着せる計画を持ちかけた。
ステフとマイクの記憶は改ざんされ、マイクは偽りの記憶で自供。
スティーブンは証拠を緻密に偽造した。
ノアの携帯を盗み、通話履歴を操作。
PCには“CROWN DISTORT”から受け取ったUSBで偽のデータを仕込み、
屋上ではカロンを登場させて混乱を演出し、その隙にノアを撃った。
「……あとは、俺の記憶も消して。それでジ・エンドだな」
スティーブンはそう独りごち、地下鉄の入り口に背を向けて歩き出した。
そのとき、携帯が鳴る。
「はい、スティーブン。……どうした?」
『急ぎ、XX病院まで来てもらえますか?』
本日最終話も投稿予定です